15.エピローグ | 携帯小説サイト-メメント・モリ-

15.エピローグ

それから、私は。
あのマンションで、シノさんと暮らしている。



私はまだ探偵社に勤めていて

シノさんも蒼い絵を描いている。



探偵社は忙しいから、二人で過ごす時間がなかなか取れなくて。
一緒に住み始めたのは、そんな経緯。




たまに、時間が取れると。わたし達は、手をつないで

部屋のリビングで、長い話をする。



こんなことがあった、あんなことがあった。
部屋から出られないシノさんだけど

毎日を劇的に過ごしているみたいで
その感性がすこしうらやましくもあった。


あるとき、ふと
シノさんが、漏らした言葉


「俺は、誰かの逃げ道になりたかった」



自分が逃げ続けている、後ろめたさから

誰かの逃げ道になりたかったのだと。



そういう風に、シノさんは言う。



「ヒナちゃんの逃げ道になろうとしたら、いつの間にか俺が逃げ道にしてた」


自嘲ぎみにシノさんが笑うから。

私は首を振って、つないだ手をきゅっと握った

それは、違うよ。

シノさんが逃げていなかったら、私はここに居ない。

シノさんは、私が、シノさんの空気を壊さないように
ひっそりと側に居てくれることが好きだと、いつも言ってくれるけど



それは、私が、ろくでなしで。



誰かに殴られないように、誰かに怒られないように

つねにびくびくとして、相手の事を伺っていたから

誰かの顔色を伺って生きる事に、慣れていたから。


そんな自分が、ろくでなしで、大嫌いだったけど。
そんな私を、シノさんは好きだって、言ってくれる。


私のろくでもなかった部分さえ、私を形作る一つのパーツで


それがあるから、「私」は私で。


欠陥品だと思っていた、自分自身の事を、ほんの少し好きになれた。
それが凄く、嬉しい。



「だから、シノさんは、私にとって、十分逃げ道。」




ろくでなしの、私を肯定してくれるから。
それに、さ。私は続ける。
覚えたての言葉を使って。


「シノさん、メメント・モリって知ってる?」

「死を忘れるな?」

「そうそれ」


死んじゃうんだよ。いつかみんな。

だからさ、逃げてても、立ち向かっても。
笑っても、泣いても、怒っても、好きでも、嫌いでも

最後は結局、お墓の中で。

「だから、好きなように、生きたらいいと思うの」

逃げたり、立ち向かったり
笑ったり、泣いたり、怒ったり、好きになったり、嫌いになったり。

逃げてる事で、誰かに責められても

その誰かもいつかはお墓の中で。
責めた事実だって、時間が経てば風化しちゃうから。

逃げていたいなら、逃げてもいいんだと思う。

そう、話終えたら。しばらく沈黙が降りてから



「…責めているのが、自分自身なら?」



シノさんがそう、私に問いかけた。


「逃げている事が、後ろめたい?」

聞き返すと、シノさんは、目を伏せて肯定した。


「自分からは逃げられないから…」


私は、ろくでもない自分を受け入れてしまって
ただ惰性で生きてきたけれど

彼は、自分のことを許せなくて
今も責め続けているのだろうか。

「シノさんが、自分の事を責める必要はない、って思うけど」

でもそれは私の理屈で。
シノさんがそう思えるのなら、苦労しなくて。

でも、どうしたらいいのか、判らなくて。
あせった勢いで、私の口から飛び出た言葉は。


「私が、護る」

「は?」

「シノさんが、自分の事を責める暇もないくらい、楽しい話をしたり」

「…仕事中は?」

「いっぱいメールする」

「…」

「……ごめん。やっぱり無理だよね」

私が、そう言って、俯いたら。
シノさんが、突然、笑い出した。

押し殺したような笑いから
こらえきれなくなったように、大きな笑いへ。

ひとしきりけたけたと笑転げてから、
シノさんは、私の肩に頭を凭せ掛けて
ありがとう、と一言つぶやいた。

「そんなこと、しなくていいからさ」

後で、一緒にコンビニへ行こう。
手をつないでたら、いける気がするから。



私は笑って、そっと頷いた。





fin...




<前の話 | あとがき>