先日の日記にリンクを貼っていた 記事です。


2011年6月のメルマガ「気まぐれトーク♪」で 配信したものです。


これまでで一番 反響があり たくさんの ご感想メールが届きました。


これは 実話ですよ、もちろん。


あれ以来、電車では怒鳴っていませんが、


しかし しかるべき時には しかるべき態度を取る大人。


ハラの底に、こういう気概はいつも持っていたいと思っています。



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 先日、阪急電車の車内で、とある事件に遭遇してしまった。
 というよりも 事件にしてしまったのは 私かもしれない(苦笑)


 ・・・おそらく その日の沿線の夕食どき、

 関西では品が良いといわれる 阪急沿線に、およそ似つかわしくない、

 「怖いおばちゃん」が 話題になっていたかもしれない。




 その日、私は 平日の 昼間の普通電車に乗っていた。
 ラッシュ時ではないから、人影は少ない。


 その中に 女性ばかりの一団がいた。


 一人は60代後半の女性、たぶん おばあちゃん。
 
 その周りに30代の主婦が数人と、バギーに乗せられた子どもたち。
 たぶん、みんなで 7-8人だったと思う。
 

 何やら楽しそうである。

 聞くともなく 耳に入ってくるのは、昨日一日、それはそれは 
 楽しく過ごしたようで、また行きたいねーということらしかった。


 たぶん温泉地でも行ってきて、たっぷり遊んでその帰りなのだろう。
 日ごろ 忙しい子育ての中の つかの間の息抜き。

 さぞ いい思い出ができたことだろう。それは分かる。
 

それはいい。
 

 ところが、その騒ぎたるや、尋常ではない。

 とにかく、声が大きいのである。

 それも、厄介なことに、一番年配の女性が率先して大声である。



 30代の娘たちも、つられて大声になる。

 だんだんとその一段のにぎやかさとは裏腹に、同じ車両に
 乗り合わせた私たちの 不愉快モードは上がってきたのだった。

 
 ふと 向かいの座席に目をやると、60代の男性は 
 不愉快そうに、下を向いて 両手で耳をふさいでいる。

 そのお隣に座った70代のマダムは、足元に置いた 
 ご自分のスーツケースが 倒れているのにも気づかず、
 あっけにとられて一団を見ている。



 ・・・もしもたとえば、

 この初老の男性が 「おい!うるさいぞ、静かにしろ!」とか


 綺麗なマダムが

「あの、お気持ちは分かるけど、もう少し静かな声でお願いね」と、

 やさしく、たしなめてくれたとしたら、その場は
 早々におさまっていたかもしれない。



 たしなめ役というのは、年齢を重ねていればいるほど、
穏やかにすむものだ。

 言葉というのは、発する人の年輪によって 
説得力が生まれるものである。



 しかし、目の前のお二人には、少なくともその余裕はない。

 とくに初老の男性なんか、我れ関せずって感じで、じっと耳をふさいで
 気配を消している。

 (・・・きっと、家でもこうなんだろうなぁ(T.T))


 
 私はといえば できうる限り、一番、にぎやかな60代のおばあちゃんを
 何度もにらんでみたのだが、残念なことに、

 おしゃべりに夢中で、まったく気がつかない。

 
 一体、誰がこの車内の迷惑な場面を 納めるのであろうか・・・。



 ・・・え??? あたし・・・ですか??


 やっぱり(- -#)
 
 気がついてしまったもんなぁ・・・。
  
 

 ところが あにはからんや、形勢は 非常に、不利。


 多勢に無勢。


 相手は 子どもも含めて、総勢8人もの集団である。

 やるなら全員を、[一発で] 仕留めなくてはいけない。
 有無を言わせてはいけないのだ、こういう時は。

 小さな子どもたちをも、圧倒して、一瞬で抑え込むためには、、、、

 いろんな方法を考えてみたが、答えは一つしか 浮かばない。



 ・・・もはや。


 「キレるしかない」


 ・・・よね、やっぱり(- - #)
 


 次の駅に着くまで、あと少し時間があるのを見計らい、
 私はバギーに座った子どもたちの 魂に、呼びかけた。



 「君たちのママと、おばあちゃんは、間違っています。

 みんな、いやな気持になって、とっても迷惑になっています。

 だから、君たちのママと おばあちゃんを 叱ります。
 
 これから先、君たちも、二度とこういうことを しないように。
 
 よく見ておいて下さい。 ・・・ごめんね。」






 ぺちゃくちゃとにぎやかな 一団に向かって、

 
 私は覚悟を決め、『極妻の岩下志麻』になりきって

 一世一代の大声で 恫喝したのだった。
 
 

 『やかましいです。ここはあなたたちの家ではありません。静かにしてください!』
 
 (セリフはそれらしく通訳してくださって結構です)






  しーーー・・・・ん。






 素直な子どもの一人は、いの一番に「ごめんなさい」と言った。

 娘たちも口ぐちに謝った。車内に向かって頭を下げる娘もいた。



 そして 一番うるさかった おばあちゃんは・・・、



       無言だった(苦笑)



 ばん!と勢いよく ドアを閉め 私は 隣の車両に乗り移り、

 ばくばくする心臓が おさまるまで、何駅もかかった。





 おそらく、私が その車両を立ち去ったあと、しばらくは
 なんとも言えない空気が、流れていたと思う。


 ほどなくして、次の駅に着き、ドアが開き 数名が乗り降りし、

 車内の空気が変わるまで、そのビミョウな沈黙は続いていただろう。



 このなんとも言えない 『間』 が 満ちた空間で、

 それぞれに考えてほしかったのだ。

 

 子どもや孫の前で、恥をかかされた当事者たち。
 自分達が どれほど まわりに 迷惑をかけていたのか。
 


 知らぬ存ぜぬを決め込もうとしていた、二人の先輩たち。

 
 立場が変われば、自分も騒ぐ側になっているかもしれない 学生さん。


 そして私も、他に方法はなかったのだろうかと ずいぶん、考えた。

 けれど 眉をひそめているだけでは じっと我慢しているだけでは、 
 ものごとの道理は、あるべき姿にはならないのだ。




 そしてたぶん、バギーに乗った子どもは、次のお出かけの時には
 ママとおばあちゃんを ちゃんと しつけてくれるだろう。


 「ママ、今日は電車の中では 静かにしていようね。

  あの 怖いおばちゃんに、また 叱られないようにね。」



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