[放射線ストレス]被曝量・差別への不安

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2011年4月14日 読売新聞)


東京電力福島第一原発事故で避難した人たちの間で、放射線災害に特有の不安が高まっている。心のケアの専門家は「被災者の精神状態の安定を支援する対策が急務」と指摘している。(高梨ゆき子)


福島市のあづま総合運動公園の避難所にいる南相馬市鹿島区の主婦、伊佐井真希さん(38)は「放射線は目に見えないから余計に不安」と話す。3月19日、10歳と2歳の子どもを連れ避難した。自宅は屋内退避とされた区域(福島第一原発から20~30キロ・メートル圏)より1キロほど外側だが、子どもは放射線の影響を受けやすいと聞いたためだ。夫は仕事で自宅に残る。「南相馬の出身だからと差別され、子どもたちが将来、結婚できなかったらどうしようとか、そこまで考えて落ち込んでしまう」と表情を曇らせる。


 相馬市の避難所で暮らす南相馬市小高区の斎藤悦子さん(62)は、同居の長女と2人の孫は東京に避難した。「地震で家はめちゃくちゃだけど片づければいい。でも相手が放射能ではどうにもならない」と涙をこぼす。


浪江町の避難区域から福島市の避難所に来た大工の松本進さん(52)は、原発で水素爆発のあった3月12日、おびえる長女(16)にせかされ、作業着のまま逃げ出した。妻は高齢の母を気遣って町内に残り、長男(20)、長女と3人で避難場所を探し転々とした。


 松本さんは「こんな思いで暮らすのはもう限界。仕事も学校もどうなるのか、この不安がいつまで続くのか、はっきりしてほしい」と、やりきれない思いをはき出した。


福島第一原発事故は、事故の深刻度を表す国際的な尺度で、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故と同じ史上最悪の「レベル7」に暫定評価が引き上げられたものの、これまでの周囲の累積放射線量は、発がんなど健康への影響が出始めるとされる100ミリ・シーベルトより低く、国の原子力安全委員会は「現段階の一般住民の被曝(ひばく)量で将来的に健康影響が出ることはない」としている。


だが、放射線災害では、身体的な影響がなくても「放射線ストレス」による心の影響が深刻な場合がある

災害心理学に詳しい武蔵野大教授の小西聖子(たかこ)さんは、「放射線は目に見えない、個人の努力では防げない、深刻な影響があるというイメージが強いなど、人が不安に感じて当然の要素が多い」と話す。


不安を完全に消すことはできないが、災害直後の心のケアで重要なのは「安全・安心の確保」と「生活の安定」だ。日常生活が不安定だと、人はさらに不安を感じやすい。なるべく早く当面の住居や仕事を提供し、生活の見通しを具体的に示すことが大切だという。


根拠のある科学的情報を繰り返し伝え、わずかでも放射線を浴びた人への差別もなくしていく。「問題ない」「大丈夫」と不安をただ否定することは役に立たない。不安な人の話に耳を傾け、気持ちを受け止める。


小西さんによると、心理学の研究では、自然災害より人災の方が人々の心へのダメージが大きい。しかも放射線災害では人は特に不安に陥りやすい。


放射線ストレス

放射線災害では、健康に影響が出ない程度の被曝(ひばく)でも、人は不安感を抱きやすい。チェルノブイリ原発事故では、身体的な影響以上に精神的なストレス によるアルコール依存症や放射能の不安による人工妊娠中絶などが社会問題になった。


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