それから、もっぱら会話の内容は、孝美の新しい彼氏のことになり、
幸恵は聞き役として、時折相槌をうってはいたが、
頭の中は、さっき二度続いて鳴った、携帯の呼び出し音に気をとられていた。
「やぁね、なに気を使っているのよ。でてあげなさいよ、電話」
少し怪訝な表情を浮かべた孝美に向かって、
「いいの。話すと長くなる相手だし、どうせ大した用事じゃないと思うから」
そう言ってテーブルの上の携帯を取り、見えないように太腿の上に置いた。
液晶画面には、発信者をあらわす、"遼平"の文字が確認できる。
(遼平が、立て続けに電話をかけるだなんて)
きっと、行方探しについて、何か重要な手がかりが掴めたか、いやそれどころか、
本人の居場所を知らせてくれる朗報かもしれない。
(ここから地下鉄に乗れば、事務所まで20分もあれば行ける)
幸恵は、やはりここは大事な用件を優先しようと思い、
「ごめん、今日、実はこの後予定があるの。 そろそろ行かなくちゃ」
この次は、近々夕食で、ゆっくりと新彼の話も聞くからと謝り、
「その時に、もう別れちゃった、なんて言わないでよね」
レシートを摘んで、やれやれという顔の、孝美の鼻先でひらひらさせた。
「もしもし、私よ。さっき電話くれてたでしょ。今、事務所の近くに来ているの。
話があるなら、今からそっちに行ってもいい?」
遼平が驚くことを少し期待していたが、
「ああ、それなら待っているよ」
淡々とした口調は、いつもの、感情をわかりやすく晒す彼とは違う。
幸恵は思わず、どうだったのと言いかけたが、喉に押し込み、かわりに
「すぐ行くから」
と言って、電話を切った。
三月のかかりとはいえ、まだ、どの枝も芽吹いていない裸の街路樹が、長く続く歩道を抜け、
相変わらず、ビルの谷間風が吹きすさぶ界隈を足早に進みながら、
少しでもよい知らせならば、一刻も早く聡子に伝えようと考えていた。
しかし、もしそうでなければ。
その後、自分が取るべき行動について、考えもしなかったことに、今になり気が付いたのだった。