黄昏はいつも優しくて3 ~第47話~
「また、郵便受けに入っていたんですか」
篠塚が無言で瞬をふりかえってきた。歩いていき確かめる。花の横にメモが添えてあった。メッセージはこうだ。
『藤原貴子に手をだすな』
「これって、脅迫文じゃないですか」
「どこで見ているんだろうな」
篠塚がメモを指でつまんだ。まるで他人事のような反応だ。
「貴子さんは先日、部屋を荒らされたばかりなんですよ」
「だから」
「危険じゃないですか」
「俺は大丈夫だ」
「どうして断定できるんですか。警察にまかせるべきです。これも警察に調べてもらったほうが」
「おまえは俺が貴子に関わるのが気に入らないだけだろう。どうしてそう、あいつを嫌う」
「ぼくは……」
「いいか、瞬。俺と貴子は、おまえの想像しているような関係じゃない」
「そんなこと言ってませんから」
「あいつは大学のとき静岡から東京にでてきた。他に頼れるやつがいないんだ」
「だからって」
「だから……なんだ」
「………」
「わかった。俺が信用できないというのなら、それでいい」
どういいのだ。疑われても構わないといっているのか。それとも瞬との関係のことを言っているのか。
篠塚が書類に手をのばし「珈琲をくれ」とつぶやいた。どうやらこれで話は打ち切りのようだ。
煮え切らない……。
いつもそうだ。喧嘩にもならない。瞬がどういおうと篠塚は変わらない。貴子なら篠塚の考えを変えることができるのだろうか。
重い腰をあげ珈琲の準備にとりかかる。
カップとソーサーをサイドテーブルに並べる。北沢の言葉が脳裏をよぎった。
『きみは篠塚さんに心をひらいていない』
悪いのは、ぼくだ……。
体を晒すことはできても心を脱ぎ捨てる勇気がない。臆病なのはわかっている。だが瞬が心のうちをすべて見せたところで篠塚の態度がかわるとはおもえなかった。
「頼んでおいた資料、できているか」
「すみません。まだ」
「そうか」
ぼくは、たんなる秘書にすぎないんだ……。
秘書として篠塚の傍にいる。それだけでよかったはずだ。秘書が女性関係に口を差し挟むことじたい篠塚にとっては迷惑なことなのかもしれない。
秘書という立場に徹すればいい。そうすれば袋小路に陥らなくてすむ。篠塚が求めてくるときだけ応えればいい。そうだ、それでいい。
瞬はカップに湯気のたちのぼる珈琲を注ぐと「どうぞ」といって、無表情に篠塚のデスクにおいた。
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