間に記事を二つ挟むことになった。
永野( 別窓 )の続き。
思いがけず、嫌いなお歴々を挙げたので、浄化記事を書こう。
浄化、浄化。
私は、本当は、ラッセンに吹く。小磯良平に吹く。佐藤忠良に吹く。平山郁夫に吹く。中山忠彦に吹く。千住博に吹く。ラ・ムーに吹く。
笑うという行為は、安全な恐怖に対する反応らしい。
人気の大家に私が吹くのは、鑑賞に身構えていたところに、あるいは人生を送る気構えに対して、安全すぎる作風に拍子抜けしちゃうんだろうな。
ゲロッパ!
吹き出す。でも、好き。
普通の刺激じゃ、効かないの。
ところで、皆さん。
永野さんの芸の意味を 分かっているのでしょうか。
ゴッホより、普通に、ラッセンが好き
ピカソより、普通に、ラッセンが好き
この芸を元にした、ラッセンとゴッホどっちが好き? と言うブログネタも酷いが、投票結果が、同数で割れるなんて、目眩いを覚える。
ゴッホ、ピカソと時代を超えて不変の価値を認められた作家と、業者の戦略で持ち上げられたに過ぎない作家のラッセンを比べて、
ラッセンが、好きー!
と、叫ぶから、面白いんじゃないの。
取り敢えず、ラッセンを好きと公にすることは、実は恥ずかしい事だと認識してますか。
と、いう一般常識を陰に認めないと、永野さんのこの芸は、成立しないんだけど。
誰も商売の邪魔はしないけど、ラッセンを買っちゃった方が見て、恥ずかしくなる芸のはずなんだが。
そこを言っちゃたのが、この芸の真髄でしょ。
実は、このブログネタで投稿された人様の記事を読み回って、全く理解されてないことが、分かった。
信じ難いが、これが現実。
皆、小学生と一緒で、永野さんの所作に笑ってるだけなのね。
物の価値を知らぬ盲が集って、ブームとなる。
起きろー!
覚せい剤うたずに 覚醒しよう
今回の記事の後半、かなり頑張ったが、本来、私は馬鹿に合わせて易しく書かないぞ。
既に答えはある。
『 芸術論 基本のキ 』/ 別窓
型にはまって、エネルギーが感じられない物に吹く。
JB は吹いてしまうが、エネルギーが溢れている。
大衆は、型にはまった、死んだ文化が大好きだ。
傷つかずに済むからだ。
優越感に浸れるからだ。
自身に酔えるからだ。
大衆の想定外の馬鹿っぷりを知って、動揺しなかったと言えば、嘘になる。
それでも、負けないぞ。