ミラノコレクションA.T. 〜2nd Life〜

元プロレスラー、ミラノコレクションA.T.の引退後の第二の人生を自由気ままに書いています。


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2010年、2月14日。

私は両国国技館で引退セレモニーを行いました。
第二の人生を東洋医学に決めて、ハヤブサさんを治すと宣言しました。
もちろん非常に厳しい闘いになる事は覚悟してました。

当時の私は修行中。

下半身の施術をなんとか出来るくらいのレベルでした。
なので、下半身の施術を私がして、上半身の施術は私の師匠にやって頂く事で了承を得ました。

私達の整体院は新宿御苑前という駅が最寄りで、ハヤブサさんの家はご自身のブログで公にしてましたが蒲田駅が近い。一番の最寄りは京急梅屋敷駅です。

ハヤブサさんの家から新宿の整体院まで、ドアtoドアで普通なら1時間ちょい。

しかし、車イスのハヤブサさんは2倍以上の時間がかかります。

それでも最初は週2回来てくれました。

しかも駅の階段を駅員さん2人に車イスごと抱えて運ばれたり、雨の日は傘差せないのでズブ濡れで来た日もあります。

最初、布団に仰向けに寝せてみると、まったく動けませんでした。
ピクリとも動けない。もちろん寝返りも出来ませんでした。


そこからのスタート。

施術は足で筋肉を踏みほぐすので、ハヤブサさんの下半身に足を乗せます。

人間の身体ってこんなカタくなるのかというくらいのまるで丸太のような足でした。

まずは全身の筋肉をほぐして、血流の流れをよくする。血流の流れが良くなれば自然治癒力が身体に影響を与える。死んでいた神経じゃない生きている他の神経が手を取りあって動かないところが動くようになる可能性にかける。


なので、最初は固まった筋肉をほぐさなければ何も始まりません。
固まった筋肉では血流が悪いので、ハヤブサさんの足…特に膝から下は鬱血して紫色に変色している箇所がたくさんありました。

本当に丸太を踏んでるようなイメージ。

183cmのハヤブサさんの固まりきった身体をほぐすのには3時間はかかります。いや、ほぐしきれてないですね…。カチカチの筋肉をほんの少しだけ柔らかくする程度でも3時間かかっていました。

しかし、さすがは不死鳥。

3回目の施術で、仰向けでまったく動けなかったのが寝返りをうてるようになったのです。


とにかくほぐし続けなきゃ。


1ヶ月経つ頃には、自分で仰向けからうつ伏せになり、もう少しで四つん這いになれそう…というところまでいきました。

長年の電動車イス生活で筋力が落ちた腕では、四つん這いになる為の腕力が足りなく上体を持ち上げる事ができない。
それでも、プルプルと腕を震わせながら上体を起こして四つん這いになろうとしてる姿を見て涙が出ました。


この頃は前と比べると明らかに動けるようになっていて、「前は動けなかったけど、ベッドから自分で体勢を変えて起き上がって床に足をついて立てるようになったから、ベッドを買い換えたんだ♪ありがとう」と笑顔で言ってくれました。


ハヤブサさんも少し動けて楽しくなったのでしょう。シンガー・ソング・レスラーとして唄うのが好きだったので、地方のLIVEなどが少しずつ増えていきました。

そうなると、施術に来る頻度が減ってきました。
週2が週1、週1が2週に1回、月1回…。

そして、私の足ふみの師匠が一身上の都合で東京からいなくなります。
私は全身の施術をなんとか出来るくらいのレベルでしたが、そんな半人前の私がトップでやる事になりました。

お客様を施術しながら、休みの日には肘使いの天才がいると聞けば会いに行き、他にも評判がいい施術を聞いては行き、教えてもらい、足で応用する。
お店を続ける為には、とにかく一人前の施術師に1日でも早くならなければいけない。

そんないっぱいいっぱいの日々を過ごしていて余裕が無かった私は、少しずつハヤブサさんとの連絡も滞るようになり、いつしか連絡は途絶えました。。。


そんな日々が続き、ようやくお店も少しは安定して来た時に、ミラノコレクションA.T.というレスラーの生みの親であるウルティモ・ドラゴン師匠の記念興行に行く機会がありました。

そこで久々の再会をハヤブサさんとします。

先述したように、駅員さんに運ばれたり、雨に濡れたり、車イスの方にとっての移動は想像を絶するつらさがあります。
それを私はわかっていなかった。

「新宿、来るのしんどかったですよね?」

「まぁねf^_^;)」


私が行けばいいんだ。

ハヤブサさんとの再会がウルティモ・ドラゴン師匠の興行ってのもなんかまたアレですが…。



その時の私のお店は、私の他にも施術師が2人いました。
お店を持続させて、他の施術師の生活を考えて、ハヤブサさんの施術が3時間かかる事を考えると、私が夕方まで仕事してハヤブサさんの家に週2回通うというのが、すべてを成立させる限度でした。


そこから毎週2回通いました。

ハヤブサさんの家に行って施術をして家に帰ると23時は過ぎてましたが、バカ話したり、ハヤブサさんをドラゴンスープレックス(フルネルソン)のように後ろからホールドして床に座った状態から一緒に立つ練習をしたり、新しい発見があったり、大仁田さんとデスマッチしてーなーと言ってきたり、復帰したら開脚リングインしないとハヤブサじゃないですよと言ったり、小橋さんの引退試合に行く事になったから車イスじゃなくて歩いて姿現したいなと言ってきたり、小橋さんの引退試合前日も施術に行って最終調整したり、小橋さん興行さぁ車イスじゃなくて歩いて出て行けたよって言ってくれたり、杖無しで7~8歩歩けるようになったとか、ハーフスクワット開始したとか、、、

そんな週2回の出張施術は1年数ヶ月続きました。


私の作務衣の背中のこの文字。

{4BF5CB87-6440-413B-A687-14C76AC40B0E}

プリントしてくれたのはハヤブサさんです。


しかしながら、私の人生は昔からですが安定はありません。

私の力不足で、お店の施術師が1人飛びました。


決して余裕のあるお店では無かったので、私も店でフルで施術をしないと、店の持続、私ともう1人の施術師の生活もキープ出来ませんでした。

そうなると、今度は私の方が、週2回行けてたのが週1回、週1回が2週に1回、月1回となっていきました。
ただでさえ、もっともっと動けるようにするには週2回じゃ足りないなと思っていたのに、これではラチがあきません。


そんな中、私の顔が疲れていたのか「事情はわかっているから来れる時でいいよ。無料でやってもらってるんだから(^^)」とお気遣いを頂きました。


甘えてしまいました。


ハヤブサさんの施術は週3回以上は必要と思っていたので、とりあえず長期間コンスタントに週3回行けるような状況を作る事を考えます。

しかし、そんな簡単にそのような状況を作る事は出来ません。
私は施術に解説、そして株式投資による月々の配当金など、とにかく週3回通える余裕を作ろうとしました。

しかし、時間が過ぎるのはあっという間です。そう思って気付いたら2年…。私には時間がかかり過ぎました。

もっとストイックになれてればと思いました。

力の無さを痛感します。



これがリングに戻ったタイミングで全て公表しようとハヤブサさんと話して、今までお伝えしていなかったハヤブサさんと私のリハビリ施術の途中報告です。


天国でも大好きな唄を唄っていてほしいです。
お楽しみはこれからだー!と叫んでいてほしいです。
「開脚リングインしなきゃダメですよ!」「そこまでは…」と言っていましたが、開脚リングインしていてほしいです。

お役に立てず申し訳ありませんでした。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

合掌










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