second scene12 | 活字遊戯 ~BL/黄昏シリーズ~

second scene12

「なにって」
「篠塚さんの記事がでているんだけど」
「取材に応じたんだ」
「そんなのわかってるわよ」
「貴子に泣きつかれたんだ」
「泣きつかれたって……、また付き合いだしたの?」
 篠塚が周囲をぐるりと見渡して滝川を隅へと連れていった。十人ほどの門弟が興味深げに二人を眺めている。山岸と瞬も二人を隠すようにして移動した。
 篠塚が声をひそめて言った。
「おい、道場だぞ」
「だからなのね」
「なにが」
「わたしをふったの」
「あのな……」
 滝川と貴子は同じ大学だ。おそらく旧知の仲なのだろう。
 滝川先生も、まだ篠塚さんをあきらめてない……。
 滝川は篠塚と同じく師範であり、大学の合気道部の顧問をしている。ニューヨークに行くまえのことだ、篠塚と滝川が抱きあっている姿を門弟に目撃され、ちょっとした騒動になったことがある。本当のところは篠塚にふられ落ち込んでいる滝沢を慰めていただけなのだが、篠塚は自分が無理やり抱いたのだと滝川をかばった。その時の篠塚の好意に対して滝川の放った言葉が印象的だった。
『あんなことをされたら、惚れ直しちゃうじゃない』
 山岸が瞬に情けない表情をむけてきた。どう反応していいかわからない。
「篠塚常務」
 道場で篠塚を常務と呼ぶ人間がいたとは知らなかった。驚いて声のほうを振り返る。篠塚よりすこし年上にみえる男が好奇のまなざしで篠塚と滝川をながめていた。男は道着姿である。どうやら門弟であるらしい。切れ長の目が瞬をみてきた。瞬がこくりと頭をさげる。男が歯をみせて笑った。
 篠塚は記憶をたどっているらしい。「失礼ですが」と言って、ことばを切る。
「アプリコット社の北沢です」
「ああ、北沢企画部次長……。ご無沙汰しています」
「お久しぶりです。今は部長になりました」
「それは、おめでとうございます」
「帰国されたんですね。わたしも拝見しましたよ、その記事」
 言って、滝川の持っているリメインに視線を投げる。篠塚が微妙な笑みを浮かべた。
「北沢部長は、いつからこの道場に」
「ニ年前からです。もっとも、先月までは杉並道場のほうにいましたが」
「武道に興味がおありだとは存じませんでした」
「最近はどうも運動不足で……。学生の頃は弓道をやっていたんですが、弓道では運動不足を補えないものですから」
「そうでしたか」
「ここでは、篠塚先生とお呼びしたほうがよろしいんでしょうね」
「お好きなように」
 北沢が瞬をちらと見てきた。先ほどから意味ありげな目色をつかってくる。
 なんなんだ……。
「彼のコメントも少し載っていましたね。秘書の徳川さん、でしたね」
「はい」
「小さい写真だったので。一瞬、女性かとおもいましたよ」
 なにがいいたいのだ。初対面で女みたいだとは無礼ではないか。瞬はいくぶん目を細め「そうですか」と、言った。
「秘書は長いんですか」
「まだ四ヶ月です」
「記事によると、篠塚常務自らヘッドハンティングした逸材だとか」
「そんなことは」
 貴子はそんなことまで書いたのか。雑誌が篠塚宛に送られてきていたが確認もしていない。目を通しておくべきだった。見ると、篠塚と山岸と滝川、三人とも見物をきめこんでいる。山岸と滝川はともかく、篠塚はなにをしているのだと言ってやりたくなってくる。篠塚が瞬の気炎にきづいたようだ。
「北沢部長」
「北沢と呼び捨てでけっこうですよ、篠塚先生」
 篠塚はやりにくそうだ。アプリコット社といえばアメリカのコンピューターメーカーで日本でもコンピューターシェア三位の企業だ。キエネとの関連も深い。篠塚と面識のある企画部長となるとアプリコット日本支社の人間だろう。
「北沢さん、北沢専務はご健在でらっしゃいますか」
「最近は持病の腰痛がこたえるようで。やはり年ですね」
「近々、ご挨拶に参上しますとお伝え願えますか」
「それは喜びます。父はわたしに文句をいうときも、なにかと篠塚先生を引き合いにだしてくるものですから」
「それは……、お世辞でも嬉しいです」
「本当のことですよ、篠塚先生。あなたはわたしの強力なライバルだ」
 北沢が言葉にそぐわない嬉々とした色を浮かべる。篠塚が真顔になった。棘のある言い方ともとれるが、この北沢という男はそれを払拭してしまう典雅な雰囲気をもっていた。

 


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