ほえ?俳優さん??
テーマ:ブログ先刻、まさ友さんから驚きのメールが届いたのですがーー。
読んでびっくりよん。
で、さっさと確認してきたところあらためてびっくりですわ。
さて。まさ友さんがたはどのように、予想されますか?
15年目は、俳優業に返り咲き~~~かな?
よっ!!昭和のオトコっ
さて。
昨晩からずーーっと、頭の中でぐるぐるしてます。
だってだってだって!!
あのお方が久々の「役者さん」ですよっ
なんと演技するんですよーーーーーーーっ
うわーーーーーーーー!どうしましょう~~~~~~っ!!
・・・・・・
すみません。取り乱してしまった。
オバサンは恥ずかしながら、ファンになってからの歴史が浅いので
オンタイムでドラマとか、映画とかを拝見したことなくって。
あの「喜多さん」のドラマにおいて、ほんの数十秒の出演だった
アヅマ氏しか、お芝居するまさやんを現在進行形で見たことないんだもん。
まさかねえ。
15年目にして再び、役者業を復活されるとは想像もしてなかったですよ。
そういえばあの防府チャリティーライブのMCにおいても
「事務所で僕ほど、色んなことしてるアーティストはいない。」と言われてたな。
ドラマに出させられたりーー、映画に出させられたりーーー。
まあね。
今まではずっとこの「させられてる」感が強かったようですが、
さすがにこの期に及んでは、ご自分も恐らく「やる気になって」挑まれることで
ありましょうから、余計に期待は高まるばかりですわよ。
さてさて。
頂いた情報はあまりにおおざっぱで、予想するのも難儀でありますが。
とりあえず「昭和」ってことと「銀座」ってことと「主演」ってところから
考えてみることにした。
「昭和」といえども、60年以上ありますからね。
大体「戦前」「戦中」「戦後」「復興期」「高度経済成長期」「バブル期」と
変遷していくうちにおいて、通常「昭和」を一番感じさせる時代といえば
昭和30年代~40年代くらいではなかろうか。
その時代の銀座、つまり東京が舞台になるのだろうか。
ううむ、これはなかなかノスタルジックですわよ。
いや、もしかしたら「回想シーン」に使われるというのもアリだわ。
主演、ということになれば「喜多さん」の時のアヅマ氏のように
出演時間が数十秒ということは断じてないだろうから、劇中ひんぱんに
演技する山崎が出てくるわけだよね。当たり前だろうが。
うわーーーー!!ど、どうしましょうっ~~~~←いちいちウルサイっ!
一体、どんな役柄をされるんでしょうね。
昨日もまさ友さんたちとメールでやり取りしててさ、
「ブラック克己みたいな、悪役がいい~~!」とか
「ジャズ喫茶のマスターみたいな、渋い役がいい~~~!」とか、
得手勝手なリクエストが飛び交っておりますが。
アタシも必死で考えてみる。いや、考えたところでどーなるもんでもないが。
時代は昭和なんだから、ここはやっぱり「昭和の時代のドラマ」に
思いを馳せてみたらば、やはりこのドラマを外しては語れない!
オバサンと同世代の方なら、恐らくリアルタイムで視聴されてたことで
ありましょう。
独身男のもとに、実の姉の遺児が転がり込んでくる。
保育園児のこのオンナの子から「パパ」と呼ばれて、男は困惑しながらも
次第に情が移ってくるのである。
昭和40年代の、懐かしい東京の下町が舞台になっていて
「米屋の二階に間借り」という現在では考えられない設定と、江戸っ子言葉と
義理人情が満載で、毎回ほろりと泣かされたもんであります。
こんなのを思い返しちゃうと、殿もそろそろ「子持ち」の役が似合うお年頃。
この時代の38歳男性なんて、おおかた所帯持ちで2人くらい子供が居るのが
当たり前でしたからねえ。
だからアタシとしては、「お父さん役」が見てみたいわ。
あーー、別に妻帯者でなくてもいいのよ。
バツイチでも、男やもめであってもいいわ。
せっせと家事や育児をされるご様子は、演技などせずとも殆ど「素」で
こなされるのは間違いなし。
朝早く起きて、子供の着替えを手伝ったり、おべんと作ったり。
ベッドで寝かしつけたり、子守唄を歌ったり・・・。
うわーーーーーーーーーーーっ![]()
![]()
そ、そんなお姿を拝見したら、それが例えドラマであったとしても
胸きゅん度数が跳ね上がっちゃうわっ![]()
![]()
![]()
きゃーーーーーーーーーっ、どーしましょうっ![]()
・・・・・・・いーかげんにしろって・・・・????
