second scene121
「ぼくのことを」
「ああ」
「どうして……」
あきらめるとはどういうことだ。あきらめきれないのは瞬のほうだ。
瞬が無言でいると、篠塚が低く笑いだした。
「篠塚さん……?」
「おまえ、最後に俺に好きだといったのが、いつだったかおぼえているか」
「……帰国してから」
「きいてない」
「ニューヨークで」
篠塚が首をよこにしてきた。
「ニューヨークにいくまえだ。送別会の夜。後にも先にも、あの一度だけだ」
「え……」
篠塚が身体をおこし「そうなんだ」と、あたかも念をおすように言ってきた。
「でも」
「瞬。俺だって人並みに感情はある。北沢にあそこまでいわれて腹立ちまぎれに言い返しはしたが。正直なところ、おまえの気持ちがつかめない。べッドで泣かれると、どうしていいかわからなくなる」
「あれは……」
感極まって泣いているだけだ。篠塚を独占しているという喜びから自然と泣けてきてしまう。それが篠塚には不安材料でしかないというのか。
「だったら、もう泣きませんから」
「そんなことをいっているんじゃない」
「でも、ぼくは」
「なんだ」
篠塚だってなにもいってくれないではないか。突然あきらめるといわれて納得できるものではない。篠塚の片思いだったといいたいのか。本末転倒だ。では瞬はこれまで、なにに怯え、なにを悩んできたのだ。
「……篠塚さんはずるい」
「俺が?」
「なにもかも自分だけで決めてしまう。ぼくの気持ちなんか、なにも考えてくれないじゃないですか」
「ならいってみろよ」
「………」
「こういうと、おまえは決まっていつも、もういいですと答えてくる。どうすればいい。無理やり訊いたほうがいいのか」
「じゃあ、ぼくはどうしてニューヨークまで……」
とたんに胸がつまった。唇をかたく結び、こみあげてくる感情をおしとどめる。
「瞬、ニューヨークにきた時のおまえは、もっと素直で明るかった。だが、帰国してからのおまえは違う。辛そうな顔しかみせてくれない。なあ、瞬。オフィスで毎日顔をつきあわせていたら嫌でも目にはいってくる。見てみぬふりをするのにも限界があるんだ。北沢と会うのも俺に不満があるからだろう。俺のなにが気にくわないんだ」
「……不安なんです」
「不安?」
「篠塚さんにとって、ぼくが特別な存在だなんてどうしてもおもえない」
「貴子のことをいっているのか。だったらもう会わない。おまえも貴子から直接聞いたろう」
瞬は悄然としてうつむいた。
自分がなにを求めているのかわからなくなってきた。篠塚は変わらず優しい。瞬のことばにも耳をかたむけてくれる。なにが不満なのかと問われ、とりあげられる要素などなにもないことに気づいた。
完璧すぎるんだ……。
篠塚は感情を滅多にださない。ビジネスシーンにおける篠塚は常に沈着冷静。貴族的なふるまいで他者に接する。そんな篠塚という存在に同じ男として憧れすらいだいてきた。あるいは憧憬と恋情とは相容れないものなのかもしれない。
「おまえが自分から求めてきたのも一度だけだ」
「え」
「マンションで。欲しいといったろう。あの時、ようやくおまえを手にいれた気になっていた」
篠塚が「ところがだ」といって、組んだ足の膝に片肘をつく。わずかに上目遣いになった篠塚の男ぶりに、おもわず胸が動悸を打つ。稽古でしかみせない斜にかまえた鋭い視線。この篠塚だ。瞬を虜にさせるのは。
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