2016年 果たされた約束 | 未来人48のブログ

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「さて、第8回AKB48 47thシングル選抜総選挙も残す所、あと2名の名前を呼ぶばかりとなりました。」


徳光の声がスタジアムに響く。すでに110名の名を読み上げたその声は、やや陰りは感じられるもののまだまだ力強い。
発表を生放送するテレビがCMに入ったため、徳光は暫し語り続けた。
しかし、満員のスタジアムの観客の耳に徳光の話は、ほとんど入って来なかった。


この後名前が呼ばれる二人の内の一人であろうメンバー、指原莉乃が何を語るか。


その事に対する期待と不安がクライマックスに達していたからだ。
そして、少女もまた、大きな不安を抱えつつ、このスタジアムに足を運んだ者の一人だった。


押し潰されそうな思いに抗うように、少女は姿勢を正した。


「例えどんな状況でも、そのステージを楽しむ。」


そう教えられた。


少女は、自身が他人からどう映っているか、すばやく確認した。
震えはない。力みすぎてもいない。自然体。よし、出来ている。そう思った。
ただ実際は、揃えた膝の上に置かれた両の手だけは、妙な力に囚われていた。
開く事を拒んでいるが如く、固く固く拳が握られていた。
まるでそれは、迷子にならんと母の手をしっかりと掴んで離さない子供のようでもあった。


前日、投票が締め切られた15時丁度に、指原は一通のモバメを発信した。


「こんな指原に投票してくれた皆さん。本当にありがとう。
例え、どんな結果に終わろうと、皆さんが居てくれたから、指原は幸せでした。
明日は、楽しみましょう。」


このモバメを受け取ったファンは、すぐに指原の決意を察した。


卒業する気だ。


一位になろうとなるまいと、これを最後の選挙として、指原は卒業を発表する気だ。
本来、有料の商品でもあるモバメの公開はタブーだ。
しかし、このメールの内容はあっという間にマスコミに取り上げられ、皆の知る所となった。


「では発表します。」


CMが開けるとともに、徳光が声を張り上げる。ドラムロールが鳴り響いた。
指原は、祈るようなポーズを取る。いや、実際祈っていた。
順位に関係なく卒業。そう決めていた。


でもやはり・・・。


どうせなら記録を作って卒業したい。


連覇、そして三度目の一位。


前人未踏の大記録だ。今回を逃せば、もう狙える目はない。
そう思うと、取っても取らなくても卒業という選択は、指原にとって、至極当然の選択のように思えていた。


実際、指原はもうギリギリだった。満身創痍。


「AKBにとって、悪いことはもうすべて指原のせいで良いので・・・。」


確かにそう言ったのは自分だ。


しかし・・・。


しかしと、指原は思っていた。

自身が思い描いていたアイドル像。
それは、大して可愛くもないがどこか憎めない愛されキャラだったはず。

それがいつからか、ヒールとしてキャラが立ってしまった。


アイドルにしてヒール。


絶妙の立ち位置に美味しいと思う事もあるにはあった。

しかし、そのキャラを貫く日々は、想像以上に過酷なものだった。


「第二位・・・、」


順位、獲得票数に続き、徳光は所属チーム名を読み上げる。

「・・・HKT48 ティームH。」


終わった。


そう思った。
チーム名に続く自分の名は、もう指原の耳には届かなかった。

しかし、不思議と悔しさはなかった。

それならそれで良い。


自分の次に名前が呼ばれるのは、あの子だ。


自分の次に一位の椅子に座るのは、あの子だ。


ならば、

ここからのステージは、私たちの継承の舞台と言っても良い。

由緒正しい世代交代。


それは、あっつぁんにも、ゆうこちゃんにも出来なかった自分だけの偉業だ。

そう思うと指原は、潔く席を立ち、その場でスタジアムの観衆に向かって一礼した。

その姿は、敗者のそれではない。

過去に二度、最多獲得票数を更新して一位の座に着いた者のみが持つ、王者の風格である。


まだ名前が呼ばれていないメンバーが着席しているウェイティングコーナーの階段を降り、ステージ中央のスタンドマイクの前に立つと、指原は再び深々と礼をした。
そしてマイクに手を掛け、口を開いた。


スタジアムの観客、そしてテレビの前の視聴者が、待ちに待っていた瞬間である。
満員のスタジアムに緊張が走った。誰一人言葉を発するものもなく、皆が指原の言葉を待っていた。


「私は・・・。」


そう言いかけた指原は、一際鋭い、刺さるような視線を感じて言葉を止める。
それは、つい今まで自分が居た所、ウェイティングコーナーの一角に座っている少女から発せられているものだった。


少女は、背筋を伸ばし、大きな瞳で、まっすぐに指原を見つめていた。


次に名前が呼ばれるのは自分だと、そう気付いているはずなのに、泣き崩れもせず、かと言って、浮かれもせず、少女は凛として、指原を見つめていた。


その眼差しは、指原に何かを訴えかけているようでもあった。


待っている!?


