「被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明できない事実関係」とは | 御苑のベンゴシ 森川文人のブログ

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 ブログ「疑わしきは罰せずの意味 諦めない闘いを」(4/6)でも触れましたが、その後、4月8日に宇都宮地裁の「栃木女児殺害事件」でも、この「被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明できない事実関係」(最高裁第三小法廷平成22年4月27日判決)の文言が判断「基準」として用いられました。

 宇都宮地裁判決の報道(4/9朝日)されている要旨によると、Nシステムの通行記録、遺体に付着していた獣毛、遺体の損傷、「その他の証拠から認められる事実も考えれば、被告が犯人である蓋然性は相当に高いが、証拠から認められる客観的事実をそれぞれ具体的にみれば、被告が犯人でないとしたならば合理的に説明できない事実関係が含まれているとまではいえない。客観的事実のみから被告の犯人性を認定することはできない。」と、まず、判断されています。

 引用されている最高裁第三小法廷平成22年4月27日判決の事案自体、殺人事件(大阪母子殺害事件)で、一審で無期懲役、二審で死刑、その後、上告で破棄差し戻しの際の判決例です。多数意見だけでなく、補足意見、反対意見が多く示された興味深い最高裁判決です。

 そもそも、今回の宇都宮地裁の判決も「被告は犯人である蓋然性は相当高いが」「客観的事実のみから被告の犯人性を認定することはできない。」理由として、「被告が犯人でないとしたならば合理的に説明できない事実関係が含まれているとまではいえない。」との判断を示していますが、蓋然性が相当高いのに、何故、他の犯人がいる可能性を認めるのでしょう?

 裁判所(最高裁)の理屈は、Nシステムだけでは犯行事実が特定できないことを前提に、遺体に付着していた獣毛は被告の飼い猫のものとして「矛盾がない」、遺体の右頸部の損傷は、被告が当時所持していたスタンガンが使われたものとして「矛盾がない」と認定していますが、被告人(ちなみに朝日新聞が被告人のことを「被告」と記載していることは気になります)が犯人であるとの「矛盾がない」間接事実を積み重ねてもダメだよ、ということです。

 最高裁の判決の意見がいろいろ参考になりますが、藤田宙靖裁判官は「『仮説』を『真実』というためには、本来、それ意外の説明はできないことが明らかにされなければならない」として「『被告人が犯人であるとすればその全てが矛盾無く説明できるが故に被告人が犯人である』と『総合判断』を広く是認する方向へ徒らに拡大解釈されることは、厳に戒められなければならないと考えるものである」とまで言ってます。矛盾無く説明できるだけじゃダメということです。

 それから、堀籠裁判官は、反対意見として「裁判人裁判は、多様な経験を有する国民の健全な良識を刑事裁判に反映させようとするものであるから、裁判官がこれまでに形成した事実認定の手法を裁判員がそのまま受け入れるよう求めることは、避けなければならない。」と述べています。裁判官の世界の難しい基準を示しても、裁判員にはわかりにくいんじゃないの?ということだと思います。

 これに対し、さらに上記の藤田裁判官は、「しかし、それ自体一般国民にとって必ずしも容易に理解できる概念とは言い難い『合理的疑いを容れない程度の立証』とはそもそもどういうことであるか「についての手掛かりを全く与えることなく、手放しで『国民の健全な良識』を求めることが、果たして裁判員制度の本旨に沿うものであるかは疑問であるのみならず、刑事司法の原点に立った上での事実認定上の経験則とは本来どのようなものであるかを明示することは、法律家としての責務でもあるものと考える。」と反論しています。ふむふむ。

 さて、今回の宇都宮地裁の裁判員裁判では、上記のように「被告が犯人でないとしたならば合理的に説明できない事実関係が含まれているとまではいえない。客観的事実のみから被告の犯人性を認定することはできない」としながら、結局、被告人の自白の任意性と信用性を認め、有罪であり、無期懲役を言い渡しました。

 客観的証拠による証明の不足部分を被告人の自白で埋めた、という形です。公判では否認しているにもかかわらず、です。

 改めて疑わしきは罰せず、の「疑わしきは」の意味を考えると、矛盾なく説明できる程度のかなり高い犯人の可能性=疑わしい程度であれば、無罪にせよ、という原則ということになると思います。う~ん、難しいですねえ。

 さて、今回の栃木女児殺害事件の判断はどうなんでしょう?疑わしいを超える、確実性が自白で認定できるのでしょうか?そもそも自白で客観証拠の不足を補うのでいいのか?

 いろいろ、いろいろ考えさせられますね。刑事裁判の厳しさと真面目さが問われると思います。そしてそれ自体は、interestingです。