バレンタインチョコ
渡したい人がいたのに渡せなくて
落ち込んでるの





これはヲトメちゃんから来た
2月14日夜のメールの一文だ。

ヲトメちゃんは一家の主婦だ。
息子さんは高校生だという。
税金対策にと旦那さんの扶養内での
勤務をしている。
でも、扶養から外れてもいいから
勤務時間を増やそうかなと
最近契約を変更したらしい。
三月から彼女はフルタイムで
働くようになる。

チョコ?

渡したい、人?

渡せなくて落ち込む??

いや、違うよね
違うよ。違うって。
だから先入観を排除してかからないと。
私は脳内で軽く格闘しながら
職場では会えなくなったヲトメちゃんに
思いを馳せる。
ヲトメちゃん、旦那さんとは
とっくに終わってる
息子がいるから離婚しないだけ
なんて言ってたな。

でも。

それにしたって。






久々に会ったヲトメちゃんは
元気そうであった。

職場で話題になったアイスクリームの
お店に入っておしゃべりが始まる。
しばらくは普通に職場での話。

「相談に乗ってもらおうかと思ったけど
解決なんて出来ない問題だから。やっぱり
お話するのやめとこうかなあ。」

ヲトメは急に弱気になったのだ。

私はどっちでも良かった。
それはあなたの意思に任せるよ。
でも話して楽になることもあるかも
知れないし、よかったら聞くよ?
そんなスタンスで臨んだ。
ヲトメちゃんはようやく口を開く。

「チョコ渡したい人がいるって
言ったじゃない?」

バレンタインデーから二週間が
経過していた。
私は、職場には関係のない
地元の人間関係の中の話であってくれと
願う反面、もう確実だなとも思った。

案の定、彼女は
バレンタインデー以来
自宅を出るとき冷蔵庫からチョコを
鞄に入れて出勤し、ロッカーで作業衣の
ポケットにチョコを移動させ
現場で終日渡せないまま仕事を上がり
またチョコを鞄にいれて帰宅し
自宅の冷蔵庫に収納する
それを毎日繰り返しているのだと言う。
しかも初めに買ったチョコは箱が大きく
作業衣のポケットギリギリだった。
わざわざ、一回り小さなチョコを
買い直した。
その代わり厚みが出てしまい
上からポケットの中身が見えるように
膨らんでしまうために
彼女はその上からハンカチで蓋をする。
かなり、不自然だ。
そんなことを彼女は二週間以上繰り返す
ことになるのだ。

「かなり、重症だね。」

人は恋をすると多少なりとも壊れていく。
彼女は確実に、壊れている。


現場でヲトメちゃんと彼が二人きりになる
可能性はざっと見積もってもせいぜい
10%くらいだ。しかも作業中は無理。
作業の合間に控室に二人きり、そんな
チャンスはそうそう巡ってはこない。

「でね。カードも三種類書いて
いつも一緒にポケットに入れてるの。」

カード。
宛名も自分の名前も書かないで
気持ちを伝えるだけのカードだそうだ。

ひとつは好きとかじゃなくて
日頃の感謝の気持ちを綴ったもの。
ひとつはそんな中にも恋心を
匂わせたもの。
ひとつは完全に告白。

「もう、スゲー重症だね。」

ヲトメちゃんは顔を両の手のひらで
覆い隠し、体を少し左右に揺すった。


「誰だか、わかる?」

出た。当ててみて。的な。
私は悩んだ。ここは知らない振りで
受け狙いの冗談を言うべきか。
でもここまで重症な人に受けを狙って
みたところで始まらない。

私は正直に答えた。

「じゃがまるくん?」

ここで注釈を加えると
彼の容姿はじゃがでもまるでもない。
これで、彼を連想できる人は
きっと世の中にはひとりもいない。
だからこそ彼をここでそう呼ぶ。
私たちパートを口汚くイジる
本当は心優しき男子社員じゃがまるくん。

ヲトメちゃんは目を伏せるように微かに
しかししっかりと頷いた。

確かにヲトメちゃんはじゃがくんと
話すとき、他の人より距離が近い。
イジられると彼の二の腕あたりを
軽く叩く。
じゃがくんもことあるごとに彼女を
気にかけ、話しかけてはキャッキャと
二人ではしゃいでいる。

私もたまに

イチャイチャしてんな。

なんて思いながら見ていた。

私とじゃがくんは母ちゃんと息子だ。
だが、ヲトメちゃんとじゃがくんは
なんか違うのだ。
でもじゃがくんは26歳である。
ヲトメちゃんは40代、いやもしかして
30代終わりかな。でも15歳くらいの
年の差って男子はどう思うんだろ。
でも、私個人の感想としては
もしヲトメちゃんから告白バージョンの
カードと共にチョコを貰ったりしたら
かなり引くと思った。
旦那さんと上手く行ってないとは言え
主婦だし、高校生の息子さんもいる。
引くよ。

でもヲトメちゃんは止まらないのだ。
鈍感な私さえ二人を見てイチャイチャ
してるなと思ったのだから
回りにもそう思った人はたくさんいた。

「AさんBさんから言われたの。
じゃがくんはヲトメさんのこと
好きだよね~って。」

AさんBさんは20代後半の女子だ。
現場の責任者で偉いけど気さくな
お姉さんたち。

私はそんな風にいわれないし
確かに私とじゃがくんが絡んでも
イチャイチャしていると見る人は
ひとりもいないだろう。

ヲトメちゃんは完全に
この恋、可能性はゼロじゃない!と
思っている。
じゃがくんが以前、ヲトメちゃんの
ちょっとしたミスを慰めるように
話の合間に頭を撫でるように
手を挙げ、やはりやめたような
しぐさをしてくれたこともあったという。

可能性、か。

もちろんお互いがいいなら
私は止めないし、応援するつもりだ。
だが、今本気の告白チョコはあまりに
性急だとも思う。
正直、告白は絶対やめた方がいい。とさえ
思うのだがヲトメちゃんの勢いに押され
それだけは口にできなかった。

「それに、彼はこっちの気持ちには
とっくに気づいてると思うのよね。」

恋するヲトメは壊れている。













これは別の話で聞いたのだが
ヲトメちゃんはわたしより
1つ年上だった。