歌っているToshiさんの横で、僕はToshiさんの心の世界に意識を合わせる。

 

僕には、生まれつき、特殊能力とでもいうべき、ある能力があった。

 

それは、自分の意識を相手の心の世界に合わせ、相手の深層心理の情報を読み取ったり、引き出したりすることができる能力だ。

 

歌っているToshiさんの心の中に生じているイメージの世界が、次第に、僕の眼前に広がる。

 

そこは、草原のような場所だ。

 

Toshiさんが歌っているのは、「君はいないか」という曲だった。

 

その歌詞は、草原と丘を舞台にしている。

 

Toshiさんは、そのイメージを強く維持しながら、この曲を歌っているのだろう。

 

僕には、Toshiさんの心の世界に広がる草原の景色が見える。

 

 

一見すると、美しい草原のように見える。

 

しかし、何かが違う。

 

靄(もや)がかかっているような感じがする。

 

すっきりと晴れ渡っているようには、僕には見えなかった。

 

この靄(もや)は、一体何なのだろう。

 

「君はいないか」を歌い終えたToshiさんは、お年寄りたちに語りかけた。

 

 

「ありがとうございます。

 

この音楽と出会った8年前くらいは、僕は世間的には、スターというか、芸能人というか、あたかもうまく行っているかのように振る舞って、幸せそうな演技をしていました。

 

でも、実際は、心身ともにズタズタぼろぼろでした。

 

自殺寸前でした。

 

あまりにも虚しかったです。

 

僕は、もっともっと、上に上にと、目指していました。

 

もっとスターになって、もっと有名になれたら、幸せになれるんじゃないかと。

 

でも、今思えば、大きな勘違いをしていました。

 

当時は、日本一のロックスターになり世界に進もうという、そういうところにいましたが、実際は、全くうまく行っていませんでした。

 

でも、そんな時に出会った音楽が、今、歌っている歌なんですね。

 

たまたまCDを聴いて、聴いていたら涙が止まらなくなって、本当に、命を救われるような、そんな経験をしました。

 

今はその曲を歌わせてもらうようになりました。

 

そんな音楽と本当に出会えて、よかったなと思っています。

 

では、『遙かなる自分』という曲を聞いてください」

 

 

命を救われた、と言ったToshiさんの言葉。

 

しかし、僕には、救われているようには見えなかった。

 

その声のバイブレーションが、何か、僕にとっては不自然に聞こえる。

 

本当に心の底から救われたと思っているのなら、もっと透き通った、芯のある言葉にはるはずだ。

 

でも、Toshiさんの言葉には、靄(もや)がかかっているような感じがする。

 

Toshiさんの心の世界と同じだ。

 

一見すると美しく見えるが、何かが違う。

 

まるで現実から、目を背けているように感じる。

 

 

Toshiさんは、葛藤を抱えながら、今の活動をしているのではないか。

 

疑問を抱えながらも、それらを抑え、蓋をし、自分で自分をごまかしているのではないか。

 

自分に言い聞かせるように、命を救われたという言葉を繰り返しているのではないか。

 

言葉が、響いてこない。

 

モヤモヤした気持ちになる。

 

なぜ、こんな状態にまで、精神的に追い詰められてしまったのだろうか。