◆恋愛純情◆
-*8*もう止められない好き-
「海李」
そう、私の発した名前は海李。
槇斗じゃなくて、海李――。
槇斗は、もう仲良くなったのか?と言う、疑問の目線を向けていた。
「結菜…?」
首をひねった海李とは対照的に、槇斗が目を見開いた。
海李、結菜。
名前で親しそうに呼び合う私たち。
何かに感づいたのかもしれない。
それでも、私は――海李が好きなの。
「あのね」
次に私が言う言葉。
それは、私と槇斗にとって破滅の言葉。
でも、いいの。
大事なものが、見失いたくないものが。
目の前にあるんだから――。
「 …大好き 」
槇斗の表情、見なくても分かるよ。
槇斗のバンド仲間たちが、フォローを入れる。
焦りながら、友達として、だよな?と聞いてくる。
唄は、まるで怯えるかのように私を見る。
海李は…じっと、私を見ていた。
「ううん、恋愛感情として、だよ――」
槇斗が、何も言わずに、病室から飛び出す。
「お、おい!槇斗っ」
バンド仲間が、後を追う。
私を横目で、睨み付けながら。
――ガンっ
扉を開ける直前。
「なんだってんだよ…!」
その言葉だけを残して。
「 結菜 」
慌ただしく流れる時間の中、唄に呼ばれた。
―――パシンッ
鈍い衝撃が、頬にあたる。
「うっ」
唄が私を殴った。
「最低…見損なった…!!」
唄も、槇斗の後を追う。
静かになった病室の中、取り残された海李と私。
海李は口を開くことなく、驚いた目で私を見つめてた。
まるで、時間が止まったように。
◆
『海李か?』
受話器の向こうで聞こえる、声。
「…槇斗?」
『悪りぃんだけど、頼みがあるんだ』
いつでも男子のリーダーに当たる存在の槇斗。
明るくて強気で、頼りになって。
そんなこいつが、弱弱しい声で俺に言う。
「頼みってなんだ…?」
恐る恐る聞くと、また弱弱しい声で。
『結菜を――、俺の彼女を捜してほしいんだ』
「彼女?」
意外過ぎる言葉に、思わず聞き返す俺。
『…』
黙りこくった槇斗を察し、俺はこいつの彼女を捜すことに協力した。
◇
「つっても分かんないし…」
どこにいるのかも分からない、顔も分からない。
そんな女を捜すなんて、ほぼ無理だ。
そんなの俺でも分かってる。
だけど、あいつの弱ってる姿を、これ以上見たくない。
だから俺は協力することに決めたんだ。
…なんて、そんな事を考えながら、意味もなく電車に乗り込んだ。
あいにく、すいてる。
俺は入口近くの空いてる席に座った。
そう、結菜と出合えたキセキの始まりはここだった。
≪出口は、左側――≫
次の駅に着いたようだ。
流れるような人が電車に乗り込んできた。
さまざまな制服の女。
〝結菜〟という名前にぴったりな女を、そのなかから感で見つける事を試みた。
でも、駄目だ。
分からない。
はぁ、無理なんじゃないのか――?
諦めかけた時、膝に何かが当たった。
滴…涙?
上を向くと、吊革に捕まって涙をこらえる女。
誰から見ても、泣いてるのに、それでも必死に隠そうとするこの女。
「…ぅっ」
口から出た、嗚咽に自分で驚き、口を塞ぐ。
―――ドクンッ
心臓が煩い。
そうしてだ、なんか、身体が熱い。
まさか、これが恋だなんてまだ分からなかったんだ。
そして、この惹かれた女が〝結菜〟だなんて事も。
最悪な恋愛の始まりだということも。
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