離れていても心は1つ・・・だと良いな

離れていても心は1つ・・・だと良いな

自立して歩ける子になりますようにとの思いを込めた我が子”あゆみ”

3歳で発達障碍を告げられたあゆは今、親元を離れて寮暮らしをしています。

あゆの成長を身近に見守ることができない今、自分があゆにできるのは何なのか、問い続ける日々になりそうです・・・

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ギターを買ってはみたものの

2,3か月でまた弾かなくなってしまった私

丁度膝を壊して長時間同じ姿勢に耐えれなくなったこともあるけど

ぶっちゃけ、飽きたw

 

 

それがまた手に取る気になったのは

キャス友さんたちとの出会いがあったから

 

殆ど弾き語りをしているキャス友さんたちの中で、

一人カラオケで歌ってたんだけど

コラボで会話しているうちに

うっかりギターの知識が多少あることがバレてしまい

「絶対弾けるやろ!」

と・・・

しばらく抵抗したものの皆さん諦めず

仕方ないので

あまりの下手さ加減を聞けば諦めるだろうと一度やったら

逆に皆さんの指導欲に火をつけてしまったw

 

申し訳なくて

せめて少しでもいい音でと

コンデンサーマイクを買い

マイクをつなぐためにインターフェイスを買い

ギター用の楽譜本を買い・・・

 

只今ギター修行中💦

 

 

 

ギターを始めたのは、5年生の頃だった。

 

たまたま家にあった兄のギター

ギター好きの担任

ギタークラブができた

 

そんなきっかけで手に取ったギター

クラブ員は全員がクラブで初めてギターを始める子ばかり

だから、音階からアルペジオから、基礎の基礎から教えてくれた

小学生にFは無理なことは多分クラブの先生も承知だったのだろう、

その存在のみは聞いた気がするが、それを使わない曲ばかりだった

 

オブジェと化していたギターの有効活用を親も喜び、

習っていたピアノを触らなくなったことを憂いつつも

日増しに上達していくことをも喜んでくれた


けれど、楽しんでいたかと考えると

多分楽しんではいなかったように思う

クラブのほかのメンバーに負けたくないという思いがあったことだけを覚えている

 

そしていつしか

ギターはいじめに対するストレスのはけ口になっていった

はけ口だから、弾ける曲ならなんでもよかったし

何でもいいから、新しい曲を開拓しようとも思わなかった

新たなストレスになりそうなFを頭から追い出して

同じ曲を同じアルペジオで

毎日毎日弾き語った

 

そして

はけ口だったから

いじめから解放されると急速に私はギターから遠ざかり

それでも一人暮らしの部屋に引っ越す時には持って行ったものの

結婚時に手放した

 

弾かなくなってから30年

手放してから20年

それでも、もう一度ギターを手に取ろうと思ったのは

オオツエさんとの出会いが大きい

 

ツイキャスの中で、私の音感を褒めてくださったこと

そして

本当に楽しそうに愛おしそうにギターを弾く姿に

かつてはけ口としてギターを弾いた自分を重ね

自分もギターを楽しむことができるだろうかと

ふと思ったんだ・・・

 

 

ツイキャスで歌うようになって、いつの間にか1か月が過ぎた

 

 

元はと言えば、オオツエさんを見る為だけにとったアカウント

それ以外では開くことなんて全然なかった

 

プレミア配信でツイキャスの機能の話が出て

何となく他の人のを見る気になって

ついついいつもみたいにコメントしたりして

そのことを喜んでくれるのがなんか嬉しくて

 

んで

とある部屋で誘われるままに何となくコラボして

上がって見たらいきなり歌ってみろと言われて

これがまたすんごい絶妙な誘い方で

ついついアカペラで何の曲だったかを1番だけ歌って

 

そしたらなんかえらい褒めちぎられて

それがお世辞と分かってても何かすごく嬉しくて

何となく夜になるとそこで歌うのが日課みたいになってきて

それでは飽き足らなくなって自分のアカウントでも歌うようになって

それでも飽き足らず

環境をちょっとでも整えようと何気にマイクを買ってみたら

パソコンに接続できるコードがなくて

しょうがないからコードをまたネットで探して買って

やっと届いて嬉々として繋いだら

 

 

音が出ない・・・・orz

 

 

原因が理解できなくて

丁度覗きに来てくれたキャス友さんに泣きついたら

単品じゃ使えないと物凄い呆れ声で言われて盛大にorz・・・・

 

実は私が買ったのは、コンデンサーマイクというレコーディング用のマイクで

オオツエさんがこのタイプのマイク使ってるって言ってたから

それを買えばいいんだと安易に考えた私がアホでした・・・・・・

 

 

インターフェイスを買えば使えるからと言われて値段を聞くと

安いのでもマイクより高いやんorz

 

