海上自衛隊における特別防衛秘密の流出事件について | 日本とその隣人たち。

海上自衛隊における特別防衛秘密の流出事件について

海上自衛隊2等海曹(旧軍の軍曹に相当)が日米相互防衛援助協定の「特別防衛秘密」にあたるイージス艦のデータを自宅に持ち帰っていたことが問題となっている。

今年1月、2曹の中国人の妻を不法滞在の疑いで逮捕した際に、自宅を捜索し、押収したHDにこのファイルが含まれたことから事件が発覚した。

このデータのもとは3等海佐(旧軍の少佐に相当)が作成した情報ファイルであり、2曹ははじめ猥褻画像を交換した際に同僚のパソコンからこの情報が一緒に入ってきたと言っていた。しかし、ファイル交換ソフトではなく、直接のコピーの際に機密情報が混入するというのは信憑性に乏しい。通常、猥褻画像と技術情報は別個のフォルダ(ディレクトリ)に保存されているはずだからである。その後、2等海曹は「同僚隊員から入手した」とした上で、理由を「艦船などの軍事情報に興味があり、手元に置いておきたかった」と供述しているという。

今回の事件の重大性は、このファイルの中には米国から供与されたイージスシステムに関する情報が含まれており、同システムがミサイル防衛の中核を担っていることから、日本の防衛に重大な影響を及ぼすだけでなく、日米の信頼関係、さらには自衛隊の国際的な信用にも影響を及ぼしかねないことにある。

もとより、安倍晋三内閣発足後、日米関係は小泉内閣時代に比べて微妙な状況にある。安倍首相の訪米は4月下旬にようやく実現したのだから、いささか遅すぎたという印象は拭えない。久間防衛大臣(旧防衛庁長官)のイラク戦争をめぐる発言や、昨今話題になっているアメリカ議会での従軍慰安婦非難決議なども、日米間の関係の変化をうかがわせる(北朝鮮共和国問題の温度差をあげる向きもあるが、こちらは慎重に論考する必要があるだろう)。
もちろん、安倍内閣自体が「主張する外交」を標榜するからには、アメリカとも二三の政治的な論点をめぐって対立があって当然という声もあるだろう。しかし、アメリカから提供された重要な軍事機密情報が流出したのが、実際に従軍慰安婦非難決議をめぐる対立が水面下で継続している時期であったことは、一層日米関係への影響を考えさせる。

もう一つは、中国人妻が情報流出をねらったスパイだったのではないかという疑惑である。実は、アメリカ本国でも、アメリカ海軍の技術開発などを受注している企業の関係者がイージスシステムを含む海軍の技術情報を20年以上、中国に提供していたとして、有罪の評決を受けている[*a] [*b] 。また、自衛隊内部での中国に関連した問題として、2006年8月に自衛隊員の中国への無断渡航事件が発覚した。このほかにも外国への無断渡航の事例が存在するという[*c] 。中国の軍拡の流れを考えれば、軍事技術情報に対するスパイ行為が相当大規模に行われている可能性は高いといえる。

筆者は以前、当ブログの記事「拉致事件による朝鮮総聯傘下団体への強制捜査について」 で在日本朝鮮人総聯合会傘下の在日本朝鮮人科学技術協会(科協)による技術流出について触れた。これは北朝鮮共和国による軍拡問題に関連する問題だが、今回触れている中国の軍備近代化と日米での中国のスパイ行為の関連についても同様のことがいえるのではないだろうか。

また、以前より自衛隊では(他の官公庁や企業と同じく)ファイル交換ソフトによる情報流出が問題となっている。ただ、今回の事件では、2曹の供述による限り、ファイル交換ソフトではなく同僚のパソコンからコピーしたとされているが、いずれにせよ自衛隊の情報管理が問われることになる。複雑な国際情勢の中、他国の軍隊(とりわけ米軍)との協力が求められている現在、外国から提供を受けた軍事機密情報の流出は致命的であるといえる。
アメリカでは上述の海軍スパイ事件に関して裁判によって有罪の評決が下された。アメリカが上述した自国内でのスパイ事件に関して処理した上で、日本が同様に厳正な処理を行わないなら日米関係のみならず、日本の国際的な信用に深刻な影響が出る可能性は高い[*d]

さて、この事件の後、防衛省は全職員に業務用データの私物パソコンへの保存禁止と過去の保存データ削除などを指示したが、それにも関わらず、この指示に従わず、よって私物パソコンに保存されていた情報を外部流出させた事例が発覚している[*e] 。さらなる対策として、大臣支持により、官房長、各局長、施設等機関の長、各幕僚長などより、すべての防衛省職員と自衛隊員を対象にした個別面談による指導を今回および以降毎年1回以上行い、指導を徹底するという[*f]
なぜ、私物パソコンへ業務用データの保存し、それを外部に流出させる事例が続くのだろうか。隊員が学習のために内部文書を私物パソコンに保存し、使用していたという事例が多い。事実、学習教材の整理が不十分だという指摘が存在する[*g]

さらに、情報の秘匿の必要性に対する評価にも問題があるといわれる。安易に情報を機密扱いすることによって情報の重要性を正しく認識できなくなっているのではないかという問題である。もう少し付け加えるなら、このような秘密主義はかえって自衛隊の不祥事の存在そのものまで見えにくくすることが危惧される。最近問題になっている従軍慰安婦問題に関しても、防衛省が関連資料の公開を渋ってきたことに原因の一端がある。情報をどう管理するかは、防衛庁から新たに発足した防衛省が直面する課題といえる。

今回のスパイ事件をめぐっては数多くの問題が周囲に存在している。それぞれの問題に固有の処方箋と防衛政策の根本的・総合的な変革の両方向において解決策が模索されることを期待する。


[*a]iza, 2007年4月7日, 中国新鋭艦に「イージス頭脳」 米でも軍事情報流出

[*b]産経新聞, 2007年5月11日, 中国人スパイに有罪 海軍の機密情報を持ち出す

[*c]防衛庁(現防衛省), 無断海外渡航の調査結果を踏まえた対策等について

[*d]防衛省 日米防衛相会談について(結果概要)

[*e]共同通信, 2007年4月9日, 武器庫の見取り図流出 陸自、また「ウィニー」
こうした情報流出事件に関する記事やそれについて言及したブログはネット上を
関連語句により検索することで大量に発見できる。

[*f]アスキービジネス, 自衛隊の情報流失が止まらないワケ

[*g]5月15日、久間防衛省による大臣指示。
防衛省 情報流出防止に係る隊員に対する指導の実施に関する防衛大臣指示について