7.アネ | 携帯小説サイト-メメント・モリ-

7.アネ

「あんたさ、何やってんの?」

ヨシノお姉ちゃんが、わたしを睨んでいる。

「何やってんの、って聞いてるの」

容赦のない声に。私が、「だって」と言うと。
だって、もクソもねーわよ!と怒鳴られた。

事の発端は、私の落とした定期券。
私は、それを、いつも行くスーパーで落としたらしい。

スーパーから、駅へ届けられて。
駅から、私の元いた駅へ届けられて。

「定期の落し物」

という掲示板に、私の名前が書かれて。

それを偶然、お姉ちゃんの友人…。

私にシヅオを紹介してくれてた、ハタヤさんが見つけて。

それを頼りに、興信所の人が、私を見つけて…。

お姉ちゃんが、私近所の喫茶店に呼び出して。

そして、今に至る。

事情を話すなり、お姉ちゃんに。
物凄い形相で、睨まれた。

「アンタさ、馬ッ鹿じゃないの?!」


言葉が、刺さる。


「突然、行方不明になったと思ったら…」


ため息が、おちる。


「知らない人のところで、家政婦紛いの事してるって」


心臓が、詰まる。


「しかも、一切連絡ないって、どういう事よ!」


絶叫が、耳に痛く。


「あんた、一歩間違えばボロボロにされた挙句売り飛ばされてるわよ?!」

それは、すごく尤もな話で。
だからこそ、すこし。私を苛つかせて。


「シノさんは、そんな人じゃ…」

「わかる訳ないでしょ!あんた男を見る目がないんだから!」


けれど私の反論は、見事に撃墜されて。


「とにかく…そのシノザキさん?だっけ?」


おねえちゃんは、苛々と前髪を掻きあげて。

「今度、改めてご挨拶に伺うことにして、今日は私と帰るわよ、ヒナ」

吐き捨てるように、言った。

「え、や…」

「この期に及んで。イヤだと言うつもり?」

「……。わたし、成人してるし。お姉ちゃんには関係ない」

余りにも、一方的だから。
私は拳を握り締めて、下を向いて。
そうやって、突っぱねたのに。

「一丁前に大人なつもり?笑わせないで」

お姉ちゃんは、私を鼻で笑って。

「今のアンタなんか、子供以下よ。お話にもならない」

「そんな事―――!」

ない、と言おうとしたのに。
お姉ちゃんが私のほほをぴしゃり、と打ったから。

口は閉じて。
涙が出てきて。
言葉が詰まって。

「アンタさ。シヅオと同じになりたいわけ?」

頭から、冷や水を浴びせかけられたような、気がした。

「自分は家事してるから違う、とでも思った?」

思っている。思っていた。私はシヅオとは違う。

「他人の善意にのっかって自分の我侭通して。アンタ、本当に…」

違う違う違う。違うったら。


「そんな人間になりたいの?」


嫌だ!そんな筈、ない!!

たまらずに泣き出した。声をあげてわんわんと。
そんな私に構いもせず。容赦もせず。

お姉ちゃんはぐいぐいと、引張って。私を連れて行った。
私を車の中に押し込んで。

ヨシノお姉ちゃんの彼氏の運転で、辿り着いた先は。


「じゃあ、サクラちゃん。悪いけど」

「ううん。全然」


サクラお姉ちゃんの家だった。



「アンタはここで、しばらく頭冷しなさい」



そう言って。ヨシノお姉ちゃんは行ってしまった。
風のように、颯爽と。

それを見送って。
しばらく、ぼうっと。ヨシノお姉ちゃんが去った扉を見つめてたら。

ぽん、と背中を叩かれた。

「ヒナちゃん、オムライス、食べる?」

にこにこと笑って、サクラお姉ちゃんが言った。

「…たべる」

「うん!じゃあ、ちゃっちゃと作っちゃうわね」

「あ…手伝う…」

「あ、そう?じゃあ、テーブル拭いてもらえる?」

「うん…」

サクラお姉ちゃんは、鼻歌交じりに台所へ歩いて行った。

勝気で強気でおっかないヨシノお姉ちゃんと
陽気で優しくてのんびり屋のサクラお姉ちゃん。

サクラお姉ちゃんとヨシノお姉ちゃんは双子なのに。
性格はまるで反対で。

ヨシノお姉ちゃんがあれだけ私を怒ったのに。
サクラお姉ちゃんは、私のした事を、何も言わなかった。



「サクラお姉ちゃん…」

並んだオムライスを、向かい合わせで食べながら。
私はぽつりと、お姉ちゃんを呼んだ。

「ん?なあに?」

「怒ってる?」

「私は、怒ってないよ」

「ヨシノお姉ちゃんは怒ってた」

そう言ったら。
サクラお姉ちゃんはけたけたと笑った。

「そりゃー、ヒナちゃんが心配なんだよ」

「ん…」

「今度の事だって。シヅオに殴られてるなんて。私達知らなかったんだよ」

「うん」

聞いたとき、すっごく心配したんだからねー!
と、さくらお姉ちゃんは、珍しく強めに言った。

ごめんなさい。って謝って。
それから、シヅオ。シヅオはどうしてるんだろう?そう思った。

「シヅオ、今はハタヤ君のとこいるんだって」

聞いてみると、サクラお姉ちゃんはあっさりと教えてくれた。

「そう、なんだ」

「シヅオなんか紹介するんじゃなかった!ってハタヤ君言ってた」

「そう…」

「でも、それでもシヅオを放り出さないのが、ハタヤ君らしいけどねー」

サクラおねえちゃんは、ぷいぷいっ、とスプーンを振りながら言う。

「ヨシノちゃんは、放り出せ、とか。私が殺してやる!とか言ってた」

あながち冗談じゃないかもよー。
私も、そのくらいは思ったもの。と。

サクラおねえちゃんは冗談ぽく言う。

「ヨシノちゃんもさ、超心配性の、姉バカだから」

そう言って、またけたけたとサクラお姉ちゃんは笑う。

「ヒナちゃんがね。大切過ぎて。ついつい口出ししちゃうのよ」

「ん・・・」

もそり。とオムライスを口に運んだ。

とろっと半熟で、バターの香りのする卵。
口の中で溶けて、おいしいな。って思った。

「ここでしばらく、ゆっくりしてていいから。ね?」

サクラおねえちゃんの、優しい言葉が胸に沁みた。


そうよ、本当は分かっていた。
私はとってもろくでなしで。

シヅオと同じくらいの、ろくでなしで。

こんな私が、どこへも行けるなんて。
そんなことがある筈がないのだ、と。



私は、この時さえ、そんな甘えたことを思っていて。
それを、後悔することになるなんて。

このときは、微塵も思わないでいた。


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