杉を食べちゃう | 九学 || 瑞穂 み すぐり

杉を食べちゃう


まあ、どこを見ても杉の木が多いことったら!

それも、手入れをされていない細っこくてみっともない杉ばかり。

間伐されず下枝払いもされていない杉は、堂々とした大樹になれず、
ただ身を寄せ合っているだけの情けなさだ。

幹の先の葉は、少しでも多く空を掴もうと背伸びし、上の方で大手を広げている。

「やっぱり植林された木は、人間に面倒をみて貰わないと美しい樹にはなれないのかな」

そう思いながら葉の先まで見た時、

「あ、憎まれ口のしっぺ返しだ」

枝先に蕾がぞっくり揃ってこっちを見ている。

どの葉の先にも、丸くてちっちゃい蕾がびっしり肩を寄せ合っているから、
木全体が黄色く見えているではないの。

これがおいしい木の実だったら良いのだけれど、違うんだよね。

蕾たちは、こちらの心を見透かしたように、揃ってにんまり笑っている。

「まあ、楽しみに待ってなさい。もう直ぐ花粉を思いっきりまき散らしてあげるからねっ」

憎らしい言葉が聞こえた途端に鳥肌が立っていた。

ぞう~、ぞう~、ああ、怖い怖い。

「ごめんなさい、美しくないなんって言ってしまって、許してください」

でも、杉が意地悪をするのは今始まったことではないのだから、
謝って許してくれることなどはないのだと気がつく。

またあの苦しい春を生きることになるのか今年も、いやだなあ。




肩を落としてげんなりしてしていたその時、突如怒りがこみ上げて来たのだから、今年は面白い。

「こんな花粉なんかに負けてなるものか」とムラムラ沸き立つ感情でしばらく動けくなっていた。

花大好き人間が、花粉のために顔を腫らして涙を流すなんてこと自体がおかしいっ。

花粉に飛びこまれて、眼の中が痒くて堪らない、鼻がつまって苦しい、顔がぷっくり腫れてみっともなくなる。

眼の痒さが我慢できなくて、赤ワインを目薬の様に垂らして、う~痛いっ。


そんな毎春を唯々諾々と受け入れて嘆いているだけだなんて、このだらしなさで良いのっ、いつまでも!

20年も同じことだけ繰り返しているなんて馬鹿としか言いようがないんじゃあないの?

よし、わかった、今年からは、強くなって、杉なんかぎゃふんと言わせてしまおう。

花粉なんてちっとも怖くなんかないって思い知らせてやるっ!




一人で怒って興奮し、鼻息をふんふん吐きながら家に戻り、庭のゴールドライダーの前に立つ。
  
植えてから11年経つこのゴールドライダーは、今では10メーターにも成長した美しい自慢の杉の木だ。

窓から眺めると、葉が風にそよぐ風情が大変良くて、蕾も持ったことはないし格好は良いし、
大好きな親友みたいかな。

「ねえ、君も杉だけれど、やさしい杉だよね」


そう語りかけていたら、閃きが降りてきた、というか杉が話してくれた。

「僕の葉を食べてごらん、もし、僕をおいしく食べられたら、花粉に負けない強さが身に付くよ」

「えっ、杉の葉を食べるったって、どうやったら食べられるの?」

「さあ、そこまでは知らないから、勝手に考えてよ」


ゴールドライダーがそう言っていた。

「早く、僕の葉をおいしく食べる工夫をしてごらん」

「わかった、うん料理の仕方を工夫してみるね、ありがとう」




そこで、すぐに枝を切り、葉を集めて水洗いしてからミキサーで細かく砕き、漉してグラスに入れて眺めた。

濃い緑色の液体が出来た。

キッチンいっぱいに杉の良い香りが広がっている。

緑色のグラスの中身を眺めながら、はじめての挑戦に心が躍っていた。

「さて、どうやってこれを食べられるように調理するかだな」


結果から言えば、4種の料理が仕上がり、3種類はおいしくて我ながらびっくりする出来栄えになった。

林檎煮、油揚げ煮、大根としめじ煮、そして杉の葉の佃煮の4種類。

この中の杉の葉佃煮は香りも味も良いのだけれど、硬くて食べ物には不向きだな。

それ以外はみんなおいしく食べられた。


口の中に、ひっそり広がる杉の香と渋みが林檎を上等なデザートに、油揚げも大根も、
深みのある味になり、成功、成功。

食べた後、舌に残る渋みは、これが食用ではないことを語っている様だけれど、だから挑戦なんだな。

つまり、このままではたくさん食べてはいけないってことでしょう。


水と一緒にミキサーで細かく砕いた葉を鍋に入れて煮立て、アクをしっかり取り除いてから濾して調理に使う。

こうやって、毎日、ほんの少しずつ杉を食べることで、花粉に負けないからだが造れる気がしてきた。

外に出て、杉の蕾を闘志満々の気迫で上目に見あげると、彼らは相変わらずニヤニヤしている。

「この春は、花粉なんか何ともないからだを造って驚かすから見ていなさい」

「やれるものならどうぞ…頑張って、期待しているから」

いよいよ憎らしい杉の蕾たちめ。  




今春、この戦いに勝てたらなんて嬉しくて満足することだろう。

「花粉症からの脱出なんて簡単なことですよあなた、戦えば良いのですから」

そんな風に、鼻をひくひくさせながら自慢する自分の姿を想像するだけでも、楽しくなってくる。


ということで、杉への果たし状は叩きつけたから、わけあり林檎でも買いに行くとしようか。

あの日出来た林檎煮は、みんなに試食してもらったら、あっけなく終わってしまったんだもの。

勝つぞ、勝つぞ、今年こそは、杉花粉に勝ってみせるっ!

ぞっくりなった蕾を横目に見ながら、闘志満々の2011年初春の午後。