10日くらい前から、私の右頬に赤黒い何物かが芽生えたのだが、一体どうすればいいのだろうか。
そもそもこいつは何だ?

日に日にグロテスクに育ってゆくので不安になって仕方がない。グロテスク故に患部の画像などとてもじゃないが公開できない。

最初は痛みも痒みもなく、また肌の色も普通。
ただただブヨブヨと隆起しているだけ。
お母さま、これが痘痕というヤツですか?
そう尋ねても母親は「分からない」という。
側から見ても何だか分からないものは、鏡で見ても尚更分からないのが道理だ。がっかりするばかり。

さて、こいつは徐々に大きさを増し、私の心中を不安一色に塗り替えてゆく。また、赤黒い色味を帯び、その不吉な兆候に身震いして梅雨空の下、膿か? また、だくだくとビートを打ち痛み始める。
私は体調の変化を察して、至近の皮膚科へ向かう道をUターンし、一時帰宅した。

この腫れものを医師にどう説明すればよいのか悩むのだった。
それは医師の仕事の範疇であるのに、私は悩まずにはいられなかった。

インターネットで「腫れもの」と検索すると、733000件もの腫れものに関した記事が並ぶ。
記事中の「腫瘍」という単語に幾度も身震いする。

暗い連想ばかりを集めて、私は昨日と今日を山場にした、大西洋のある島国での諍いのことなども考えだす。

「腫れものにさわる」

諍いが禍根とならないように祈るしかない。
かつてユーロという共同体は人類史の壮大な実験場だったはずなのだ。
重ねて諍いがかの島国の禍根とならないように祈ってウィンドウを閉じた。さて、この舞台、この演目は何て呼ばれていたかしら、先生?

「腫れものにさわる」

それはサミュエル・ベケットが終に書かなかった不条理劇。それはカール・マルクスの初期に顕著な人間の疎外を繰り返し繰り返し表現した弁証法とリアリズムの化合物を理論化した劇。肌を切開して眠っている膿をすべて取り除いて、ありがとうございました。
先生、あなたが治療してくれたお陰です。
今日、私は何とか今日に間に合うことができました。

ただ、先生が執刀なさっても、諍いは大西洋のかの島国の禍根となりかねませんね。

どうぞ祈りの量だけボリュームを上げてください。

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