三國屋物語 第15話
与力窓と出格子窓はところどころが開かれ、土間につづく玄関の戸も開け放たれていた。
土方が、
「どうぞ」
といって、奥へとうながす。
瞬と篠塚は中間をとおり十畳ほどの奥の間へと通された。
「こちらでお待ちください」
土方が姿をけす。篠塚は無言のまま庭の景色に見入っていた。
縁側のむこうには飛び石がゆるやかな曲線を描き、苔(こけ)むした石灯篭(いしとうろう)がふたつ、枯れた佇(たたず)まいを見せていた。
「篠塚さん」
「ん」
「芹沢さまとは、どのくらい会っていないのでございますか」
篠塚は腕組すると、しばらくして「十五年ほどになるか」と、答えてきた。
「十五年ぶりでございますか。それはまた」
「なにせ、俺もまだ前髪の小僧だったからな。お会いしたのも二度だけだ」
「二度。もしや、あれでございますか。芹沢さまは篠塚さんの遠縁にあたる……」
篠塚が手をふり、即座に否定してきた。
「芹沢家は城持ちの上席(じょうせき)郷士。とてもとても」
「つかぬ事をおききしますが」
「なんだ」
「芹沢さまは篠塚さんのことを、本当におぼえてらっしゃるのでございますよね」
「はて」
はて……?
十五年前に二度しか会っていない。おぼえているのかどうかも分からない。それで知り合いだといえるのか。瞬の不安をよそに、庭づたいに野太い声が響いてきた。
「篠塚? しらぬぞ」
知らないといっているではないか。声の主は芹沢鴨にちがいない。そわつく胸をおさえ息をのむ。いやしかし乱暴されることはないだろうと考え、瞬はただちにその考えを打ち消した。相手は悪名たかい芹沢鴨だ。運悪く酒がはいっていたら間違いでございと頭を下げたところで許してはくれないだろう。そのまま店(たな)まできて暴れるかもしれない。篠塚はとみると、悠然(ゆうぜん)と襟(えり)をただし袴(はかま)の裾をなおしていた。
そこへ、鉄扇を肩にかつぐようにして部屋にはいってきた男がいる。三十代中頃だろうか。恰幅(かっぷく)のよい色白の男だ。男が腰をおろすと篠塚が平伏すように頭をさげた。
「それがし、水戸の郷士、篠塚雅人にございます。長の無沙汰(ぶさた)、平にご海容(かいよう)のほど願い上げます」
「芹沢鴨だ。篠塚殿と申されたか。どうぞ、面(おもて)をあげられよ」
芹沢がさしたる情感もなく言葉をかける。篠塚は一拍おき、ゆっくりと頭をあげた。芹沢が篠塚の顔をじっとみる。表情はいっこうに変わらない。とても十五年ぶりの再会を喜んでいる様子ではなかった。気配に気づき視線を流す。襖の裏で土方が控えているのが見えた。
突然、芹沢が、
「おお」
と、大声をあげた。瞬は、あやうく飛び上がりそうになった。
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