出先でふと気づくと、ケータイがバッグから姿を消していた。
「あぁ、事務所の机にでも忘れてきたか・・・」、と安易に考えていた。
しかし帰社後、探せど探せどケータイは全く現われてくれなかった。
パニック。
ケータイを持つようになって10数年、ここまで本格的に紛失したのは初めてだ。
想像以上にヘコんだ。
職場のみんなにケータイの特徴などを説明し、公開捜査に踏み切った。
auに電話し、手立てはないかと教えを乞うた。
「ない」との答えに奥歯をかみしめた。
病院全体の落し物網に引っかかるよう、総務課・医事課・施設課・警備室に連絡を取った。
駅から職場までの道程で落とした可能性を考え、何回も往復した。
もう一度auに電話し、ケータイに遠隔ロックをかけてもらった。
警察とJRに問い合わせ、遺失物として届いていないか何度も何度も確かめた。
しかし、手ごたえはゼロ。
時間だけがむなしく過ぎ、全ては徒労に終わった。
それでもまだ、一縷の望みがあった。
「家に忘れてきたんだ。」
―そうだ、ボクはもう三十路なかばのおじさんだ。今朝、駅から職場までの間にケータイを使った記憶があるが、それはボクの思い込みだ。軽い認知症のせいで、昨日の出来事を今朝のことのように勘違いしてしまっているだけなんだ。あれ、でもケータイで今朝も株価を確認したよな?いやいや、あれも昨日のことだ。いや待てよ、今朝の株価が昨日の時点で知れるはずないよな・・・。じゃあ一体どうやって、あれ?ボクは何を探してるんだっけ?・・・っていうかボクは誰だっけ?
「家に忘れてきたんだ。」
そう思い込まなければ、もはや心のバランスを保てない状態で家路についた。
しかし、いや、やはり、自宅にもケータイの姿はなかった。
いよいよ、
ない。