おはようございます!
水野です。

本編の前にお知らせを。

今度の5月14日と5月29日に、ライブセミナー

「人の心を動かす文章の作り方 メルマガ事例解説編」

を開催いたします。

14日は愛知県開催、29日は東京開催です。

「人に影響を与える情報を継続的に発信できる力」

を身につけるための考え方、方法をお話ししますので、
ご興味のある方は、是非いらして下さいね。

http://sp.m-stn.com/seminar/magsem/


さて今日は、先月に出版した本について、そこに書ききれなかった
事についてお話したいと思います。

では、早速参りましょう!



● 口下手でもできる! 人の心を打つトーク術


先日、ご存じの方も多いかと思いますが、先月の14日、
私の3冊目にあたる本

「口下手でもできる! 人の心を打つトーク術」
http://goo.gl/9ojdd

が出版されました。

今までメールマガジンなどに書き続けてきたものの中から、
「話し方」をテーマにしたものをピックアップし、それを
加筆訂正したものであります。

白の表紙に赤いハートマークがアイキャッチになり、
シンプルながらも目立つ装丁に仕上がりました。

中身はこんな内容です


第1章 なぜあの人の話に、人は惹きつけられるのか
--聞き手を引き込むトークを生み出すもの

第2章 なぜあの人のまわりにいる人たちは、気持ちよくしゃべるのか
--コミュニケーションの場作りテクニック

第3章 なぜあの人は知らない人とも、すぐにいい関係になれるのか
--ゼロからの人間関係構築のキモとコツ

第4章 なぜあの人の元では、人がのびのび育つのか
--できる上司・先輩となるための、人を育てる話し方

第5章 なぜあの人の話は、聞く人の心を動かすのか
--普通の人でも活用できる、著名人トークのノウハウ


日常的によく見られる事例や、著名人の話し方などをヒントに、
話し方のスキルを上げるためのノウハウや考え方が書かれています。


どのエピソードも愛着のあるものばかりで、甲乙つけがたい
のでありますが、その中でも、特に自分自身の経験として
印象深かったものが、129ページにも書きました、高校時代の
恩師とのエピソードです。

今回は、この本に書き切れなかった、その恩師の事について
語ってみたいと思います。



● 新刊に書けなかった恩師からのメッセージ


本にも書きましたが、子供の頃の私は、聞き分けのない
人間で、親も先生たちも本当に手を焼いていました。

不良、という訳ではないのですが、自分勝手でわがままで、
言うことを聞かなかったんですよね。

高校に上がっても、その性格は治らず、その上、人見知りで
引っ込み思案なところもありましたんで、最初の頃は
クラスになれることが出来なかったんです。

そんな、高校一年生の時の担任が、宮田(仮名)先生でした。

宮田先生は、当時40歳過ぎくらいの年齢。

普通の企業人をしばらく務めた後で、教師になったという
変わり種の先生でした。

醸し出す雰囲気も、飄々としていて、暑苦しくも、厳しくもなく。

先生という人たちによくあるような、距離を詰めてくる圧迫感が
全くない人でした。


今までの先生は、こういう私に対して、なんとかしようと
厳しく接したり、優しく諭したりといった形で、ちょくちょく
関わってきたんですが、その先生は、積極的に私に関わって
こようとはしません。

でも、無視をしている訳でもなく、話をしようと思えば、
いくらでも話をしてくれたり、声をかけてくれたりも
していました。

高校1年の1学期が終わったとき、クラス45人中の内、41番という、
ひどい成績だったのですが、それでも先生は、叱るでもなく、
励ますでもなく、ただただ41番だったな、といった感じで
通知表を渡してくれました。


これだけ成績が悪くても、宮田先生は、常につかず離れずの感じで、
介入しようとする空気が全く感られません。

そんな先生ははじめてだったのですが、それがとても心地よく、
私はその先生が好きになりました。


その後私は、所属した合唱部に熱心に取り組むようになり、
また勉強もまじめにこなして行くようになりました。

そして、勉強では、学年成績優秀者リストに載る一歩手前
まで行き、合唱部もコンクールで優秀な成績を収めたり
といったように、大きな変貌を遂げました。

そうなってくると、学生生活も楽しいものにもなりますし、
先生たちも私をどうこうしようと変に介入することが無く
なってきましたので、嫌いな存在ではなくなってきました。

そして、卒業する頃には、職員室に遊びに行って、たくさんの
先生とお話しするのを楽しむくらい、先生に対しての抵抗感も
無くなり、本当に楽しい高校生活を送ることが出来たのでした。


