私は将来、南北朝鮮間の平和の促進に関わりたいので、
貴学科で国際問題解決に必要な「国際政治学」を学びたい。

 私は、幼い頃から「違うもの」への興味関心が高かった。
日本とは異なる点の多い多民族国家のアメリカに興味を抱き、
高校2年の時にアメリカ・テキサス州の最南端の町に8ヶ月間留学した。
そこでの生活は、私が想像していた「アメリカ」とは異なるものだった。
国境に近かったため、住民の大半がヒスパニックだった。
ロサンゼルス・ヒューストン・デトロイトなどにも短期間ではあるが滞在し、
アメリカは地域差が大きく、国全体に多様性があると感じた。
広い国土と歴史の浅い移民国家のためだと思う。
行くまでは分らなかったアメリカの新しい一面を、
身をもって知ることのできる貴重な時間だった。

 私はアメリカ留学中に体験した「高校生投票」によって、
政治に関心を持つようになった。
アメリカの高校では、選挙の大小に関わらず
必ず本選前に高校生も同じように擬似投票を行なう。
投票する前に、授業内でグループに分かれて話し合い、
どういう理由で誰を当選させたいかを明確にする。
留学前まで私は政治には関心が薄く、
選挙も20歳になったらするだろう、くらいにしか思っていなかった。
しかし、アメリカでは国民全員が政治に参加する、という考えが強く、
幼いうちから政治への関心が高い。
自分の政治への関心の低さに愕然とした最初の出来事だ。
「異文化」に興味をもち、アメリカを希望して留学したが、
私はそこで自分がいかにアメリカに対し無知であったかを思い知った。
そしてそれ以前に、私は隣国のことを何も知らないことに気づいた。
留学中に「アジア人と括られることが多々あり、
アジア人としての意識が強まり、アジアの中でも一番近くて遠い国、
「朝鮮」に目を向けるようになった朝鮮と日本では、
言語・人種・歴史など似通った点が多い。
そのため、感覚的同質感が強く、相違点に対して違和感を感じやすい。
似ていても日本文化と朝鮮文化は異文化なのである。
また、歴史的問題によってできた溝が互いを遠い国にしている。
隣の国、朝鮮は今二つに分かれている。
もともとの原因は、日本の朝鮮半島の植民地化にもあると思う。
日本の敗戦により、半島は戦勝国のアメリカとソ連によって分断されたからだ。
日本は唯一無二の隣国に大きな傷を負わせてしまった。
私は、一日本人として日本が過去に犯した罪を償いたい。
今、南北朝鮮は休戦中だ。
私は、自分の目で歴史を確かめようと思い、去年の冬に韓国へ訪れた。
北朝鮮スパイが国境線地下を掘ったトンネルに入り、
北朝鮮に一番近い駅や、統一を願う村へ行った。
国境付近には、数多くの兵士が緊迫した表情で武器を片手に立っていた。
展望台から、河の先にある北朝鮮の街をこの目で見た。
歴史ではなく、それはまさに「現実」だった。
同じひとつの国が南北に分断され、現在も戦争状態であることを全身で感じた。
地雷が埋まっているかもしれない道を通ったとき、今までに無い緊張感を感じた。
ガイドの「日本の皆様にこの場所を訪れてもらって嬉しいです。
一緒にこれからの平和を願ってください。」と言う言葉が胸に重く響いた。
原因を作った日本人の私は、隣の国の現状を何も知らず、
戦争なんて無縁だと思っていたのだ。
日本の責任の重さを肌で実感し、
日本の犯した過ちから目を背けず、
平和のために努力しようと強く思った瞬間だ。
しかし、こんな緊張の続く南北間に去年「10・4宣言」がなされ、
南北間の交流の進展が確認された両国民とも、同じ民族として平和的解決を望んでいるのだ。
朝鮮への興味が強くなり、
実態を知ろうとシンポジウムや研究会などに参加した。
在日コリアンを中心とし、
朝鮮半島の統一を願う団体主催のワンコリアフェスティバルでは、
ボランティアとして活動し、多くの在日コリアン・韓国人留学生と知り合った。
それをきっかけに、交流会などに参加し、多くの人と日韓関係について話しあった。
最近韓国では政権が交代し、
政策転換から多くの問題が起き、
連日蝋燭デモが行なわれている。
立教大学21世紀社会デザイン研究科のシンポジウムで
韓国の市民団体「希望製作所」の方の話を聞き、
蝋燭デモの始まりが自分より年下の女子中学生だったことを知った。
自分と同年代の人たちが一丸となって、
「国を変えよう」としている姿勢に強く心打たれ、
自分の政治への期待の低さを痛感した。
現在も北朝鮮と休戦中の韓国では兵役義務があるなど、
日本より緊張感があり、
経済も成長の最中なので、
将来の韓国を支えて行く若い世代は政治に興味関心が高いのだと思う。
東京外国語大学「高校生のための国際理解セミナー」に参加し、
全国の24名の高校生とワークショップ・レクチャーを行なった。
「異文化理解とコミュニケーション」
「戦争と平和」
「多文化共生」について研究して、
国際理解とはまさに多文化共生であると分った。
いかに互いの存在を認め、
対等な立場になるか、
1%でも多く分かり合おうとするかその努力が大切だ。
中でも、朝鮮に対しては感覚的同質感をいかに上手く取り払うかが重要だと思う。