6千円のマイクを生かすために

2万越えのインターフェイスを買わなきゃならんのかと・・・

もう、買ったマイクを手放そうかとやけ気味に言ったら

キャス友さん達からもったいないと大ブーイング💦

気付くとキャス友さん達、全員機材オタクでした・・・・orz

 

そして今

オーディオインターフェイス

購入寸前です・・・・

 

 

使いこなせるんやろか💦💦

いや、その前に

本当にこれ買えばこれ以上買わずに済むんやろか・・・orz

 

 

ちなみに、買ったマイクは

marantz社のMPM-1000

買おうとしているインターフェイスは

ヤマハ AG06 MK2のセット

・・・このセットにはMPM-1000が付いてるorz

 

AG06と聞いて、AG03で良いのでは?と思われた方へ

もしかしたら後で買い直したくなるリスクを避けるためと

もしかしたら先に買った単品マイクと2本使いたくなる可能性があるからでございます・・・

 

我ながら少々・・・なところに足を突っ込み始めてるなあ・・・

 

 

まあその・・・・

 

今のアーカイブは機材も何も使っていないど素人の歌ですが

まあ、機材を買ってもど素人なのは変わりませんがw

もし興味があればどうぞw

 

 

ミッキー (@c:micky20050201) さんのライブ - ツイキャス (twitcasting.tv)

 

 

 

ハハハ・・・

 

・・・・どんどん羞恥心がなくなってく自分が怖い・・・・

 

 

 

ダウン症のA君は、Sが始まって以来の問題児だった

 

2年前にSに来た彼の

最も困ったのは彼の盗癖で

その目は請け負った仕事の資材にも及ぶから

彼がいる間、スタッフは必死で目を光らせる必要があって

それでも帰る時には

いつの間にか彼のポケットには何かが入っていて

一体いつの間に

と、その日の担当スタッフの膝が崩れ落ちるのが常だった

 

 

毎日来ていた彼が病気になり

来所が半分になって

喜ばないスタッフはいなかった

 

しかし

40歳を過ぎてSに来たA君は

この2年で、20歳以上も年を取ったように思うほど

彼の老いのスピードは早かった

 

Sは作業所だ

仕事の訓練をする場所であるSは

彼にとって居辛い場所になっていき

そしてついに

生活介護の事業所への転属が決まった

 

 

そのことを彼が理解しているのか分からないままに

迎えた最後の日

そこにいた全てのスタッフが

辛い顔を表に出さないよう必死にこらえていた

 

手はかかったけど

思わず手が出そうになるほど怒りたくなる日もあったけど

憎める人ではなかった

それは、全てのスタッフの共通の思いだったんだと

気付く

”いつまで”が見えた頃からは、尚更

 

 

帰り際

さようなら、お別れだよ、元気でね

と告げた私を見て

彼はそっとそっぽを向いた

彼の眼には涙が光っていた

 

認知症が進んでいた彼は

けれど、Sとの別れのことに気づいていたのだ

そのことに気づいたスタッフの目も赤くなっていた

 

 

きっとまた会えるよ

 

そんな言葉を絞り出しながら

かなりの確率で今生の別れであることを想う

 

 

彼の余生が、少しでも穏やかであることを願いつつ・・・

 

 

 

 

 

年明けに半月板損傷の手術をしてから早9か月。

 

術後40日で退院

退院後1週間で職場復帰

最初は松葉杖

3週間ぐらいしてからは普通の杖

いつしか杖がなくても1キロぐらいは歩けるようになり

足を引きずらずに歩けるようになり

階段が苦にならなくなり

今は少しなら小走りに走れるぐらいにまで回復した

 

健診の結果、手術しない方と比べても8割~9割の筋力が回復していて

PTの先生も整形外科の先生も

「すごく優秀ですね!」

と言っていただいた。

 

あとは、1月にプレートを外す手術をし、

経過が良好なら治療としては終了になる予定だ。

 

 

ただ、

時々入院仲間と話をするんだけど、

みんなまだまだ痛みと戦い中で、ゆっくり歩くのがやっとの人が多い。

痛み止めが手放せない人も多く、

退院してから半年以上が経っているのに職場復帰も難しい人も何人もいる。

 

 

私は幸運だったな、とつくづく思う。

たまたま半月板が切れたことに気づき、検査の結果O脚が見つかり、

一緒に手術で治しましょう、ということになった。

だけど

仲間の多くは立ち仕事によりO脚になり、

痛みを我慢しながら仕事を続け、

我慢できなくなって手術に踏み切った、という状態だった。

我慢している間に切れていた半月板は修復が難しい程ボロボロになり、

O脚の足の曲がり具合は私とは比べ物にならない。

 

 

だから

もし手術に迷いながらこのブログにたどり着いた方がもしおられたら

早めの手術を強くお勧めします。

信頼できる病院と医師を選ぶことも大事です。

今が大丈夫でも

半年後が大丈夫でも

3年後には大丈夫ではないのです。

 

 

このブログが、誰かの未来の苦しみを少しでも回避できるお手伝いになれば良いなあ・・・