second scene106 | 活字遊戯 ~BL/黄昏シリーズ~

second scene106

 会社をでると、とたんに全身の力が抜けた。早退するのははじめてだ。このまま家に帰ったら母の加奈子にあれこれと訊かれるだろう。どこかで時間を潰して帰ろうか。そういえば、篠塚へのクリスマスプレゼントを用意していなかった。
 はじめてのクリスマス……。
 考えてみれば、篠塚との関係は、たった五ヶ月にも満たない時間を共有したにすぎない。十年後、二十年後と思いを馳せる自分が、しごく滑稽におもえてくる。
 電車で渋谷までいき駅前のデパートにはいった。紳士服コーナーをながめ、つづいて文房具コーナーをぐるりと見てまわった。なにがいいのかわからない。篠塚が普段興味をもっているものはと考えて驚くほど無知な自分に気づく。興味がないわけではない。それどころか篠塚のことであれば、どんな些細なことも知りたいとおもう。なのにどうしてだろう。記憶をたどり脳裏に浮かぶのは道場で指導をしている道着姿の篠塚と、オフィスのデスクにすわり資料に目を通しているスーツ姿の篠塚、それだけだ。ニューヨークではどうだったろう。
 そうだ、料理……。
 かといってクリスマスにフライパンや鍋を贈るのもどんなものだろう。他にと考えて、ジャズのCDという選択肢もあったが、どんなプレイヤーのどのアルバムがいいのかさっぱりわからない。帰国後も篠塚の日常のなかで一番近くにいたのだ。最も長く時間をともにしてきたはずなのだ。自分の気持ちにばかり気をとられ篠塚を見ていなかったのかもしれない。最後に篠塚が相好をくずして笑ったのは、いつだったろう。貴子もおそらく篠塚へのプレゼントを用意しているはずだ。なにを贈るのだろう。所詮、昔の篠塚を知っている貴子にはかなわない。自分は貴子に嫉妬する価値もない、そんな気がしてきた。
 結局、プレゼントをあきらめ五時までデパートの中のカフェで時間を費やした。空白の時間。なにも考えず、ただぼんやりと暮れはじめる都会を眺めた。店内にながれるクリスマスソングが煩わしかった。後ろの席で転がるような笑い声をくりかえすカップルもだ。冷めたブラック珈琲を口にふくみ背を丸める。拭いきれない孤独が全身にまとわりついてきた。


 帰宅すると、母の加奈子が「あら、早いのね」と、声をかけてきた。冷蔵庫からミネラルウォーターをとりだし、そのまま二階の自室にむかう。すると、加奈子が「ちょっとまって」と、引き止めてきた。
 加奈子が茹でたての枝豆を手早く小皿にもり顔のまえにつきだす。瞬がおもわず受けとると、加奈子が真顔になり瞬の顔をじっと見てきた。
「なに」
「篠塚さんと喧嘩でもしたの」
「なにいってるの。篠塚さんは上司なんだから、喧嘩なんて」
「なら叱られた?」
「どうして」
「そんな顔をしてるもの」

 かまわず背をむける。加奈子が「クリスマス、どうする?」と、間延びした声できいてきた。
「仕事なんだ」
 階段をのぼりながら低くつぶやく。加奈子はなにもいってはこなかった。
 




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