足裏から見た世界 足つぼセラピストmarikoの世界旅行

足つぼセラピストmarikoによるふらふら世界旅行。2015年6月29日出発しました!


テーマ:
先日、相方と、
「鈍感な人」
「繊細な人」

「傷つけやすい人」
「傷つきやすい人」


の話をした。

その日の夜、電車の中で「なかなかいいぞ」と思う仮説が浮かび上がったのでちょっと書いておく。



私は「中庸」という言葉が好きだ。

はじめてその言葉を知ったのは高校の倫理の時間。

過剰でも不足でもない。
ちょうどいいポイント。
それが中庸。


私は自分が健康や精神の中庸を保つ(要はバランスが整っている)でいることで、豊かで平穏で自分らしく生きていけるのかなぁと思ってる。


それは足つぼを習ったときにもそう出てきたし、アーユルヴェーダの考え方も同じだった。

己を知り、心身のバランスを整え、それを維持する。

より健康で豊かに。
傲ることもなく、卑屈になることもなく生きる。

それは中庸を目指すことだと考えている。




そこで私は

「鈍感な人=傷つけやすい人」

「繊細な人=傷つきやすい人」

という少し強引な仮説をたてた。
その2者は中庸を間に挟んで両極の離れた位置にいる。



そして、

「傷つく」

という行為を

「うっかり足を踏んだ人(鈍感な人)」
「足を踏まれて痛かった人(繊細な人)」

とする。


「鈍感な人」はあまり周りを見ないのでそこに足があるとは気がつかない。

そしてうっかりと踏む。

「繊細な人」は自分が普段人の足を踏まないよう気を付けているので、まさか踏まれるとは思わない。


踏んだ人には悪気はないが、
踏まれた方は痛い。


その痛みは踏んだ人の鈍感度と、踏まれた人の繊細度に比例する。


実際に痛みはあったとは言え、踏んだ方に悪気はない。
ただ、自分が避けるという発想がないだけ。
なぜなら、自分が踏まれても痛くない、もしくは痛くてもすぐに忘れるから。
人に当たったら痛い、人に踏まれたら痛い、という感覚が繊細な人よりも希薄なため他人もそうだと思い込みどんどん当たるし足を踏んでいく。
さらにこのタイプは自分が悪いとは思わない。
だって痛くしてないもん!
勝手に痛がってるんだもん!
おおげさー!!



踏まれた方も「相手がきっと避けてくれるだろう」と、勝手に相手に期待してる。

普段自分は他人の足を踏まないよう、人に当たらないよう生きているためみんながそうだと思い込んでいる。
自分が半歩譲ったら、相手も半歩譲るだろうと勝手に自分の思い込みで半歩ずれたら、相手がまっすぐ来たので避けきれず踏まれてしまった。そしてこのタイプは被害者意識が強い。
だって避けるのが普通でしょ!
みんな当たらないように気を付けてるじゃん!
周りもっと見なよ!



でも、
どちらが悪いわけでもない。

どちらにも改善点がある。


踏んだ方は「そんなところに足を置いといて、踏まれたから痛いって言われても。しかもちょっとしか踏んでないんだから大して痛くないでしょ!」

と思わずに踏んで相手に痛い思いをさせたことを素直に認め、「悪気はなかった。でも痛くさせてごめんね」

と謝ればいいし、


踏まれた方も「痛い!!いった~い
!マジ最悪、なんで避けないわけ
?普通踏まないようにに避けるでしょ!私はいつもそうしてるし!」

ではなくて、「痛かったけどわざとじゃないし、気にしなくていいですよ」という寛容の心を持って許せばいい。



人はお互いに踏んだり、踏まれたりする。

今日は踏まれても、明日は踏むかもしれない。


その時にお互いを認めあい反省しあうことができれば踏んだり踏まれたりする回数はどんどん減っていくのだと思う。


自分がどちらかというとどちらのタイプなのか把握し、鈍感な人は踏まないように気を付けたり、繊細な人は踏まれたくなければ相手も避けるだろうという期待をせず、踏まれたときに許す度量をもつ。



そうすることで中庸に近づき自分自身が生きやすくなるのではないか。


そして中庸の反対に位置する両極端な例としては

鈍感すぎる人は自分が何をされてもなにも感じないので周りもそうだと思い、ドカドカと土足で歩いて周りの人を踏みまくる、当たりまくる、傷つけまくる。そして傷つけている自覚がないので反省しない。周りが自分よりも繊細なので自分の足を踏まないように気を付けてくれていることに気が付かず止められない。



繊細すぎる人は人を踏むのも人に踏まれるのも嫌なので、周りの動きに過剰反応してすぐに「あの人が攻撃してきた(攻撃してきそう)!」「あの人がわざと足を踏んだ!」
「もう怖い。人と関わりたくない」と一歩も動かない。一歩も動かないから周りが上手に避けてくれることがあることも気が付かず自分が常に被害者のつもりでいる。


そうではなく、
鈍感でよく足を踏む人は周りの声をよく聞き、己の行動を反省する。

繊細で傷付きやすい人は相手が悪気なく当たったときに大騒ぎしないで許す。


相手をうっかり傷つけることがあること、人に悪気なく傷つけられることがあることを理解するだけで無用な誤解、恨み、僻み、自分勝手が徐々に自分の周りから無くなっていく。

ぶつかって反省して、ぶつからない術を覚える。
ぶつかられて許し、ぶつけられない術を覚える。

それを繰り返していくことで中庸、バランスの取れた自分になっていくのではないか。


そんな風に考えた。


あまりうまくまとまらなかったけど、どうでしょう?
皆さんどう思いますか?

うっかり傷つけたり、過剰に傷ついたりすることは誰にでもあります。考え方も感覚も痛みの感じ方も人それぞれです。


痛く思わないのが良いのではなく、敏感に感じとるのが当たり前ではなく、互いに「自分とは感覚の違う人がいる」と思って過ごす。傷つけた時に謝り、傷ついたときに許す。

そんなシンプルなことで人間関係や自分の精神状態がうまく落ち着き、どちらにも傾かない自分になれると思いました。





この記事を相方に見せたら「それって愛だよね、思いやりだよね」とスバリ言ってくれました。

そうだね、愛だね!!思いやりだね!!




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