妄想に歯止めが掛からなくなってくる~~~~~![]()
はははは。だいじょうぶか、アタシ。
さて、果たしてどうなることやら。
ホントにドラマに出てくれるのかな?
ライブのことばっかり考えてたけれど、そしたら主題歌だって
作るんだよね。わーー!新曲!!
スバラシイ!なんて仕事のデキル男なのっ![]()
某女性誌の「かっこいい男ランキング」ミュージシャン部門において7位に
堂々ランクインされてたらしいですが、この分で行けば来年当たりはラクに
ベスト3は間違いないわねーーーー![]()
うふふ。
来年はあちこちのメディアで、殿を拝見できるかも~~。
きゃーーーーー!!
どうしましょうっ!
楽しみすぎます~~~~~~~~~っ![]()
・・・・・スイマセン。
いちいち叫びすぎですわ。
あーーーーーーー、うるさいっ![]()
今日は小学校の「学習発表会」でした。
6年生はプログラムの一番最初、体育館で全員参加の「劇」を
やるので、私も朝から出かけていきました。
でもその前にもうひとつ。
校内ボランティアの参加者全員に、今日は「感謝状」を下さるとかで。
最近はどの学校にも組み込まれていますよね。
地域の大人がさまざまな形で児童を関わりを持つため、
色んな方法で参加する人を募っているようです。
お年寄りの方が結構積極的に、下校時のパトロールを受け持ってくれたり、
交通整理をしてくださったり。
地域の史跡を一緒に巡って説明してくれたおじいさんや、低学年の英会話
教室を受け持ってくれるおかあさんや。
他にも図書館の本の整理等も、保護者の方が時折学校を訪れては
子供たちが使い易いよう、工夫してくださっているようです。
皆さん、忙しい時間をやりくりして参加されてる人ばかりですから、
今日も全員出席というわけにもいかなかったようです。
その中でも恐らく、一番歴史が古いんですよ。読み聞かせボランティア。
もう8年くらい続けてますから。
結成(?)当初からのメンバーは、私を入れて6人でしょうか。
今はその倍くらいの人数まで増えました。
おかげでローテーションもスムーズに回るようになり、余裕を持って
スケジュールが組めるようになりました。
8年目にしてようやく「感謝」してもらえる日が来ましたよーー。
今までこういった催し、一度もなかったのでお話が来たときはびっくりして、
メンバーの人に「どうする?」と聞いてみたところ、
「8年間一度たりとも感謝されたことなかったんだから、胸を張って堂々と
感謝してもらいましょう!」
てな話になって、他の皆さんとも声を掛け合い喜んで「感謝」して
もらうことにしました。
校長先生のお話のあと、ボランティア参加者全員が壇上に移動し、
一人一人児童から「感謝状」を頂く、という運びになりまして・・。
お子様の頃から殆ど、表彰状なんて晴れがましいものは頂いた記憶がない
オバサンは、壇上で視線のやり場に困ってしまいました。
アタシとしたことが、案外シャイだったのだわ。
児童生徒の方がうんとか堂々としてるものよね。ははは。
で、頂きました。感謝状。
おお。なんと手書きの感謝状ですのだ。
ううむ、6年生女子はこのように上手に字が書けるのだね。
そのことにまず、とても感心してしまいました。
我が家の6年坊主の書く字など、殆ど解読不能だというのに。
大事に取っておこうっと。
この年になったらなかなか、こんな風に他人様から「感謝状」なんて
頂けませんもんね。
で、6年生の劇の内容なんですが・・・。
「青い目の人形」というお話です。
第二次世界大戦直前、米国と日本二国間の緊張が高まる中
危機感を憶えた両国の要人が、友好のしるしに互いが「人形」を贈りあう。
しかしそんな願いもむなしく、遂に戦争は勃発。
当時の小学校に寄贈された「青い目の人形」は、敵国の象徴として憎まれ、
軍からも「焼却処分」するよう言い渡される。
そんな中、それでもこの人形を贈ってくれたアメリカの人たちの気持ちを