 違う人間同士がひとつの国家で互いを尊重しながら上手く共存するように、
違う国家同士が、
ひとつの地球という大きな世界で互いを尊重しながら共存することは可能だと思う。
文化や言語、宗教が違っても
同じ人間同士通じ合うものがあるはずだからだ。
貴学科の言う「地球市民」として、
戦争や人の命を奪うことなく国際問題を解決したい。
「10・4宣言」があったにも関わらず、
韓国の政権交代以来、
友好的になりつつあった南北朝鮮間の関係は崩れ始めている。
休戦中の朝鮮戦争を再戦させずに終わらせ、
解決の道に進むことを強く望んでいる。
それには、私達日本人を始めとする地球市民の介入が必要だと思う。

 他者との同質感が強く、
海外との接触が薄い島国の日本で育った私は、
今まで「自分が日本人であること」を意識し自覚することはなかった。
しかし、留学中にいろいろな場面で「自分は一体誰なのか」を考えさせられ、
日本人としての意識が強まった。
また、私は留学中何度も失敗をした。
それは異文化を十分に理解しきれずに生じた誤解や、
言語の壁にぶつかり、
伝えたい事をそのまま相手に伝えられなかったことが原因だった。
そんな時ホストマザーは
「人間なら誰でも間違いをする。失敗は何度したっていい。
二度と同じことはせずに、
間違いは素直に受け止め、
償いなさい。」
と言った。
その時私は、
異文化を完全に理解することは出来なくても、
相違点を尊重し、
自分なりに受け止め消化し、
上手く共存していこう、
と心に決めた。
このホストマザーの言葉は
自分が自分の罪を償うように日本の過去の過ちを日本国民として私が償いたい
と思うきっかけになった。

