黄昏はいつも優しくて3 ~第208話~ | 活字遊戯 ~BL/黄昏シリーズ~

黄昏はいつも優しくて3 ~第208話~

「彼は、まぎれもなくきみの一部だったわけだ」
「彼……?」
「そう。はじめてぼくの心に直接触れてきた人間。彼はとても頭が良く素直でわがままで、そして身震いするほど残酷で激しい」
 あきらかにいつもの冷静な北沢ではない。その双眸は何かに憑(つ)かれたかのように虚ろで、そして、どこか恍惚(こうこつ)としていた。
「自我という名の孤島に抑圧という波がおしよせた。一度は沈んだ孤島だったが、やがて再度の天変地異に見舞われ、ふたたびその姿をあらわした。だがその自我は、以前よりも巨大な島になっていた」
「……ぼくは以前のぼくじゃないと」
「少なくとも今のきみは、あの人の愛した徳川瞬じゃない。ぼくは、きみを……」
 北沢が後の言葉をのみこんだ。
 不気味な沈黙だった。北沢が視線をさまよわせ掴んでいた腕を離してくる。瞬はよろめいて背後のブロック塀にもたれかかった。
「行っていいよ」
 アスファルトを蹴るように、その場から駆けだす。すぐと冷や汗がでてきた。膝が安定しない。この疲労感はなんだ。
 篠塚のマンションまでいき携帯電話をとりだす。手に震えがきていた。さだまらない指で履歴から篠塚を呼びだす。だがつながらなかった。電源を切っているのだろう。
 しばらくのあいだ呼吸をととのえ、それから駅へとむかった。タクシーを拾うつもりだった。
 ホテルへ行ったところで何ができるわけでもない。すでに婚礼の日取りにまで話しは及んでいるかもしれない。声をかける機会を得られるかどうかも分からない。近づくほど篠塚の存在が遠くなる。それでもいい。篠塚の傍にいたかった。
 駅まで十分ほどの距離のはずだ。なのにどうしてだろう。通いなれた道のりが遠い。
 喉が渇く。足がもつれる。呼吸がうまくできない。あきらかに体力が減退している。先刻のマケインとの一件で、どこかしら異変をきたしたのだろうか。極度の倦怠感に座りこみたくなってきた。
 足をとめ電柱に背をあずける。深呼吸をくりかえすが、いっこうに楽にならない。
 その間にもOLがハイヒールの音をならし不審気な視線をむけてくる。大学生らしき二人組みが、酔っ払いだといって笑いながら通り過ぎていった。
 ほどなく、前方の角を一台のタクシーが曲がってきた。ヘッドライトのまぶしさに目を細める。泳ぐように一歩でて片手をあげる。だが先客がいたようだ、タクシーはそのまま通りすぎていってしまった。
 視界がゆるやかにまわりだす。瞬は深く頭を垂れると崩れるように座りこんだ。
 疲れた……。
 ゆっくりと横たわる。頬にあたるアスファルトの冷たさが心地よかった。
 背後で女の小さな悲鳴があがり、遠くでブレーキの音が響いた。

 うっすらと目をあける。通り過ぎたはずのタクシーが遥か前方で停まっていた。

 駆けよってくる影がひとつ。硬い靴音がアスファルトをつたい頭の中に木霊(こだま)した。目の前を、いくつもの靴が通りすぎていく。誰も声をかけてはこなかった。
 限界だった。リズミカルな靴音をききながら瞼(まぶた)をとじる。呼吸が楽になり身体もいくぶん軽くなった。このまま眠ってしまおうか。
 夢現(ゆめうつつ)でいる瞬の背中に腕をさしいれ抱きおこしてきた人間がいる。瞬の前髪をさらりと撫ぜ、汗にぬれた額に大きな手をのせてくる。
 ムスク……。



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「黄昏はいつも優しくて」PV(YouTube)

「黄昏はいつも優しくて」篠塚雅人ボイス(YouTube)

「黄昏に偽りのキスを」貝原京介ボイス(YouTube)

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