慮った一部の生徒や教師たちによって、その人形は軍の目に触れないよう
校舎の奥深いところにそっとかくまわれたのだった。
戦火をくぐり抜け、終戦から何年も経ってようやく「青い目の人形」は再び
陽の目を見ることが叶った。
日本国内にはこのように、国と国との争いを越えた場所で密かに守られた
「青い目の人形」が、各地の小学校に今も残されている。
愛知県にも6体、だったかな?
今も現存しているのだそうです。
息子の通うこの小学校にも「ヘレン」と名づけられた人形が、今もずっと
ガラスケースの中から、60有余年の歴史をその青い目で見つめている。
子供たちがひとりひとり、一生懸命せりふを覚えて発表してくれた作品は、
我々おとなにとっても、胸に迫るものがありましたね。
私はこのお話、知らなかったんですよ。
だから余計にでしょうか。グッと来てしまいました。
小さな1年生だった子たちも、こんなに立派になったんだなーーって。
6年という時間の大きさを噛み締めましたわ。
もうじき小学校も終わっちゃうんだなーと、何ともさびしい気持ちです。
うええ~~ん。
先刻、まさ友さんから驚きのメールが届いたのですがーー。
読んでびっくりよん。
で、さっさと確認してきたところあらためてびっくりですわ。
さて。まさ友さんがたはどのように、予想されますか?
15年目は、俳優業に返り咲き~~~かな?
よっ!!昭和のオトコっ
昨日、仲良しまさ友さんからメールを貰ったのですが、
そこには
「マイケルの映画、是非観に行ってらっしゃいよ!
スバラシイわよーーーっ!やっぱり彼は天才のなかの天才だわっ
」
と、やたらに興奮した内容が書かれてありまして。
丁度今日、アタシはお仕事がお休みだったし、これといって所用も
なかったので早速行って来ましょう・・・って。
で、朝イチの「ファーストショー」に行こうと思ったら、それが9時台の
結構お早い時間だってさ。
昨晩は何だかお腹のあたりが冷えて、なかなか寝つけられなくて、
体調がイマイチだったんですよ。
それでも明日、明後日はこれまた用事があって寝てるわけにもいかない。
こういうとき、下手に外出すると悪い風邪などを拾ってくるからね。
朝のうちに家のことをガタガタと済ませ、あらためてもう一度布団に
もぐり込みました。
睡眠時間って、90分が1クールって言いますよね。
90の倍数であれば、寝起きがすっきりとして目覚めも気分がよいものです。
時間でいうと1時間半、3時間、4時間半、6時間・・・てのがいいらしいです。
で、アタシが目覚めたのがナント2クール分の3時間後だったわけでーー。
これじゃ「二度寝」とは言えませんですよ。
あっきれたーーー。寝すぎだよ。
殿も以前、そんなんで大遅刻をぶっこいたと言っておられたが。
結構慌てますよね。
そんなわけで、ファーストショーを逃したにも関わらず今日しか行けそうに
ないので、1500円の割引価格で観に行ってきました。律儀なアタシ。
まさ友さんの間でも、観にいってこられて大絶賛の呼び声が高いこの作品。
ライブのリハーサル風景を記録したものが、このように映像作品となって
公開されていたんですねえ。
全世界で50公演っていったら、どう考えてみたって世界中の総人口の
ほんの一握りの限られた人しか、ナマでは見ることが出来ないステージ。
ああして映像を録って残してあったということは、本番のステージの
ライブ映像を商品化した際に、「オフショット映像」として編集するつもり
だったのでしょうねえ。
リハーサル風景・・・というんじゃなく、これは殆ど完成と言ってもよいばかりに
練られたショーであり、そこに出ているキャストだったりスタッフだったりも
100%本気出し切ってらっしゃる。
ただ一人マイケルだけは本番に備え、パワーを出し切らないように
歌声もダンスも何分の一かに抑えていたのがよくわかる。
