三國屋物語 第5話
「なにを勘違いしている」
「は?」
おずおずと顔をあげる。男の目は優しげな笑みをうかべていた。
呆然としていると男が腕をとってきた。瞬は、そのまま引き上げられるようにして立ちあがった。
「俺は篠塚雅人(しのずかまさと)だ」
「……篠塚さま。わたくしは三國屋の瞬と申します」
「三國屋といえば、京でも名の知れた呉服問屋ときくが」
篠塚と名乗る男が武家ことばを引っ込めた。どういうつもりなのかは知らないが、店(たな)を褒められたことで瞬は上機嫌になった。
「いえいえ。それほどのことは」
「その大店(おおだな)のせがれが供の者もつれずに夜遊びか」
瞬が気まずげにうつむく。男が「まあいい」といって、懐(ふところ)から組紐(くみひも)を取りだした。無言で瞬のまえにさしだしてくる。
「あの……」
「髪をなんとかしろ。女にみえてまぎらわしい」
一見、強面(こわもて)にみえるが存外に優しい男なのかもしれない。
瞬が髪を整えるのをまって篠塚がゆっくりと歩きだした。
肩をならべ、なだらかな坂道をゆく。降るような蝉の声がおりてきた。先刻まで生きた心地もしなかったが、ようやく見事な夕映えに気がついた。瞬がぼんやりと眺めていると、篠塚が「おまえ新選組の土方を知っているのか」ときいてきた。
「はい。手前ども、土方さまには、ごひいきにしていただいております」
「客筋か」
「篠塚さまも土方さまを」
「いや……」
空の奥で夏の星が瞬きだした。
篠塚はちらと空をあおぐと屈託のない笑顔をみせた。
「今夜、世話になる」
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