じりじりと上昇する気温と日差しが生白い肌を焼いてくる。
まだ6月になったばかりだというのにもう夏みたいだ。
「おや、こんにちわ」
水を撒いていた宮司さんの手が止まる。
僕は軽く頭を下げるだけにして、打ち水のされた敷石の上を行く。
「岡谷さんはいませんよ」
「別に、大丈夫です」
久し振りに喉から声をひねり出す。
喋り方は辛うじて忘れていなかったようだった。
ポケットに入れてきた五円玉を賽銭箱に放り投げ、鈴を鳴らす。
この神社に来るのはいつぶりだろうか。もう5年以上来ていなかった気がする。
「久しぶりに来たんですね」
顔をあげると、賽銭箱に腰かける岡谷さんがいた。
優しく微笑むその人は、俺の記憶の中にある姿と変わっていない。
「……ハイ」
「麦茶でも飲んでいきますか?」
僕が小さく首を振ると、ぽんとどこかから傘を差してきた。
淡いブルーの大きな日傘だ。
「今日は暑いでしょう、持ってお行きなさい」
「いえ、それは」
「大丈夫ですよ。これは、あなたを守るための傘なんですから」
岡谷さんの慈母のごとき笑みに僕は逆らえず、こくりと頷くと傘をさして帰った。

****

それから2週間して、僕はもう一度岡谷さんの元を訪ねた。
「岡谷さん、」
「はい?」
「俺を、気味悪がらないんですか」
「この町の人間はみな平等に自分の子ですよ」
彼はそう笑う。
5年前も今も僕は彼の子でいるのだろうか。彼に庇護される存在なのだろうか。
「……じゃあ、なんで、俺はこんな顔にならないといけなかったんですか」
水鏡に映る自分の火傷に爛れた顔を彼に向けた。
彼はその顔から眼をそらさず、静かに頭を下げて「ごめんなさい」と呟いた。
「謝って欲しい訳じゃ、」
「あの火事から、あなたを逃すことは私にはできなかった。
出来る事ならあんなこと私もしたくはなかった、でも出来なかった。それだけが事実なんです」
それ以上岡谷さんは言い訳はしなかった。
あれは逃れられない運命だったのだと彼は言いたいのだろう。
ただ頭を下げる岡谷さんとそれを見つめる僕の間に沈黙が広がる。
「岡谷さん」
「はい」
「人生って、どうしてこんなに理不尽なんですか」
「……私にも分かりません。きっと、私よりも上の存在が理不尽を面白がってるんです」
「ひどい話だ」
「私もそう思います」
岡谷さんはただ寄り添おうとする。
それが彼に課せられた役割なのだろう。
「その理不尽や怒りや悲しみを、ただ聞くために神様がいるんです」
彼がそう告げる。
世界はこんなにも不都合だらけで理不尽なのに、それでも彼はここにいる。
「神様って、辛くないんですか」
「辛いですよ。でも、生きてる人間も同じぐらいつらい」
彼の藍色の瞳が薄い淀みを纏った気がした。





久し振りに神様と人間の話。
このあと夏目君は社会に戻る準備を始めると思う