日本への理解が正確で中立、中国超エリート学生たちの質問[川村雄介の飛耳長目]

 

 

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初夏の天津人民公園は陽がとっぷり暮れた後も暑気が残っていた。辺りでは中高年の女性たちが数十人ずつのグループをつくり、思い思いのダンスで汗を流している。広場で爆裂音を上げるゲームに興じる男たちを遠巻きに見ながら、子どもたちが歓声を上げて走り回る。表通りは高級車が鈴なりの大渋滞だ。公園内の西岸相声劇場は名物の漫才を楽しむ観客でほぼ満員。若い女性客たちが屈託のない笑い声を上げている。

平日の夜10時になっても賑わいは衰えない。日本で毎日のように報道される中国経済の危機とは別の世界である。

 

ポツリポツリと人群れが散会していく夜更けの公園 だった。

途端に同行の日本人大学教授が反論した。「個人レベルはそうかもしれないが、マクロレベルでは数字しか信用できない。個人と国家は別物です」。

でも、人間は数字のマジックに踊らされるものです。中国でも同じですわ。お互いに数字だけの思い込みは誤解と不幸の素ですよ」。

「83%もの日本人が私たちを嫌っている......。

クールダウンしたとはいえ、彼らが落とすお金は巨額だ。反面で書店には中国経済危機や中国への警戒を訴える新刊本が平積みになっている。強引な対外行動に関する報道に日本人の多くが不快指数を高める。

人民公園をともに漫ろ歩いたのは地元の中国人の若き女性経営者、劉さんだった。細身のジーンズが良く似合う彼女は、北方系を思わせる色白の瓜実顔を曇らせてつぶやいた。

だが、知日派の大半は最後に所感を述べた学生と同じ感覚ではないか。

「中国はstrong powerであるべきだがsuper powerを志向すべきではない。なぜならそれは覇権主義と表裏一体のものだから」

講義を終えてとんぼ返りで戻った東京には相変わらず中国語が飛び交い、空港も駅もデパートも中国人で溢れかえっていた。


トウ副学長と旧交を温めると、人民元の国際化をテーマに講義をさせてもらった。6年ぶりの大学講義だが、学生たちの熱心な聴講態度に次第に興が乗ってきた。大幅に時間をオーバーしたのは、矢継ぎ早の質問攻めのせいである。「日銀のマイナス金利政策の次の一手はどのような緩和策か」「アベノミクスの第三の矢には具体的にどのような成功事例があるのか」「人民元は国際金融のトリレンマを回避できるか」。 等々で、英語も立派に使いこなしている。

中国の一流大学の学生たちは実に勉強熱心である。図書館は深更まで勉学に励む学生たちが絶えない。しかも日本への関心は根強く、理解はかなり正確で中立的だ。むろん、養光韜晦の年季明けとばかりに、上から目線で自信過剰の若者も少なくない。

昨年設立された天津自由貿易試験区。千代田区の10倍強の広大な敷地に、真新しいオフィスビルが林立し、レジデンス棟も建設が急がれている。地下には日本企業が設計したショッピング街が伸びる。その一角の「日本生活館」は小ぎれいに日用品などを陳列しているが、韓国館やトルコ館に比べるといかにも小さく人影は疎らだ。

ここは上海や深センと並ぶ試験区として、とくに金融とソフト・サービス業に注力するという。マンハッタンをモデルに構想された町並みは清潔で、新幹線の駅からも近い。「世界でもとりわけ清国の町は汚れている。しかも天津は確実にその筆頭に挙げられる。町並みはぞっとするほど不潔」と書き残しているのは150年前にこの地を訪れたハインリヒ・シュリーマンである。現在の天津を彼はどう表現するだろうか。

試験区の主任は昼食会を催して「是非、日本企業に来ていただきたい。日本生活館は細やかすぎるし、あれだけでは寂しいです」と、熱弁を振るった。天津には昔から相当数の日本企業が進出しており、日本に対するムードは悪くない。経済が減速する中でも、天津などの沿海部は好調を維持している印象である。ここは冷静かつ前向きに考えるべきだな、と考え始めた刹那、ネットニュースが飛び込んで来た。「最悪の対中感情、日本人の8割超が中国に親しみを感じず」。内閣府が公表した世論調査を再掲し論評している記事だった。30年前の同じ調査では親中意識が8割近かったのにこの10年で真逆に転じた。

複雑な思いで向かった目的地は試験区から車で1時間ほどの南開大学である。北京大学、清華大学とともに学府北辰と尊称される同校は、周恩来ら要人を輩出していることでも知られている。



川村雄介◎1953年、神奈川県生まれ。大和証券入社、シンジケート部長などを経て長崎大学経済学部教授に。現職は大和総研副理事長。クールジャパン機構社外取締役、南開大学客員教授を兼務。政府審議会委員も多数兼任。『最新証券市場』など著書多数。