second scene24
篠塚さん……。
そうだった。篠塚がいつくるか分からないからと山岸にカードキーを渡していたのを思いだした。嬉しさに口がほころびそうになったが、篠塚のようすから間の悪さに気づいた。あわてて北沢から離れる。篠塚が瞬から北沢へと視線を流した。不機嫌このうえない表情だ。
「なになに、なにかの稽古?」
山岸のまともな反応に胸をなでおろす。
「弓のひき方を教えてもらっていたんです」
「え、北沢さん、弓やってたんですか」
「学生時代ですが」
「あ、でも、北沢さん似合うでしょうね」
篠塚は渋面をつくり荷物を絨毯のうえに置いた。スーツ姿だ。仕事を終え直行してきたのだろう。近づきながら車で来たのかと訊ねる。「ああ」と、気のない返事がかえってきた。また誤解されたのだろうか……。だいたい、それほど瞬のことを信用できないのか。弓の引き方を教わっていただけでこれだ、稽古で寝技の稽古でもしようものなら「あいつと、どこまでいったんだ」と、真面目に詰問してきそうだ。
「じゃ、夕食まで自由行動ね。俺、これから露天風呂はいりにいくんだけど、篠塚、くる?」
山岸が平素とかわらない態度でいってくる。篠塚は「俺は後でいい」といって、ソファに深々と腰をおろした。山岸が部屋からでていくと、北沢が「お疲れさまです」と、篠塚に声をかけた。篠塚が無言で会釈する。会話が成立しない。気まずい雰囲気だった。北沢も気づいているようだ。かすかに苦笑すると「露天風呂にいってきます」といって、タオルと浴衣を手に姿をけした。
篠塚が長息して背もたれに頭をあずけ、すいと目をとじる。言葉がでてこなかった。拒まれている、そう感じた。
「あの……」
「ん」
「お疲れさまでした」
「ああ」
「会合はどうでしたか」
「いつもどうりだ」
「……そうですか」
それきり、北沢が浴衣姿で部屋に戻ってくるまで会話は途絶えたままだった。
無性に腹が立ってきた。瞬がなにをしたというのだ。たんなる門弟同士の付き合いではないか。
北沢が瞬の気炎に気づいたようだ。篠塚をちらと見て、「散歩にでも行きませんか」と、誘ってきた。篠塚は目をとじたままだ。瞬は「そうですね」と答え、頬のあたりを膨らませた。
勝手に怒っていればいいんだ……。
瞬はジャンパーを手にすると早足に部屋をでた。