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いつものようにキャラ崩壊、設定無視などございます。
かなりのお目汚しとなりますが、それでも宜しければ。
耳に残るは優しく名を呼ぶ君の声。
どんなに離れていても
どんな状況であっても
風がかき消そうとしても
愛おしい君の声が聞こえる。
もっと傍にいたくて
もっと触れていたくて
もっと抱きしめていたくて
もっと名を呼んで欲しくて
だから、
君の名を呼ぶ。
寒かった京の山々も新芽を芽吹かせ、山桜もその存在を知らしめるように花を咲かせる。
『あ…今日も、綺麗』
稽古の合間、一息ついた冴は近くで咲いていた山桜に見入っていた。
幼子のような短い髪は風で弄ばれる。
一通りの家事を済ませた冴はその日も時間を持て余し、
一人、家から少し離れた場所で稽古に励んでいた。
両親は既に冴の幼い頃に流行病で亡くなり、
一人の孫娘だった冴に祖父は家事・学問だけではなく、剣術も教え込んでいた。
自分が男だったら祖父はそれだけでも十分喜んだだろうということは
幼いながらも冴は理解していた。
剣に関して冴は従順に祖父の教えを体現し、自分のものとしていった。
お陰で絡まれたり、襲われたりしても困ることはない。
だが、厳しくも優しかったも祖父も半年ほど前に亡くなった。
元々人里離れた場所住んでいて、祖父が亡くなったことで身寄りもなくなり、
独り、淡々と生きていた。
剣術の稽古も冴にとってはただの暇つぶしであった。
人目を気にしないので、ざんばら髪ではあったが、
きちんと胴衣を着、見えぬ祖父と稽古していく。
その日も一人稽古をしていると不意にどこかから視線を感じた。
感じた視線の方向を見ると、茂みから男が3人現れた。
冴は男達に木刀をまっすぐに向ける。
一人の男が冴に歩み寄り声をかける。
「ああ、稽古の最中に済まない。少し山道をそれてしまってな。どうしたもんかと考えている時に君を見つけたんだ。
君の稽古に見入ってしまったよ。君、いいものをもっているな。よければ流派を教えてくれ」
その男の物腰や言動に心に熱いものを秘めている感覚になり、冴は引き込まれるのを感じた。
「流…派?」
「ああ」
男は目を輝かせながら冴の答えを待つ。
「流派はわからない…。師が祖父だから」
淡々と答える冴。
「そうかい、君のおじい様はよほど腕が立つとみられる。では君はどこかの道場に所属していたりはしないのか?」
「…してない」
「そうか!ならば俺のところへ来ないか?今、募集をかけているところなんだ」
冴の答えに男は嬉々として誘う。
「…」
軽く眉間に皺を寄せ不信の念を抱く。
「何、見学だけでもいい。ちょっと覗きに来てくれ。見たところ、稽古の相手もいなさそうだ。
俺のところならば稽古の相手などゴロゴロいる。君くらい、いや君より腕の立つやつだっているはずだ」
手ぶり身ぶりしながら冴に語りかける男。
「…」
正直、冴も独りでの稽古には飽きてきていた。
「どうだ、来てみないか?」
「…はい」
まっすぐな目をしている男の勢いに半ば押されて、冴は短く返事した。
「おお!来てくれるか!!」
男の顔が破顔する。
その様が眩しすぎて、冴は少しの戸惑いを覚えた。
「君、家は近いのか?」
「…はい」
「ならば今から道場へ行けばまだ間に合うはずだ。家族にも伝えてくるといい。行くにはそのままの格好でいいだろう」
うんうんと自身で確認しながら男は頷く。
「あ…、申し訳ないが道案内もしてくれると嬉しいんだが…」
申し訳なさそうに言う男に冴は思わず笑みを零した。
『何だか憎めない人だな』
「…わかりました」
冴は小さく頷いた。
「すまん、助かる。では私達はここで待っているから」
男の言葉を背に冴は家へと向かった。
「近藤さん、あんなひょろっこい奴までに声をかけなくても…」
付き添う、がたいの良い男が小声で伝える。
「何だ、お前あの稽古を見てなかったのか?相手してみるとわかるはずだ。彼がどんなものを持っているか」
その近藤と呼ばれた男は自信ありげにうんうんと頷いた。
「はぁ…」
男は軽く頷くだけだった。
小さな風呂敷包みだけを持ち、近藤の前に現れた冴。
「おお、来てくれたか。じゃあ行こう。道はこの方向で良かったかな?」
「はい」
「あ、名を聞いていなかったな。君、名を何という?」
「松原…」
「松原くんか。私の名は近藤勇と言う。宜しくな」
ニカっと笑う近藤に冴は静かに頭を下げた。
道中、近藤が冴を気遣い話しかけるも、冴は短く返事するだけだった。
柔らかい水色を纏った空の下、緩やかに風が揺れている。
京の市中はその日も活気に溢れ、賑やかだった。
冴が市中に下りるのは二、三月に一度くらいで、やはり人混みには少し居心地の悪いものがあり、小さく息を吐いた。
連れてこられた屋敷はかなり大きく、屋敷内に入ると道場と思われる場所からは勇ましい声が届いていた。
少し緊張した面持ちで近藤たちに続く冴。
「松原君、ありがとう。山中での道案内助かったよ」
冴に向き合い、付き添いの男達と共に近藤も軽く会釈をする。
「申し訳ないんだが、俺もこの者たちも所用があって道場には行けないんだ。誰か…」
キョロキョロと周りを見渡す近藤。
「おおっ!いいことに来た!平助!」
「おかえり、近藤さん。ちょっと遅かったな。もう終わりそうだぜ?」
近藤の元に駆けつけた藤堂。親指で道場を指しながら話しかける。
「ああ、山中を迷ってしまってな。でもお陰で松原くんと出会えた」
冴の肩をポンと叩き、にこにこと笑う。
「へえ…」
藤堂は冴に軽く視線を向ける。
「平助、悪いが松原くんを道場へ連れて行ってくれないか?」
「は?こいつも道場連れてくの??!」
近藤の言葉に藤堂は目を丸くする。
「何だ、不満か?俺が見た限りいい腕を持っているぞ!」
拳を握って頷く。
「ほんとかよ…」
眉間に皺を寄せ、冴をじろじろと見やる。
「じゃあ、平助。松原くんを任せたからな!」
踵を返して付き添いの者と玄関へと入っていった。
近藤の背中を見つめながら大きく溜め息を付いた藤堂。
「…ったく。近藤さんも相変わらず強引だよなぁ。…仕方ないから道場へ連れてってやるよ。
その代わり気を失っても知らないからな。怪我しないうちにとっとと帰れよ?」
踵を返し道場へと足を進め、溜め息混じりに言葉を吐く。
立ち止まり振り返りながら、うんざりとした表情でもう一度冴を見やる。
「お前みたいなひょろっこい奴、ホント大丈夫かよ…」
藤堂の表情に冴は風呂敷包みを持っていた手に次第に力を入れた。
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始まりました~。
「君の名を呼ぶ」、第1話です。
宜しくお願いします。
みふゆ