そして、卒業を迎えようとしていた頃。

クラスで卒業文集を作ろうということになり、その時に
お世話になった先生たちからもメッセージを寄せて頂こう
ということになりました。

その時、宮田先生は、別のクラスの担任になっていましたが、
国語の授業では、私たちのクラスもお世話になっていたので、
文集係のクラスメートは、宮田先生にもメッセージのお願いを
しに行きました。


そして、宮田先生の原稿があがってきたとき、クラスメートから

「おい、宮田先生、水野のことを書いてくれてるぞ!」

と、声をかけられたのです。


え? と思ってそのメッセージを読んでみると、

「MからM君へ」

というタイトルで、こんな内容が書かれていたのです。


私が担任する生徒たちを初めて見たとき、君は、所在なげで
オドオドし、そして、クラスにも打ち解けられずにいた。

成績も1学期はビリに近く、本当に心配していた。

しかし、夏休みが終わった頃から、君は見る見ると成長し、
いつしかクラブでもリーダー的な存在になって、周りを
引っ張っていく人間になったね。

ずっと見守っていながら、人間はこれほど成長するものなんだ
と、改めてその素晴らしさを実感した。

そしてそれは、M君だけに限らず、君たち全てに言えることだ。

君たちはとても素晴らしく、そして立派に成長したね。


そのあとも、素敵なメッセージが書かれていたのですが、
私としては、前段部分を読んでびっくりしてしまい、そのあと
何が書かれていたのか、ほとんど覚えていません。

とにかく、何かしら深く関わってもらった記憶が無かったので
3年近く経った後で、こんな事を書いてもらえるとは思わな
かったんですよね。

でも、宮田先生は、私のことを、成長することを信じつつ、
ずーっと見守り続けてくれていたんだ。

それが分かって、もう本当に嬉しくなってしまい、すぐに
宮田先生にお礼のあいさつをしに行きました。

先生は、照れたように

「そっか、M君がだれか分かっちゃったか」

と言いながら、ニヤニヤ笑うだけでした。


その後、クラブの友人にそのメッセージを見せたところ、
1年生当時クラスメートだった部長から、

「実は、1年の時に、宮田先生から

『水野が心を許しているのは君くらいしかいない
みたいだから、一緒にいてやってくれな』

って言われてたんだよな」

と、これまたサプライズの告白が。

きっと、宮田先生は、水野は、あれこれと教師の立場で
関わられるのが嫌いだと、すぐに感じ取ったんでしょうね。

だから、一番親しい人間であるその彼に、一声かけて
おいてくれたのでしょう。

宮田先生は、本当に生徒のことをきちんと見守り、そして
どうしたらいいのかということを、きちんと考えていたんだ
なあ、と、改めてその素晴らしさを思いしったのでありました。




今日のトーク術・まとめ

ここまで相手のことを考え、信じ、見守り続ける事が出来るだろうか



その、宮田先生ですが、私たちが卒業して数年後に、
まだお若かったにもかかわらず、急逝してしまわれました。

訃報に驚き、友人たちと家に駆けつけましたが、そこには、
先生の死を心から悲しんでいる、何百人もの教え子たちが
集まっていました。

これだけたくさんの生徒たちをしっかりと見守り、それが
生徒たちにもしっかりと伝わっていたということがわかる、
生涯忘れられないお葬式となりました。


そして今、、私も人を育てるような仕事について、改めて
宮田先生の教育者としてのスタンスを振り返ると、本当に
その素晴らしさに胸を打たれます。

不用意に介入せずに、しかし、なにもしない訳でもなく、
相手の成長をひたすら信じながら、相互支援的な働きかけも
しつつ、その上で、しっかりと見守り続ける。

うわべだけの、小手先のテクニックだけでは、決して出来ない
人を育成することの本質が、この先生の指導方法からうかがい
知れます。

私自身は、まだまだこの境地に達してなどいません。

受講生に不用意に介入してしまったり、自分が
前に出過ぎて引っ張りすぎてしまったり。

まだまだ未熟な講師ではありますが、それでも、宮田先生が
私にしてくれたことを、一生懸命思い出しながら、講師としての
あり方を模索していきたいと思っているのであります。



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なかなかお返事ができませんが、
もし良かったら一言声かけて下さいね。




● 編集後記


昨日と一昨日にかけて、清里の清泉寮というところで行われた、
講師サミット2011に参加してきました。

今回の講師サミットは、今までのように講師と受講生が存在
して何かを教えあう、という形ではなく、全員がフラットな
参加者という関係の中で、2日間対話をして過ごす、という
何とも面白い試みでした。

この件に関しては、色々と気づきや学びがあり、メルマガが
何本もかけるくらいのお土産を持って帰って来れたのですが
あまりにも今までの考え方とは違っていたので、きちんと
自分自身に落とし込むには、まだ時間がかかりそうです。

この学びについては、またこの後のメルマガで共有させて
頂きますね。

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