コンコン、ドアをたたく。きっとびっくりするだろうな。
少しの間の後、やさしくドアが開いた。
「いよう。元気か?」
すかさず声をかけた。
ここは、ミンティの家。そして突然訪ねてきた彼は、彼女の働くレストランの常連客で、村の警護隊の隊長でもある。
「隊長さん、どうして…?」
ミンティは動揺を隠しきれず、素直に驚きを口にした。
「ルドのおやっさんから聞いたんだ。いきなりすまねぇな。びっくりしただろう」
「そりゃ、まあ……あの、よければ上がってください。あんまり綺麗じゃありませんが」
そう言われ、部屋の中へ案内される。
ベティと二人で出掛けてから数時間後。ミンティは買ってきた服をベティに着せ、夕食の準備を始めようとしていたところだった。
「へぇ……小さいが、使いやすそうないい部屋だな」
「ありがとうございます。でも、散らかってるのであんまり見ないで下さいね」
ぐるっと見渡して言う彼に、苦笑いしながらミンティが言う。そしてすぐにお茶を入れ、差し出した。
「どうぞ」
「ありがとう。頂くよ」
すぐさま、お茶を一口。うん、うまい。
「あの、どうされたんですか? わざわざ訪ねてこられるなんて……」
「うん? んー」
あいまいな返事をし、ちらっと奥の部屋へ目線を配る。
「……あの子は、奥にいるのかい?」
「ベティですか? えぇ、奥の部屋にいます」
きっと何か感づいたのだろう。不安な表情のミンティ。
「いやさっきな、イルザの小僧とのことを、ちょっと聞いてな。心配でよ」
村一番のいたずら小僧イルザには、彼もちょっと手を焼いたことがある。なので小僧と呼ぶのだ。
「……」
ミンティは何も答えない。少しうつむいて、何かを考えているようだ。
「大丈夫。俺はミンティちゃんの味方だ。もう無理に追い出せ、なんて言わないよ」
ニカっと豪快に笑って見せる。それをみて、ミンティはほっとしたのだろう、いつもの笑顔を見せた。
「ありがとうございます。私にとってベティはもう、妹みたいな存在なんです。不思議な力があっても、あの子自信は、とてもいい子なの。それを、分かってほしいんです」
「なるほどな。ミンティちゃんの気持ちは分かった。でも、このままじゃまずいだろう? 村人たちはきっと納得しない」
村人たちと聞いて、再びミンティの表情が曇った。お茶を一口飲み、間をおく。
「……とりあえず、その、ベティちゃんだっけか? その子の力が一体何なのかを知る必要がある。危険なものでないとわかれば、村人だってそんな恐れやしないだろうよ」
「危険でないと分かったとして、聞き入れてくれるでしょうか?」
「俺が言えば大丈夫だ。ずっとこの村を守り続けてきた俺の言葉は、きっと聞いてくれるさ」
胸を張って、言いきって見せる。
「で、ベティちゃんの力だが……どう思う?」
「……」
ミンティは黙った。はっきりと知るのが怖いのだろうか。こわばった表情をしている。
「……分かりません。正直、知らなくてもいいと思ってて、あんまり考えないようにしてたんです。どんな力があろうと、ベティは、ベティですから。でも、隊長さんが言うこともよくわかります。だから……」
意を決したように、語りだした。きっと本人は分かってるのだろう。
危険な力だ、ということを。
「俺の憶測を、話してもいいかな?」
ミンティの目を見つめ、一言おく。彼女は静かに、うなずいた。
「店で放たれた衝撃波のような力と、イルザとの一件。それだけを考えると、やっぱり攻撃性があるもののように思える。しかし、だ。それがどのような時に発揮されるのか……要はコントロールできるのか、ってことだな」
そう。その力を本人が把握し、理解し、コントロールしているのであれば、使わせないようにすればいいだけなのだ。それができれば、村人たちに余計な不安を与える心配はなくなる。
「コントロール……」
「ベティちゃんは、自分のことなんて話してるんだ?」
「……言葉、話せないみたいで。私も事情を聞こうと思ったんですけど、聞けなくて。あ、でも少しずつ、話せるようにはなってきてるみたい」
ちらっと、奥の部屋をうかがうミンティ。こちらの話は、聞こえているのだろうか。
「ふむ。じゃあ本人に聞くのは無理か。一緒にいて、何か気付いたこととかないのか?」
聞かれ、彼女はちょっと考えた後、
「あの、ペンダント……」
「ペンダント?」
「はい、小さな赤い宝石のペンダントをつけてるんです。石を投げられたときに、それが光ったんです。で、あの力が収まったら、それも光らなくなりました」
「てことは、だ。それが力の元か、それとも……。まあ、何か関係はありそうだな」
うーん、とうなりながら、残りのお茶を飲み干す。
「しかし、本人から何も聞けないんじゃ、憶測から抜け出ない話だな」
「そうですね……」
小さなため息をつき、ふと窓の外見やる。ミンティにつられ、彼も同じ目線の先に顔を向けた。
そよそよと、やわらかな風が吹いているのだろう。木々や道端の雑草が小刻みに揺れている。
いつもと変わらない日常、明るい村での普通の風景。平和で、穏やかな――
「何だ……?」
彼は、すぐにその異変に気付いた。遠くに村人たちが集まり、かすかだが、ざわざわとした声も届いてきている。
「どうしたんでしょう。なにかあったんですかね?」
ミンティにも、それが普段の風景でないことはもちろん分かる。
「分からん。ちょっと行って、見てくる」
言うなり立ち上がり、歩き出す。その時、
カチャリ…
奥の部屋の扉が、小さな音と共に開いた。顔をのぞかせたのはベティである。
「……」
思わず立ち止り、その少女を見やった。その胸には、先ほど話に出てきたペンダント。真新しい白いワンピースに映えて見えるせいか、不気味な光を放っているような錯覚にとらわれる。
(こいつが――)
見た目はごく普通の女の子だ。しかしその表情は何も語らず、それがかえって不気味でもあった。
しかし彼はそえれを払拭するかのように、ニカっと笑って、
「お邪魔してすまねぇな、ベティちゃん。おじさんはもう帰るよ。あ、今度来るときはお土産でももってくるからな」
軽く右手を振って見せる。しかし、ベティは無反応だった。
「あの、ありがとうございました。すごく、助かりました」
代わりに、穏やかな笑顔でミンティがペコっと頭を下げる。ベティがゆっくりとミンティに近づき、彼女の服をギュッと握った。その目は、かわらず彼をじっと見つめながら。
「あぁ、またくるよ。もちろん、店にもな」
そう言って背中を向け、彼女の家を後にした。少女の視線を、ずっと感じながら――。
――続く――