◆恋愛純情◆
-*2*壊れてく自分-
「…ただいま」
家について、返ってくるはずのない〝ただいま〟を言う。
返ってこない。
分かってるはずなのに、何故か心が抉られる様に痛む。
文化祭で浮かれていた心も熱くなってた身体も、急激に冷え込む。
さっきまでの唄との明るい時間も、槇斗を見て舞い上がってた自分も。
この温度差が、私を苦しめる。
誰もいないリビング、温めたのに取り出されていない電子レンジのピザ。
どうして私の生まれた家は、こんなにも虚しいの?
「あ、れ」
瞳から溢れだした涙。
どうして?止まんないよ。
恥ずかしくて悔しくて、誰もいないリビングで、人目を気にして泣いた。
泣きわめいた。
泣いて物事が解決するほど世界は甘くはない。
分かってる――けど。
泣けば誰かが助けてくれるような気がして。
私は、自己満足の世界にのめり込んでいった。
◆
―――♪
「ん」
いつものオルゴールの音が、やけに煩いと感じた。
誰だろ、なんて考えは無く、私は直感で誰だかわかったような気がした。
表示された名前は「槇斗」。
やっぱり私を守ってくれるのは、槇斗だけだよ。
私は床に転がり落ちた携帯電話に手を伸ばす。
泣きすぎて晴れた目も、張り切ったはずだったけど崩れ落ちたメイクも。
電話なら槇斗にばれない。
――なんて思えるほど私は強くない。
私の今の姿を見たら、槇斗は来てくれるかな?
来てほしい。
私の前に来て、いつもみたいにぎこちないけど、優しく抱きしめて。
この時の私は、自分で分からなくなるくらいに歪んでた。
早く気付けば良かったんだ。
槇斗を必要とするのは、私自身が傷ついてる時だけだってことに。
私が苦しんでる時は助けてもらって、槇斗が苦しんでる時には知らん顔。
そんな私でも、すきだと言ってくれる。
その優しさを、悪用しすぎたんだよ――私。
今だから分かる、槇斗の優しさ。
でも過去の自分は、未来の自分の想いなんて気づくはずも無く、
無意識に彼を気づ付けはじめる。
オルゴールを奏でる携帯に、手を掛けた。
ピッ
『結菜!俺らのバンド、見に来てくれたんだなっ』
電話から、槇斗の明るい声が聞こえる。
「うん」
『どうだった?あの曲、俺らで考えたんだぜっ』
「良かったよ」
違う。
私の言いたいことは、これじゃない。
もっと褒めたいのに。
上手かったよ、感動したよって、槇斗に言いたいのに。
『…結菜?どうしたんだよ――』
どうした?
なんで分かってくれないの、私は辛いのに。
そんなに楽しそうにバンドの話しないでよ。
早く来てよ。
「怒ってないよ」
あからさまに口調を強めた。
もしかしたらって、思ったから。
怒ってるって思ったら、槇斗が私の所に来てくれるんじゃないかって、思ったから。
『そっか、なら良かった』
…なんで。
何かが少しずつ湧き上がってくる感覚。
『じゃあ、俺これからバンドのやつらと打ち上げいってくんなっ
返ってきたら、また電話するよ!』
嗚呼、そうか。
湧き上がってきたのは――怒り。
「…………馬鹿っ!!!」
耳から電話をはずすと、勢いよく通話中止ボタンをおした。
収まらない怒り。
何、バンドバンドって。
私はバンドよりも後なの!?
なんでよ、助けてくれないの?
渇いたはずの涙が、また湧き上がってくる。
「なんで…よ」
ぽた――ぽ、た
地面に落ちる涙の滴が、私を嘲笑う。
〝見捨てられた女〟と。
「助けてよ、私を・・!」
涙が止まらない。
涙は女の武器って、誰かが言ってた。
その通りだと私は想った、はじめて実感した。
泣けば、弱さを見せれば、誰かが助けてくれるんだから。
でも私は、
縋リツク人ガ居ナイ
唯一の大切な人を、突き放してしまった。
「もう嫌」
もう、自分自身が嫌。
家を見回して、誰もいない事を確認すると、私は玄関の扉に手を掛けた。
どこか遠くに行きたい。
理由なんてないけど、ただ。
どこかに行きたい、自分を知る人のいないところに――。
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