second scene19 | 活字遊戯 ~BL/黄昏シリーズ~

second scene19

「怖くなってしまったんだ」
「病人やけが人が……ですか」
「死が日常でしょう、病院って。遺族の嘆き悲しむ姿とか患者の苦痛にひきつった表情とか……慣れてしまうんだよね」
「でも、それは医者としては」
「まあね。当然といえば当然なんだ。僕もそう思っていた」
 北沢が腰をずらし深々とシートに背をあずける。手でガムの包み紙をもてあそびながら「母の臨終にたちあうまでは」と、言葉を継いだ。
「大学病院に勤めて三年目のとき母が亡くなってね。すい臓がんだった。その日、僕は幸い当直明けで非番だった。母の死に目にも会えた。ただ……」
「……ただ?」
「泣けなかったんだ」
「………」
「それどころか息をひきとった母の腕から点滴の針をぬいたりする看護婦の手際に無性に腹がたってしまって。死んだとはいえ相手は人間なんだ、もっと丁寧に扱え、ってね」
「……それで、嫌になったんですか」
「言ったでしょう? 怖くなった。あるいは自分も同じことをしているんじゃないかって。もともと医者にはむいていなかったんだと思うよ。で、父の勤める会社に就職した。医者に反対だった父は母さんのおかげだといって手を打って喜んでくれたけどね」
 北沢が苦笑して、ちらと瞬をみてくる。瞬は無理に微笑むと思いだしたようにガムを噛みはじめた。
 どうして、こんな質問をしてしまったんだろう……。
 篠塚に出逢うまで他者の過去を知ることに無関心だった。深く関わる事に抵抗を感じていたのだ。億劫(おっくう)だったからではない、他者との交流において意味もなく翻弄(ほんろう)されてしまう気がして怖かった。ようするに臆病だったのだ。なのにどうしてだろう。今はすすんで他者に関わろうとしている。篠塚に対してもそうだ。貴子との交際期間など、以前なら決して訊くことはできなかっただろう。おだやかに、しかし確実に見えはじめてきた自身の変化に、瞬は戸惑いをおぼえていた。

 気がつくと、北沢が覗きこむようにして瞬の横顔をうかがっている。

「あの……」

「それにしても似ているな」

「どなたにですか?」

「僕に弓をおしえてくれた先生に。……女性なんだけどね」

「え……」

 


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