わたしが何も知らなかったころ


偶然に導かれて そこに立っていた。



あらゆるものが去り 空間を明け渡し


圧倒的な静けさの中にひとりだった。



体感はなく 行くところもなく


何かの途中でもない。


わたしの意識が 見上げたとき


龍の尾を撫でたのだ。



触手は柔らかく 透明な黄金で


通り抜けた存在は ただ遊んでいた。



時間にもどった今も


やっぱり わたしは何も知らない。

わたしが大きな魚だったとき、小さな男の子になりたかった。


ひとりぼっちが淋しくて


みんなと同じだよ と言いたかった。


ここでは泳げないと泣いて


海底に横たわり 時に紛れてウロコが消えるのを待った。


神様は わたしを優しくすくいあげた。




わたしが大きな鳥だったとき、小さな猫になりたかった。


小さな猫になって 抱きしめてほしかった。


金色の羽根に価値などつけて欲しくなかったし


歌声が誰かを惑わすことが恐かった。


沈黙を守り祈った。


神様は わたしをそっと地上におろした。






わたしがわたしに還ったとき



もう ほかの何にもなりたくなかった。




わたしは何も持っていないと答える。



あるのは 愛という名前だけ。




かつての名残りである ウロコや羽根が



時おり チクリとするけれども



それさえ愛おしい痛みなのだ。




手を放したわたしに残ったのは



愛という名前だけだった。


彼女はまるで 不思議な花のよう。


その甘い香りにも 傷にも無頓着だ。


かたくなで無防備な生き方は 花びらをゆらす。

  

              

もっと星に近付きたい君は


羽根がないと泣いて


少しだけ この世界の悪口を言ったね。



夜空の星と星を結んでみせるけれども


白鳥なんて 王冠なんて見えないと 


きみは怒って ぼくは笑う。



どうか


このまま留まって と願ってみるけれど



白い花びらを砂に埋めても


ぼくの身も心もからめとって


あの人が記憶を通り過ぎることなどないのだ。