著者: 浅田 次郎
タイトル: 壬生義士伝 上 文春文庫 あ 39-2

勝手に採点 ☆☆☆☆☆

幕末をまさに疾風の如く駆け抜けた新撰組。
貧困から南部藩を脱藩し入隊した吉村貫一郎中心に描く異色作。

随所に「泣かせ」が散りばめられ、気を抜くと涙が頬を伝う。
理由は、吉村貫一郎の独白で吐露される本心。

あの時代に「公」を捨て、守銭奴と蔑まれても妻子のために「私」
にこだわり続けた頑なさ。

武士道を捨て、あくまで家族と故郷にこだわり続けたその愛情は
次第に周囲の人間をも感化させていく。

みすぼらしい姿に成り果て、命の如く大切な刀剣が日々の死闘で
痩せていっても、自身には金を使わず田舎に金を送り続けた執念。

藩校の助教としての高い教養と北辰一刀流免許皆伝の卓越した

腕前を持ちながら、身分の低さから職に恵まれず、家族を養うため

脱藩せざるを得なかった悲しい運命。

人殺しに明け暮れ、身も心もボロボロになりながらも郷愁と妻子を
支えとして、狂乱の時代を生き抜いていった男。

さらに、涙を誘うのは幼馴染みで親友、そして南部藩の重職に

あった大野次郎右衛門との悲しすぎる結末。

藩の存続のため傷ついた友を見捨て、過酷な仕打ちをしてまで

引導を渡さねばならなかった悲劇。


特に貫一郎の亡骸にすがり、握り飯を食べさせるシーンは心に

焼き付いて離れない。

浅田文学の真骨頂ともいうべき作品は、壬生浪となった男の愚直

なまで生き様を浮き彫りにし、人々の心を揺さぶり、引き付けてやまない。