世界はとてもシンプル~信子流の生き方~

自分の世界は自分がどんな風に外の世界と化学反応したか
で、作られていく。
外の世界の事象ばかり理由にして嘆いていても
世界は変わらない、永遠に。
今いる世界を変えたい人に贈るブログ


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こんな食いっぷりの次男ですが
これでも一応、病人w

この病人の為に
今夜は
じっくりコトコトとった鶏出汁で
お粥を炊きました。
 
【材料】
手羽元 4本
生姜スライス 4〜5枚
白ネギ 5cmほど1個
お水 500〜800ml
塩 適量
日本酒 大さじ1〜2

【作り方】
鍋にお湯(分量外)を沸かす。
沸騰したお湯に手羽元を入れ、30秒〜1分茹でる

茹でた手羽元をお水でさっと洗い
余分な汚れやアクを取っておく。
 
鍋を洗い、再びお水(分量)を入れる。
そこに、生姜スライスと白ネギと日本酒、洗った手羽元を入れ、
中火にかける。
フツフツしてきたら、
弱火にして
グラグラしないように、フツフツのまま
15〜20ほど火にかけておく。
途中、アクを取り除く。
最後に塩を入れ味を整える。
そのままスープにするなら、しっかりと塩味をきかせる。
お粥にするなら塩は控えめに。
 
土鍋に、洗って水切りしたお米を入れて、
鶏ガラスープを濾し器でこしながら注ぎ入れる。
手羽元は、お肉をほぐしておき、
ほぐしたお肉を土鍋にいれる。
 
中火にかけて、
土鍋なら湯気が出てきたら
弱火にして
10〜15分ほど炊く。
 
その後、火を止め蒸らす。
 
 
出来上がり。
食べる時に好みでお塩をいれる。
 
 
とってもシンプルだけど
ものすごく美味しい!
 
鶏ガラは
フツフツと炊くことで
澄んだ鶏ガラスープが出来ます♪

お粥はお米から炊くことで
なんとも言えない口当たりになります。 
 


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40歳になって

3年経ちました。

 

この頃気付いたこと

【他人の愛情を試すことの愚かさ】

 

親の愛情を試す

パートナーの愛情を試す

子供の愛情を試す

友達の愛情を試す

 

などなど。

 

人の心は鉄のように固くもないし

岩のように頑丈でもない 

 

試し続ければ

いずれ疲弊し

離れていく。

 

そして、離れていく人達を見ながら

「ほら、やっぱり私は愛されない」

と、寂しさを感じながら、孤独を感じながら

でも、そのネガティブにどこか安堵する自分がいる。

でも、そんな自分を見ないふりする。

 

キリスト教の中に

「神を試してはならない」という教えがあるけれど

それは、こういうことなのかな、と

この歳になって、なんとなく理解できたように感じる。

 

心を試すことは無駄なこと

愛情を試すことは愚かなこと

 

試しながら

自分が望む結果を手に入れようとする。

それは

「ほら、やっぱりね、私って誰からも愛されない」という結果。

 

つまり、本当に他人から愛されてる事が

証明されちゃったら、困るわけ。

愛されちゃう私だと、困っちゃうワケ。

 

 

だって、言い訳できなくなるから。

「私、誰からも愛されないの」って

いじけられなくなるから。

いじけられないと

構ってもらえる理由が無くなるから。

 

 

つまり、

愛情を試す行為は

「構って貰いたい」気持ちからやってくる。

 

小さな子供が

大好きな人に振り向いて貰いたくて

イタズラしたり

問題行動を起こしたり

泣いたり喚いたりするここと

同じ。 

 

だから「愛される私」だと

困る。

 

そんなことをしなくても

充分に構ってもらえるのに(笑)

 

そんなことに気づいた

40代。

 

20〜30代

子供みたいに

こんなことをいっぱいして、

失敗もしたし、無くした存在も沢山あったけど、

 

 だからこそ、

気づけたのだと思う。 

 

 

そのネガティブなループから抜け出すには

認めてしまうこと

 

私は愛される存在なんだなー、と。

そして、

心の底から

「私は私を大好きでいていいんだな。

誰の後押しも、誰かの保証も、要らないんだなー」

と知ること。

 