これが本番であったら、一体どれほどまでに美しく、端正で切れ味のよい
ダンスを披露してくれてたのであろうか、と思うとあまりに惜しいです。
あれで50歳。人類としての範疇を遥かに超えた「創造物」のように
ステージ上でひらひらと華麗に舞うシルエットは、数十年経っても
少しも変わらないまま、マイケルは本当に「伝説の人」になってしまった。
作品中随所に、彼を信奉して止まないダンサーやボーカリスト、
プレイヤーたちの熱き言葉が語られる。
世界中から集められた、彼のステージを最高のものにするための
スペシャリストたち。
その誰もがマイケルを心から愛し、尊敬し、その同じステージに立てることの
幸せを心底噛み締めている。
まさしく「神様」と言っていいくらいに、彼はそこに自分がイメージするとおりの
世界を作り上げていく。
舞台監督とのやりとりの中に、それがとてもよく現れている。
ステージの上は全てが、マイケルそのものを体現するための舞台であり、
彼は自分の中のイメージを伝えるため、監督やスタッフにたびたび注意を
促すのであるが、その言葉遣いや語り方が大スターとは思えないほどに
優しく、謙虚で細やかなのだ。
そんな彼の繊細で優しい人柄を十分知った上で、お互いが辛抱強く
前向きな言葉を掛け合い、心を通わせながらセッションしていく様子に
何だかじーーんと来るのでした。
この人たちが皆、どれだけ彼のことを深く愛していたことか。
この後、彼は突然この世から居なくなってしまうのだが、ここに集っている
多くの出演者たちはどれほどの、悲しみの淵に突き落とされたことだろう。
マイケルは確かに天才だったのだけれど、この人のスゴイところは
自分自身のみならず、ともにステージで共演するプレイヤーやシンガーたちの
隠された「未開の才能」までも引き出してしまうという、圧倒的な磁力と
吸引力にもあるのだと思う。
女性ギタリストとのセッションの際、彼女が最も秀でる最高の「見せ場」を
マイケルは絶妙なエスコートによって、いとも簡単にそれを演出してしまう。
その時の彼女の高揚した表情。自信に満ち溢れた笑顔。
彼と居ると、今まで思いもよらなかった音とリズムが自分のギターから
生まれてくる。
彼は奇跡を見せてくれる。
それを体現させてくれる。
唯一無二のアーティストです。
多くの演奏家たちが、彼の表現する「音楽」の一部分になるのを喜びとする。
そしてマイケルは
「自分は聴衆の聴きたい音楽を届ける」と言い切っている。
聴衆が何を感じ、何を求めているのか。
自分の作り出す世界はすなわち、多くの人々が今希求しているものである。
それを違わず感じ取ることが出来るからこそ、そのステージに賭ける情熱の
深さは底知れない。
とてつもないエネルギーを要したことだろう。
大自然をこよなく愛し、畏敬の念を持っていたマイケル。
大地から発される悲鳴も、危機感を促す警報音も、彼の繊細な感性は
随分と以前から感知していたに違いない。
「あと4年のうちに手を打たないと・・・」と、彼は作品の中で警告を残したまま
遠い空の彼方に飛び去って行った。
ステージの上、迫り来るブルドーザーが大きく牙を剥いたその前で、
彼は雄々しく両手を広げ、その行く手を阻むように立ち尽くす。
「他の誰か、がやるのではない。僕らがやって行かなくては。」
皮肉な話だけれど、マイケルがもしもあのように亡くなっていなければ、
多分こんな風にこのような作品を、マイケルをよく知らない多くの人たちが
観に行くこともなかっただろう。
さまざまな憶測の飛び交う中で、その半生を送ったアーティストの
本当の凄さと偉業を、亡くなってからようやく知ることになった私みたいな
人たちは、これまたもっとたくさんいらっしゃることでしょう。
じっと椅子に座ってるのが耐えられなくくらい、踊りだしたくなっちゃいました。
オバサンは。
なんだかんだ言っても、純粋に楽しんでまいりましたわ!
