三國屋物語 第12話
昼を過ぎて篠塚の部屋にいくと、篠塚はごろりと横になり庭の松の木を眺めていた。
初秋の風がそよと吹き込んでくる。瞬は廊下から遠慮がちに声をかけた。
「篠塚さん」
「ああ」
「旅の疲れが出てしまわれましたか」
「おまえ、誠衛門に俺のことを、どう話したんだ」
「旅のお武家さまだと申し上げました」
「それだけで、どこの馬の骨とも知れない男を用心棒にするのか」
「篠塚さまはわたくしを助けて下さった方で、たいそう強うございますと」
篠塚は腑に落ちないといった面持ちでおきあがると脇息をひきよせた。肘をあずけ、なにやら思案顔だ。篠塚の姿をみているだけで楽しい。瞬は膝のうえで手をそろえ篠塚の姿にじっと見入った。
「新選組は京都守護職、松平容保(まつだいら かたもり)のお預かりときいたが」
「はい。現在、八木源之烝(やぎ げんのじょう)さまのお屋敷に屯所を置いてございます」
「八木源之烝……」
「壬生村の郷士でございます」
「ここから遠いのか」
「いいえ。ここから南西の方角へ四半時ほどでございます。いかれますか」
「ああ」
「では、わたくしがご案内を」
「いや、いい」
「ちょうど壬生のほうに用事がございますから。この時刻でしたら新選組の方々は壬生(みぶ)寺の境内(けいだい)でヤットウの稽古をしておられます」
篠塚が渋々うなずいた。瞬は、
「その前に」
と言葉を残すと、いそぎ店(たな)へいき着物や袴や帯など一式を手に戻ってきた。
「なんだそれは」
「これをお召しになって下さいませ」
篠塚が、
「俺は自分の着物で」
といって部屋の隅に視線をなげる。あるはずの着物が無くなっていることに、ようやく気づいたらしい。
「いつのまに」
「藤次郎が先ほど洗いにだしました」
「………」
それから瞬は店(たな)のほうへ顔をだし藤次郎に行き先を告げると、篠塚を伴い意気揚々と店をでた。
表通りの賑わいに篠塚は物珍しそうに見入っていたが、やがて景色が田畑に変わり光緑寺を過ぎたあたりで歩調をゆるめた。
「新選組で一番強いのは誰だ」
「土方さまは沖田さまだと、おっしゃっています」
「沖田は」
「近藤先生と永倉さまだと」
「永倉?」
「はい。もとは試衛館(しえいかん)の食客であったのだとか」
「客食。では天然理心流(てんねんりしんりゅう)ではないのだな」
「たしか芹沢さまと、ご同門だとうかがったことがあります」
「……神道無念流」
「篠塚さまは芹沢さまと、お知りあいなのでございますか」
「そんなことをいった覚えはないが」
「ですが、芹沢さまのことを芹沢先生と」
篠塚が苦笑し、
「ああ、いった」
と、認めてきた。
「俺は水戸の神道無念流(しんどうむねんりゅう)門下(もんか)で道場の師範代(しはんだい)をまかされていた。おなじ道場ではなかったが、芹沢先生とは、昔、何度か顔をあわせたことがある」
「師範代。どうりでお強いはずでございます。では旅の赴きは、表向き、剣術修行でございますね」
「察しがいいな」
篠塚に褒められ、とたんに顔がゆるんだ。
日が高いところにあった。はるか遠方に二条城がかすんで見える。耳元で風がなり、鳶(とんび)が空で円を描いている。このままずっと歩いていたかった。
綾小路通を左に折れ坊城通をいく。壬生寺の門が見えてきた。
「もうすぐでございます」
「おまえの用事とはなんだ」
「いえ、たいしたことではございません」
本当にたいしたことではなかった。瞬は篠塚と一緒に鶴屋の餅が食べたかっただけなのだ。
威勢のいい気合が響いてくる。篠塚がとたんに口元をほころばせた。
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