構ってほしいと駄々をこねなくていい(笑)

世界を見る目を変える。

 

人の愛情を試したくなったら

まず自分のことを沢山かまってあげよう

心の声に一生懸命耳を傾けよう。

自分が心地よいことをやってみる。

心地よい空間に身を置く

 

ちゃんと自分を構ってあげる。

それだけでいい。

 

 

 

 

 

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またまたまじめなツブヤッキー

 

「律する」ということを

意識するような年になりました。

 

他の誰かは関係なく

「私は今、どうしたいのか、どう在りたいのか」

都度、自分に問いかけている感じ。

 

日常のことでいうならば、

世間一般的には

「それは、まぁ、あかんよね・・・・でもみんなやってるけどさ」

みたいなこと。

赤信号で渡っちゃうとか(みんな渡ってるからいーよね、みたいな)

電車やバスで、お年寄りに席を譲らないこと、とか

(みんな、譲ってないから私もスルーしよう、みたいな)

小さなこと、

些細なことを考えながら

「自分を律する」ってこういう時にこそ、出るよね

と思います。

 

周りは関係なく

自分がどうしたいのか、どう在りたいのか、

どんな私で生きたいのか。

 

自分の生き方は

一番自分がよく視てる。

その自分に誇れる生き方を

しようと、心改める43歳の冬。

 

誰かが作った「聖人君子」でもないです

「他人から見て、品行方正」な生き方でもないです。

自分の中に、自分という名の一本の軸を通す生き方。

誰がやっても、私はしない、という美学だったり

誰がやらなくても、私はする、という美学だったり

 

そういう、ちょっと「凛」としたものを持つ。

 

それを意識する年になりました。

自分研究が進んだ結果、ですね。

 

 

 

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2日連チャンでまじめなツブヤッキー。

自分で決めるということは
その決定に責任を持つと言うこととセット。
 
そして、大人とは、
自分で決め、自責を負う生き方をしていると言うこと。
 
いー年した大人が
誰かのせいにしても
それは意味がない。
 
その誰かの【影響を受ける】と決めたのも
自分。
 
【みんなの意見】に同化したり
感化されるのも
馬鹿らしい話で、
その【みんな】って誰だよ?
みたいな、ね。
 
【みんな】のことはどーでもいいわ!
【自分】はどーなのさ!
 
それが無いのって
【自分をサボってる】し
【自分以外に甘えている】とも言える、と
私は思う。
 
その場の流れや雰囲気に
合わせることは
時として必要なこともある
でも、それすら
他人のせいにせず
「この流れや雰囲気に、今は合わせとこうかな」
という選択をする。
それが自分で決めるということ。
 
その場の流れや雰囲気に合わせたく無いなら
その選択もあり。
 
その結果を全て受け入れるところまで、
それが選択すると言うこと。
 
そして、
誰になんの文句を言っても
結局全部自分で決めたことなのだ。
 
だから、自分以外のものや人やことに
文句を言ってる時点で
他人のせいにしてる、という
なんとも子供じみた
責任のなすりつけ行為を
やってるに過ぎない。
 
他人から見たら
「知らんがな!笑」
である。
 

子供から大人になるに従って
自分で決めることの率が増えていく。
そして、同時に
その責任を持つことも正比例して増えていく。
 
 
つまるところ、
自分の人生の責任は
誰にもどうにも担えない、ということなのだ。
 



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ちょっとまじめに呟き。
 
【甘え】を自覚して甘えること。
 
家族への八つ当たりとか(苦笑)
 
ちょっと疲れてたりすると
つい子供をキツく怒ってしまう。
でも、それは子供に甘えているだけのこと。
 
自分の体調や気分、機嫌は
自分のコントロール下にあるもの。
その調整を怠ってるのは自分なのに
つい、キツくなってしまうのは
自分の不徳の致すところなのだと
自覚しておくことは大事だな、と。
 
なので、
「いつも甘えちゃってごめんよ」
と、
「いつもありがとうね」
のこの2つは
言葉にして伝えることが大事だと思う。
 
自分のイライラなどの
ストレスやフラストレーションを
自分以外の人にぶつけるのは
甘え以外、何でもなくて
それを自覚してるのが「オトナ」で
無自覚なのが「コドモ」
 

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