あーーー!ライブに行きたいよーーーーーーーーっ
またこれかいっ![]()
ああ、なんだかんだと騒いでるうちにあっという間に
11月も下旬ではないか。おっそろしい。
この調子で行くと、息つく暇もなく年末に突入しそうでオバサンは
時間の経過の早さにおののいております。
あーーっ、また年を取っていくのね~~~~
つい忘れてしまい勝ちであるが、来月の頭の週末には食事をしよう・・・
じゃなくて、山口県に行こうっ!と張り切って応募したブギハウスのライブ、
その希望日にはちゃんとアタシは予定が空けてあるのよ。
師走の超忙しいって時期だってのにさ。涙ぐましいファン心理よね。
ですのでその前後には当然、予定が強引にしわ寄せされてるわけで。
来月はクリスマスがあるってんで、皆さんに「クリスマスケーキ」のご予約を
承っております。
とは申しましても、アタシがケーキ屋さんのように作って差し上げるのではなく、
自分で作っていただくのです。
そのレシピやら、お持ち帰り用のケーキ箱とか、主要材料のクーベルチュール
(チョコのケーキなのよね)とかの注文数を把握するため、夕方から
生徒さんに電話をかけまくっておりました。
今のところだけでも、およそ40個くらいは作ることになりそう。
特に第3週、クリスマスの週に生徒さんは集中するだろうから、その
スケジュール調整も結構大変ですわ。
あ、その前にアタシが練習せんとならんしな。
生クリームも業務用を、10本以上注文することになりそうだし。
ケーキ作りって、パンよりずっと原材料費がかかるんだよね。
だけど入手できる範囲内で、最高の材料を使って手作りするケーキですもの。
絶対に美味しいのは、折り紙つきですのよ!
皆さんが喜んでくださるお顔を想像すると、頑張り甲斐があるというものだわ。
あのお方のお誕生日の日も、アタシはきっと生徒さんと一緒に
せっせとケーキを作ってる。
殿はどんなケーキが好きなのかしら?
毎回、お顔を生クリームだらけにしてるお写真を拝見するけれど、
生クリームが好きってわけではないのかな。
オトコの方は余程の甘党でもない限り、生クリームは敬遠されるような
気がするけれど。
だいぶ前の雑誌のトークで、チーズケーキを食べていらっしゃる場面が
出てきたから、チーズケーキがお好きなのかな。
お酒が好きだからね。
アーモンドのチョコにも目がないみたいだから、このたびの「チョコとノワゼット」
絶対に気に入ってくれると思うんだけどなーー。
うーーん、食べてほしいなーー。
さすがの佐川急便さんでも、「生チョコケーキを本日中に!」なんて
音届はムリでしょうねえ。
あ、その前に山口県だった。ブギハウスだった。
忘れてはいませんよ。
ケーキよりもそっちが大事ですから。
おお!イチゴも頼んでおかなくてはっ
(おいおい~~~)