「交換法則が成り立つかけ算」と「成り立たないかけ算」 | メタメタの日

 筑波大附属小の田中博史さんの「単項演算のかけ算と二項演算のかけ算」については,その批判を含めて,黒木玄さんのtwilogで教えてもらった。http://ameblo.jp/metameta7/entry-11134977342.html#main

http://twilog.org/genkuroki/date-120114/asc


 根上生也さんの「かけ算には倍概念と積概念の2つがある」という話と大体同じと理解すればよいということだ。

http://www.twitlonger.com/show/f6hhr2

 かけ算とは何であり,子どもにどう教えればよいかについては,「算数教育ワールド」に短くない歴史がある。

※一般社会の常識や数学界の主流とかけ離れて,ガスパラゴス化(@白川克http://blogs.itmedia.co.jp/magic/2011/12/6886-2d5b.html )した算数教育界を,私は,「算数教育ギョーカイ」と呼んだが,案の定「算数教育産業界」のことと誤解されてしまった。これも黒木玄さんの命名にならって「算数教育ワールド」と呼び直すことにする。ギョーカイよりワールドの方がはるかに品のあるメーミングである。閑話休題。

戦前の「緑表紙」の国定教科書や戦後の啓林館の教科書の執筆・編集者の塩野直道によれば,かけ算は「同数累加」の簡約算である。(同数累加と解するのは塩野の専売特許ではないが。)

1958年版と1968年版の『学習指導要領』の責任者の和田義信によれば,かけ算とは「基準量と割合から比較量を求めること」,つまり「割合=倍」である。(これも,和田の専売特許ではないが,和田は,それまでの指導要領の同数累加の考え方の限界を超えるために,こう提起したのだった。)

戦前・戦後のこの2人の文部官僚の教え方を批判したのが遠山啓で,遠山は「量×量」としてかけ算を教えることを提唱した。


メタメタの日-『算数に強くなる』(1962年)

 引用紹介したのは,1962年の年間売上ベストテンに入り,水道方式ブームを引き起こした『算数に強くなる おかあさんの算数教室』(毎日新聞社編,1962年)の133頁。(1)の図は「3」という共通の数を表していることがすぐわかるのに対し,(2)の図は,左にあるものが右にあるものの「3」倍を表しているが,おとなでも瞬間的にはわからない。このように,「「倍」は実体概念ではなく関係概念であり,一つの計算上の「操作」だから」(同書131頁),二年生の子どもにはなかなか理解されない,と当時の『学習指導要領』の教え方を批判している。

ところが,遠山啓の「量×量」を継承した銀林浩さんは,交換法則は数のかけ算では成り立つが,量のかけ算では成り立たないと言い出し,私を含める数教協ファンを驚かせ,失望させた。

http://ameblo.jp/metameta7/entry-10751152152.html

銀林さんの主張は,田中博史さんの,「単項演算の場合は,3×44×3の意味は異なる。これが抽象的な数になり2つの数が対等になったとき,二項演算になる。このときから交換法則が成立するようになる。」と変わらないのではないか。(前後関係で言えば,田中さんが銀林さんの説を受け入れたという関係だろうか?)

また,根上生也さんの,「倍概念は単位を変化させません。ベクトルのスカラー倍と考えてもよいです。この場合には明らかに掛け算には順番があります。」にも通ずるものがあるのか。


確かに,遠山啓が,「6人の子どもに4個ずつミカンをくばる問題」で,4×6でも,6×4でもどちらでも良い,と言ったとき(1972年)には,トランプ配りを考えれば6も「1あたり量」になるからという理由であって,「1あたり量×いくら分の量」という順序は守っていた。

しかし,遠山が,それまでのかけ算の教え方を批判して,「量×量」を提起したのは,次のようなことではなかったのか。


明治時代以来,かけ算は,「被乗数×乗数」として教えられてきた。(被乗数と乗数の交換法則を伴って。)

「被乗数」は「multiplicand」の訳,「乗数」は「multiplier」の訳であって,もともと漢字にあった用語ではない。中国と日本の数学にもともとあった用語は,被乗数にあたる語が「実」,乗数にあたる語が「法」だった。つまり,「実」はコンテンツ(モノ),「法」はオペレータ(ハタラキ)ということになる。これは英語の意味にも合っているだろう。multiplicandは「倍増されるモノ」,multiplierは「倍増するというハタラキ」だろう。

明治時代に「3×4」という数式表現が西洋から日本に入ってきたとき,「×」記号の前の数字がmultiplicand,後の数字がmultiplierだった。(今は,英語圏では逆になっているというのは,かけ算の順序論争の基礎知識になっているが。)

3×412 という式は,3個のモノを4回乗せるハタラキで12個のモノが積まれたことを表していた。4個のモノを3回乗せるハタラキでも12個のモノが積まれるから,3×44×3という交換法則が成り立つという理解だったのだろう。事象は違うが,事象の結果は同じ,という理解だったのだろう。

つまり,「被乗数×乗数」の順序は,「モノ×ハタラキ」という順序であった。ハタラキは,モノに対する働きだから,モノが先に来るのが「自然」だろう。ところが,本家の英語で,「3 multiplied by 4」と読まれていた「3×4」が,「3 times 4」と読まれることが主流になり,「ハタラキ×モノ」の順序になってしまった。モノの前にハタラキが来るのは ,猫が存在する前に猫の笑いがあるような気もするが,姓が先か名が先かの感覚かもしれない。

3×4で,後数がオペレータだということは,(3)(×4)という理解であり,交換法則も,(3)(×4) (4)(×3)という理解だったのだろう。しかし,前数がオペレータに変わっていく過程で,交換法則の理解も,(3)(×4) (4×)(3) も許容するものになったのではないか。つまり,(モノ3)(×ハタラキ4)(ハタラキ4×)(モノ3) という理解である。交換法則とは同一事象の異なる表記,という理解である。

何を隠そう,私のかけ算の交換法則の理解はこの型(新型)だった。つまり,

 被乗数(3)×乗数(4)=乗数(4)×被乗数(3)

同一事象の異なる表記としての交換法則は,現在,学習指導要領でも,長方形の面積の求め方,「縦(3)×横(4)=横(4)×縦(3)」として認められているが,これも,もともとは「縦(3)×横(4)=縦(4)×横(3)」という理解だったようだ。学習指導要領には,長方形の面積を求める公式として「縦×横」と「横×縦」の2つが明記されているが,平行四辺形の面積については「底辺×高さ」のみで,「高さ×底辺」が明記されていない理由は,元型の交換法則しか認めていないという疑いがある。http://ameblo.jp/metameta7/day-20110831.html



(つづく)