JR福知山線脱線事故。


救急医療的にお話しするには、


”クラッシュ症候群”を欠かすことは出来ません。




阪神大震災のとき、多くの死亡の原因とされた


”クラッシュ症候群”。




長時間、瓦礫の下に挟まれ、


救出したときには元気でも、


体の壊れた組織から出た物質


(カリウム、ミオグロビンなど)により


救出後、急に調子が悪くなり、


死に至ることもあるというものです。






今回の福知山線の脱線事故では、


クラッシュ症候群による死亡者が


極めて少なかった事からも


救急救命の進歩が伺えます。




長谷先生をはじめとする


救急医療が注目され、

クラッシュ症候群が専門用語から


一般の人の目に触れた事件でした。





そして、


その単語とともに、


救急医療の長谷先生が


良くも悪くも脚光を浴びていくのです…。


(1)の続きです。






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長谷先生が

実際に多数の取材攻勢を


受けていたことは


確かなようですし、


↓このような番組をはじめとして


多くの新聞やテレビに


取材されていたようです(2)。




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ナショナル ジオグラフィックチャンネル:番組探検 - JR福知山線脱線事故

http://www.ngcjapan.com/explore/2blddp0000003emv.html

事故が報道されるや否や、70km離れた済世会滋賀県病院・救命救急センターの長谷貴将医師率いるチームは、迅速な判断で行動にでる。 1995年の阪神大震災で学んだクラッシュシンドローム(挫滅症候群)という致命的な症状から生存者を救うため、自らの意思で現場に急行した。 ...

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さらには


マスコミの”美談”作りも


非常に個人にとっては重荷になります。




読売の新しい記事から。


>瓦礫の下の医療象徴がなぜ

このようにマスコミによる


”福知山 救急美談”という


簡単なシンボルをつくり、


そこにマスコミが殺到していきました。




そして、


今でも同じ構図で


福知山事故の救急救命の象徴として


先生を取り扱っています。



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瓦礫の下の医療象徴がなぜ 病院側反論、法廷で究明へ

2008年2月26日 読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/shiga/news/20080225-OYT8T00664.htm


 済生会滋賀県病院(栗東市)の救命救急センター長だった長谷貴將(たかのぶ)さん(当時51歳)が自殺したのは、過剰な対外活動を指示するなどした病院側が安全配慮義務を怠ったためとして、父昭さん(85)(近江八幡市)が25日、済生会(東京都)を相手に1億円の損害賠償を求めて地裁に提訴した。2005年4月25日のJR福知山線脱線事故で救出活動に携わり、「瓦礫(がれき)の下の医療」の象徴的存在だった医師がなぜ命を絶ったのか。真相究明は法廷に委ねられる。(中根靖明)

 代理人弁護士や遺族らによると、長谷さんの事故での活躍が多くのメディアに取り上げられた。病院は〈広告塔〉として、講演や研修活動に取り組むよう指示した。遺品の中から見つかった長谷さんの手帳には、スケジュールがびっしり書き込まれていた。

 しかし、病院側は長谷さんの赴任前から提示していた「(救命救急センターに)2人の部下を置く」という条件を実現させなかった。対外活動の比重が高まると、やっかみとも取れる不評が院内から噴出。ある同僚医師からは「それでも救急医か」「こいつの言うことは聞かなくていい」などと罵倒(ばとう)されるモラル・ハラスメントも受けた。

 さらに、亡くなる前日には、長谷さんが準備に心血を注いできた済生会主催の学会で英国人医師を招請する企画をめぐり、事務担当者と対立。それまで企画を支援してきた病院幹部からも「一晩頭を冷やせ」と冷淡な態度で突き放されたことで「決定的に追いつめられた」という。

 昭さんは「息子は、病院幹部にはしごを外されて死んだ。命令を覆すなんて許せない。実際に病院で何が起こっていたのか。真相を知りたい」と訴える。

 これに対し、病院側は


▽部下となるはずだった医師は個人的な理由で退職した

▽人員的なバックアップなど、対外活動に対しては最大限の協力をしていた

▽同僚医師の言葉は職務上の指導だった

▽企画を巡る対立などはなく、予算の範囲でいかに実施するかについて話し合いをしていたに過ぎない


――などと反論している。

     ◇

 長谷さんは少年時代から医師になる夢を抱き、金沢大医学部卒業後に滋賀医大へ移り、救命救急医療の道を志した。1991年5月の信楽高原鉄道事故をきっかけに災害医療のあり方を追究し続け、福知山線事故では志願して現場入り。大破した車内に負傷したまま取り残された乗客に「大丈夫です。頑張って」と声をかけて励ましながら、現場で点滴などの治療を施した。

