イラクに見える、アメリカの展開するグローバリズムの実際 | 岐路に立つ日本を考える

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 私は日本を世界に誇ることのできる素晴らしい国だと思っていますが、残念ながらこの思いはまだ多くの国民の共通の考えとはなっていないようです。
 日本の抱えている問題について自分なりの見解を表明しながら、この思いを広げていきたいと思っています。


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 今回はイラク戦争後のイラクについて、考えてみたいと思います。

 戦後の日本にGHQが創設されたのと同じように、イラク戦争後のイラクにもCPA(連合国暫定当局)という統治組織が作られました。CPAの指令はイラクの国内法より優先するようになっているところもGHQ占領下の日本と極めて似た状況だと言ってよいかと思います。

 CPAの強い指令に従って、イラクの国営企業は「非効率」を理由に民営化され、しかも民営後の株式を外国企業が100%持てるように制度変更されました。またCPAは外国企業がイラク国内で稼いだ収益の全額をイラクから海外に自由に持ち出してよいことにしました。イラクにおける法人税は最高税率が40%だったのですが、これも15%まで削減されました。こうした「自由」な市場の魅力に惹きつけられて、多くの多国籍企業がイラクに群がったともいえますし、こうした多国籍企業の意向を汲んだ「改革」が、米政府の強い影響力のもとでイラクにおいて進められたともいえます。この結果、状況に応じて「最適」な行動をとる多国籍企業の支配力を強めることになりました。即ち、イラクで事業展開することが最適とはいえないと判断したら、自由に資本を引き上げてしまえる多国籍企業の力がイラク国内で格段に強まり、イラクの経済的な安定性を脆弱にさせたといえるわけです。

 さて、このことと同時平行的に、最新の農業技術とそれを効率的に活用できる農業システムによって、イラクの農業の生産力を飛躍的に引き上げようという運動が展開されました。小規模な農業が否定され、大機規模なアメリカ型の農業が効率的だと奨励されたわけです。農地を巨大化・集約化する動きが始まり、ここにもアメリカのビジネスが食い込んでいきました。さらにここで活躍したのが、収量を2倍に引き上げてしまう魔法の種子です。すなわち、除草剤耐性を身につけたGM種子(遺伝子組み換え種子)です。実際GM種子で栽培された土地では、GM種子が耐性を持つ除草剤と組み合わせることで、収量が一気に2倍に伸びました。しかも雑草を扱う手間も少なくなったわけですから、必要な人手も減り、効率的になったと考えてもよいでしょう。(その一方で農業分野での失業者を大量に生み出したとも言えますが。)

 アメリカのアグリビジネスはここで遺伝子組み換え種子と除草剤と農機具のセットをイラクの農業法人に無償で提供し、農業の技術指導まで細かく行いました。イラクの農業はGM種子を使ったものばかりに切り替わって多様性を失ってしまいましたが、その一方で生産性の高い農業を新たに手に入れたといえるかもしれません。

 ところで、CPAがイラクに課した指令の中に Order 81 と呼ばれるものがあります。「81番目の指令」ということになりますが、この指令によって前年の収穫物から翌年の種子をとっておくということができなくなりました。つまり、農民は毎年種子会社から新しい種子を購入しなければならなくなったわけです。なぜなら彼らが使うようになったGM種子には知的財産権が含まれており、新しい種子を購入しないのは知的財産権の侵害だとされたからです。そして今やアメリカのアグリビジネスは、ターミネーター遺伝子を種子に組み込むことに成功し、収穫後の種子をそのまま播いても発芽直後に枯らせてしまう技術を手に入れました。ですから農民がこっそりと収穫後の種子を利用しようとしても、失敗に終わるような「品種改良」が行われているわけです。

 しかも、すでに農業の形は完全にアメリカナイズされてしまっていますから、好むと好まざるとを問わずに、以前のような農業形態に戻ることは事実上無理です。

 この結果、イラクの農業はアメリカの国家戦略の中に完全に組み込まれてしまいました。アメリカが種子を提供しないといえば、イラクの農業は壊滅するところに追い込まれたともいえるわけです。

 ところで、この農業をめぐる流れについて、報道ではどのように伝えられていたでしょうか。2005年の8月8日のロイター通信には、以下のような記事が出ています。

 "Iraq had a relatively stable and functioning public-sector-controlled seed industry before the war in 2003. After the war, research and seed production facilities have greatly deteriorated," FAO said in a statement. (中略) Iraq can now cover only 4 percent of its demand for quality seeds from its own resources (中略) If no immediate action is taken, serious seed shortages can be expected in the near future, threatening the country's food security …

 「2003年の戦争の前には、イラクには比較的安定的に機能する、公的管理の種子事業が存在した。だが戦争が終わってみると、種子の生産と調査を行う施設は大きく劣化した」と国連食糧農業機関は声明で伝えた。現在きちんとした種子はイラク国内では4%しかまかなえない。すぐさま行動を起こさないと、深刻な種子不足が生じる可能性があり、イラクの食料安全保障を揺るがせている…

 何気なく、施設が劣化したと伝えていますが、この施設の劣化がアメリカの空爆による破壊によってもたらされたということを忘れてはいけないでしょう。そして、こうした一連の流れが統一した意志によって貫かれていることを、私たちは意識的に見ておかなくてはならないのではないかと思います。

 アメリカという国家は、ここまでの戦略を立てて実行できる国なのだということに、私たちは気付いているべきだと思います。そしてそのアメリカが推進しようとしているグローバリズムは、表面的には響きがいいですし、何となく時代の趨勢のようにも感じてしまいがちなものですが、その裏側にはこのような戦略が張り巡らされています。

 TPPへの参加に賛成する立場に立つ人たちが、こうしたリアリティをしっかりと考えた上で、日本の交渉力によって流れを本気で変えていけると思っているのであればよいのですが、こうしたアメリカの戦略のことなどろくに考えることもしないで、「グローバリズム」に踊っているとしたら、非常に危険なことだと思います。

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