黄昏はいつも優しくて3 ~第150話~
仕事を終えて篠塚のマンションに帰ってくると、瞬はあたりまえのように部屋に入ってきた。珈琲を淹れるかときいてくるので苦笑しながら飲むとこたえる。
この瞬は篠塚との関係をどこまでおぼえているのだろう。
昨夜の北沢の言葉が脳裏を過ぎった。
「ひとことでいうと子供的依存状態をいいます」
防御機制からくる退行。子供のように振舞うことにより自分を守ろうとする状態。
医学的な知識はないが、今の瞬を目の当たりにしていると無理なく理解できる。以前は何を考えているのかわからない男だったが、この瞬は素直で喜怒哀楽を表にだすことに抵抗がない。どちらの瞬が篠塚にとって理解しやすいかといえば、考えるまでもない後者だった。
瞬が真剣な顔つきで湯気のたつ珈琲を運んでくる。テーブルにおくのを待ち礼をいうと、瞬はにこりと微笑み向かいのソファに腰をおろした。
珈琲を口に含み瞬をうかがう。すると、瞬はカップを手にしたまま窓のほうへと耳をかたむけていた。そういえば先ほどから祭り囃子が響いている。なんだろうと窓にむかうと瞬が後からついてきた。
カーテンをあけ路地を見下ろす。
すこし離れたところにある神社だ。祭りでもやっているのだろうか。小さな灯りの列は提灯(ちょうちん)だろう。正面の鳥居から本殿へと光の道ができていた。
「春の大祭」
「ん?」
「春のお祭りです。毎年、この頃になるとやるんです」
瞬が頬を紅潮させ説明してくる。
はじめてみる幼げな表情だった。おもわず抱きしめたくなる。だが、瞬の篠塚に対する認知の程がわからない。篠塚を元恋人としてみているのか。それともたんなる仕事の上司としてみているのか。
「……祭り、行ってみるか」
瞬が嬉々としてうなずいた。
瞬に着替えるようにいって自室にいきスーツを脱ぐ。ある不安が塊(かたまり)となり胸中に居座っていた。
北沢は無意識の抑制が働くといっていた。では、この抑制が強くなるにつれ篠塚との記憶も徐々に失われていってしまうということなのか。
因果応報だ……。
これまで貴子を含め、どの交際相手とも距離をおき接してきた。恋人などといえる関係ではない。篠塚はつねに蚊帳(かや)の外に自分をおき相手の反応を冷ややかにみてきた。だからだろう。恋愛に愉悦を感じたことは一度もなかった。ひたすら擬似恋愛をくりかえしてきたに過ぎないのだ。いま、この立場におかれてはじめてわかる。その行為が相手にとり、いかに残酷な仕打ちであったのかということが……。
瞬は無意識に篠塚から距離をおいているが、これまでの交際相手もいまの篠塚と同様、焦燥と、ある種の疎外感をいだき篠塚の傍にいたに違いない。
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