指原は、はっとした。


あの言葉を待っているんだ!!


それは、少女から指原に、一方的に突きつけられた約束の言葉だった。


まったく、この子は・・・。


指原の頭の中に、これまで少女が発した言葉の数々が過る。


「私達は21人だけど、指原さんは1人。」


この子は聡明だ。HKTメンバーの中で唯一、最初から等身大の私が見えていた。


「そんなピンチの瞬間、ほとんどのMCを任せられたのはさっしーでした。
・・・大きな責任を自分で背負い、切り抜けていく姿。とってもかっこよかったです!」


その癖、他のメンバー同様に、私が自分のポテンシャルのMAXを引き出し続ける事を、当たり前の事として、無邪気に期待している。その期待に背中を押されるように、私は去年一位に返り咲いた。


そして・・・。


「私は、HKTはさっしーを超える誰かがいないと、大きくなれないと思います。」


そのポテンシャルMAXの私を、超える気満々でいる。果てしなく強欲だ。


聡明で、無邪気で、強欲・・・。


勝てる気がしない。

アイドルとして、私がこの子に優っているのは、経験だけなのかも知れない。
きっと、この子はいつか、アイドルとして、私が届かないくらい高い極みまで、駆け上がって行くのかも知れない。


でも・・・。


でもと、指原は思った。


まだだ、それは今じゃない!!


ここは、そんなに簡単な場所じゃない。


その言葉が、次期センターであろう少女に向けた戒めなのか、それとも勇退を決め込んでいた自分への叱責なのか。
その答えは、指原自身にも判らなかった。


「私は・・・。」


指原はマイクをスタンドから外し、右の手で力強く握り直した。
役目を終えたスタンドは力なく倒れ、カラカラと転がった。
その瞬間、指原から王者の風格が消えた。
代わりに指原がまとったのは、挑戦者の闘志だ。


「私は・・・、


めちゃくちゃ、悔しいーーーっ。


指原は、このままでは終われません!!


気が早いと言われるかも知れませんが、私は来年の総選挙で、またセンターを奪還します!!


ですので・・・。」


指原は、ちらりと少女を覗き見て続けた。


「この後、名前が呼ばれる人は、指原にとって最大のライバルですっ!!」


スタジアムの観客が、おおーっと騒めく。スタジアムが揺れ動いた。
それをさらに煽るように、指原は、ウェイティングコーナーの少女を指さして、吐き捨てた。


「打倒っ!、谷!!



・・・じゃないっ。



打倒、宮脇咲良ーっ!!」


思いがけない流れ弾を受けた谷が、オーバーアクションで、「あたしっ?あたしっ??」とキョドってみせる。

スタジアムが爆笑に包まれた。
こんな場面でも笑いを取る事を忘れない自分を、指原は少し可愛いと思っていた。
そして、悔しいけど、やっぱり私にはヒールが似合う。


ヒールにしてアイドル。


それもまた悪くない。そう感じてしまう自分を、指原は愛おしいとも思っていた。


やっぱり、さっしーはすごいっ!!


少女の顔に、今日初めての笑みがこぼれた。


ずっと、頭を擡げていた不安は、今、本人がその口ではっきりと否定してくれた。
そしてその人は今、自分を指さし睨み付けている。
しかし、その仕草とは裏腹に、その眼差しは、とてもとても、暖かだった。


まだまだ・・・。少女は思った。


まだまだ、この人と同じステージに立っていたい。


まだまだ、アイドルであるこの人を見ていたい。


まだまだ、この人から学びたい。


いつかは越えなければならない。
でも・・・。


でもと、少女は思った。


まだまだ、それは今でなくていい。


だって、私は今やっと、スタートラインに立ったばかりだ。


今やっと、ライバルと認めて貰えたところじゃないか・・・。


・・・認めて貰えた。認めて貰えたんだ・・・。


そう実感した時、少女のその大きな瞳から、じわじわと光るものが湧き、溜まり始めた。

やがて、溢れ出たその光の雫は、少女のさくら色の頬を伝わり、その硬く閉じられた手の甲に落ちた。

その刺激に驚いたのか、少女の拳は力が抜け、ふわりと開いていく。

それはまるで、蕾がほころぶようでもあった。


「梅雨空に、季節外れの、サクラ咲く。」


徳光が、下手な句とともに、一位のメンバーの名を読み上げたのは、その数分後の事だった。