 私はこれまで、
視野を広げ国際理解を高めようと色々な活動を行なってきた。
自分の留学経験から、
観光地ではない日常の日本をアメリカ人留学生に少しでも多く知ってもらおうと
「東京案内ボランティア」
に参加した。
そこで出会った学生達といろいろな話をし、
海外から見る日本の印象や、
普段は気づかない日本らしさを知ることが出来た。
その他、
アメリカでの有意義な留学生活をできるだけ忘れないために、
横田基地内での通訳ボランティアやイングリッシュキャンプなどに参加した。
留学中は、
日本文化の紹介や人命救助の演習キャンプ、
献血、
後進国への援助などに積極的に参加し、
現地の人との交流を深めるとともに
「外国人」
という立場でアメリカを始めとする国際理解を深めるよう努めた。
現在、
世界規模の大きな問題がたくさん起きている。
アメリカの不況は世界中に広がり多くの国に混乱をもたらしている。
このような問題を解決するには、
貴学科の言う地球市民としての意識をもって、
これからの世界を考えていかなければならないと思う。
私は、将来南北朝鮮の平和の促進になんらかの形で関わりたいが、
そのためにはまず国際社会を理解することが大事だ。
北朝鮮のテロ支援国家解除に見られるように、
いろいろな国との関わりがあるからだ。
先に述べたアメリカの情勢に対する影響のように、
今世界は大きく変わりつつある。
これからの日本を安定した社会に導くには
日本・中国・韓国 朝鮮)などの東アジア国家の揺ぎ無い協力関係が重要になると思う。
各国間には様々な問題が存在するが、
外交を活発に行い、
解決に導く努力が今必要だと思う。
貴学科の専門コース
「アジア国際政治コース」
は、そういう点でこれからの日本に必要なことを学べると思う。
国際社会を理解するには、
世界語となっている英語の習得が必須である。
日本では、あまり思ったことを口にはしないが、
英語社会では自分の意見を持ち、
それを正確に伝えることが要求される。
貴学科で実施している英語の少人数制の会話授業はその欲求を叶えてくれる。
そして、
私は将来朝鮮問題に関わるためにも、
今まで独学で学んでいた朝鮮語をしっかりと身につけたい。
必修の第二外国語に朝鮮語が入っているのは魅力的だ。
私は、貴学部で国際政治学をしっかり学んだ後、
貴校の派遣留学制度を利用して延世大学に留学したい。
自分の留学で
「想像」と「現実」
の違いを目の当たりにし、
長期滞在の必要性を感じた。
貴学科で学んだことを更に深めることの出来る時間になると思う。
貴学科の言う
「地球市民」
に私はなりたい。
どこの国の何、
ではなく
同じ地球市民
として考えることで差別意識の低下や相違点の理解につながるのではないかと思う。

以上の理由から、
私は法政大学法学部国際政治学科への進学を強く希望する。


(法政大学法学部国際政治学科 自己推薦 志望理由書 2008年11月)



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この志望理由書、

裁判員制度の小論文、

歌った面接、

この3つだけで受かった法政大学!







来週から2年生の授業が始まる。

履修を決めなきゃいけない今、

もう一度自分の原点に戻るために読み返した!



やりたい勉強をやろう!
取りたい授業をとろう!

卒業するためだけじゃない

卒業単位に関係ない無駄な授業だっていい

勉強がしたくて、
学びたくて、
この学校のこの学部を選んだのに。

まわりがどんなに簡単な道を選ぼうと
休む日を作ろうと
私には関係ない

自分のやりたいことを
自分の思うとおりにやろう!





この1年間の学生生活で、
色んな勉強をして

特に韓国(朝鮮)に関してはたくさん勉強をして、

このときより知識が増えたから。。。

今は、
自分の志望理由書にたくさんの問題点が見える。

それでも、
この時の情熱は今も失ってないから。

むしろ1年できちんと勉強して、
自分が成長したことが分かってよかった。





ひとつだけ突っ込むとすれば・・・


この志望理由書を出してから今までで
私は3回韓国に行った

1回目が板門店
その次の回に統一展望台
そして一番最近がまたトラ山駅

板門店に行ったときは
北朝鮮仲間wwwがいたので、
それなりに勉強にもなったし楽しかった
(すでに感動やなにか強く思うことはなかったが)

統一展望台のときは
もう何もかもが商業的にしか見えなくなった
売っている北朝鮮のお酒やタバコすら
物珍しい興味の湧くものというよりは
韓国側にも北朝鮮側にも商業的に役立つ道具
という考えしか出来なかった
全てがお金に見えた

今回のトラ山は
電車でひとりで行った分
今までと違った視点から見れて面白かったが
2年前に緊張した面持ちで銃を片手に立っていた軍人が
ツアー用に静止していたことが分かってショックだった
(この件については韓国滞在記で詳しく書く予定)

私が第3トンネルツアーで感じた
「なにか」
は今の私にはうまく理解できない



学んだからこそ変わった自分の考えがとても多い
今は違う考えをしている部分がたくさんある



ただ

「勉強したい!」

その気持ちだけは今も変わらない!!!












さあ、来週からの授業がんばるぞ~☆