掲載したのは,かけ算の順序が日本で初めて話題になったときの朝日新聞の記事です(1972年1月26日)。ちょうど40年前です。
今の議論と違うのは,「1つ分の数」と「いくつ分」ではなく,「被乗数(もとになる数)」と「乗数(倍する数)」の語を使っていることです。
父兄は,みかんをトランプ配り(という用語は記事には出てきませんが)することを考えれば,人数の6を被乗数にすることもできるではないか,また,4×6=6×4は「一般的な常識」で,「数学上,交換法則にもとづく真理」ではないか,と主張しています。
この記事について書いた遠山啓(『科学朝日』1972年5月号,著作集『量とはなにかⅠ』所収)も,基本的に父兄の意見と同じで,2人とも,「被乗数×乗数」という順序で考えています。(遠山は,「1あたり」「いくつ分」という用語も使っていますが,「いくつ分」は,その後の数教協の使い方と違って「全部の量」の意味です。)
この時代,「乗数×被乗数」の順序でも良いではないか,という意見がなかったかというと,そうではありません。
実は,かけ算の順序が日本で初めて問題になったのは,1972年の朝日新聞の記事ではなかったのでした。
掲載したのは,http://ameblo.jp/metameta7/day-20120114.html
でも紹介した『算数・数学教育つれづれ草』(佐藤俊太郎編著,2010年10月,東洋館出版社)です。
これを見ると,1965年ころ,大阪・神戸の帰国子女の親が,5円の品3個の代金の式を,3×5と書いてダメにされ,問題化したとあります。
日本では「単価×個数」の順序であっても,海外では「個数×単価」の方式もあることを,帰国子女の親たちは問題にしたのでしょう。正に「乗数×被乗数」「いくつ分×1つ分」の順序です。
しかし,これは全国的な問題にはならなかったようで,少なくとも遠山は知らなかったでしょう。もしこの問題を遠山が知っていたら,どのような意見を述べたか興味がわきます。なぜなら,金額5円は,みかんの個数と違って連続量で(金額は,How much? と問う),トランプ配りができません。(5円を1円玉に換えればトランプ配りはできますが。)
遠山は,1960年に「量と比例」という文章で,次のように書いています。(『教師のための数学入門・数量編』,著作集『量とはなにかⅠ』所収)
「(度の)第二用法は,内包量×外延量という計算になる。もし乗法の交換法則を連続量にはまだ適用しないほうがよいとしたら,これは外延量×内包量とは書かないほうがよいだろう。じじつ,
密度×体積=重さ
速度×時間=長さ
単価×分量=価格
とは書くが,
体積×密度=重さ
時間×速度=長さ
分量×単価=価格
とは書かないし,それはひどく考えにくいだろう。」
遠山がこう書いてから半世紀以上を経た現在,もはや「ひどく考えにくい」ということはなくなっているでしょう。むしろ,日本でも領収書などの書式は,「分量×単価=価格」の順序が大半になっています。
「もし乗法の交換法則を連続量にはまだ適用しないほうがよいとしたら」と,遠山が留保した理由がわからない。社会意識への配慮だったのか,教育的配慮だったのか? 留保の必要がなくなった現在,連続量にも交換法則を適用して,「外延量×内包量」と書いても,当然良いということでしょう。
掲載した『算数・数学教育つれづれ草』は,1978年以降現在までの『指導書』『学習指導要領解説』は,「5×3」と「3×5」の双方を「正答」としていると解釈しています。双方とも「正答」であることには異議はないのですが,文科省もそのような見解だと解釈できるのかというと疑惑が残ります。