 約13時間にわたる活動を終えたのは翌26日未明。ほかの医師らとともに、何人もの乗客の命を救った。「自分が死んでもいいと思っていた。とにかく被害者を助けたかった」と振り返ったという。

 事故現場で共に活動した兵庫県災害医療センターの中山伸一医師にとって、冷静な判断力で現場を引っ張る長谷さんは、信頼できる<戦友>だった。「将来の救急医療界を担うはずだったのに……。『何で死んだんだ。バカ野郎』と言いたい」。同志の死を、今も受け入れることができない。

 2両目で瀕死(ひんし)の重傷を負い、長谷さんらの処置で生還した兵庫県西宮市の鈴木順子さん(32)の母、もも子さん(60)は「命の恩人。あんなに一生懸命だった先生が、なぜ死ななければいけなかったのか。娘と一緒に会ってお礼を言いたかった」と惜しんだ。


長谷さんがスケジュールを記録していた手帳。対外業務がびっしりと書き込まれていた


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どうしても美談を作りたいようですね…。





>娘と一緒に会ってお礼を言いたかった

…実際に先生にお会いしている患者さんもいるようで、


(後述)、


先生がなくなられるまで1年あったんですから、


言うのは簡単ですけど、


マスコミさんの”お話作り”


のようで、どうしても鼻につきます。




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JR福知山線脱線事故の


一両目にいて救出され、


その後、


実際に長谷先生にお会いして


お礼を言った方がいらっしゃるようです。




>2005年4月25日 福知山線5418M、一両目の「真実」


最後にこちらのHP


をご紹介させていただきます。


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2005年4月25日 福知山線5418M、一両目の「真実」
http://www.kysd.net/fuku42509.html



 現場にはガソリン臭が立ちこめていたということも、初めて知った。長谷先生のチームは、13時に現場に到着され、およそ1時間後の13時56分、1両目に生存者が取り残されているとの情報がもたらされ、消防から現場への進入を要請された。そして、マンションの駐車場ピットに入る際に、強烈なガソリン臭がするのに気付き、「引火したら私も終わりだな」と思われたという。劣悪な環境の下、駐車場ピットに入って作業されていた医師やレスキューの方々は、まさに自らの命を懸けて、我々を救ってくださっていたのである。




 むしろ、今回はうまくいった方であるとさえ思う。その場に携わらなかった人たちが、後から「たられば」を言うことは容易いことであるが、あのとき現場で動いてくれていた人たちは、自分の職業の枠にとどまらず、使命感や人間愛をもって、目の前の難題に全力で立ち向かった、まさにプロ中のプロ集団であった。


 長谷先生にしていただいた「がれきの下の医療」は、医学用語ではCSM(Confined Space Medicine)といって、今回、私たちが受けたものが、日本で最初に行われたCSMの事例となったようである。報道でご存じの方もおられると思うが、あの阪神大震災において、多くの救えたはずの命があったことがきっかけとなって、その重要さが広く知れ渡ることとなったのがCSMである。




 親戚の医師が繰り返し言っていることであるが、CPK(第4章参照)の値が、14000から正常近くにまで戻ったという事例は、聞いたことがないことだそうである。長時間にわたる圧迫から解放された際の、心停止を免れることができたのはもちろんのこと、こうして早く仕事復帰できるのも、長谷先生の「がれきの下の医療」が大いに効いたことは間違いない。

 長谷先生は、医師でありながら、私たち受傷者と同じ目線の高さで話されるのが印象的であった。あの日、あの現場でそんな長谷先生に巡り会えたことは、私にとって間違いなく大きなことだったのである。

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多くは書きませんが、


患者さんからすると


このように先生は写っていたのです。






個人的には、


救急救命センターに1人で


勤務しているだけで十分に


自殺するだけの要因になる気がします。





そして、


自分として救急救命の本領を


非常事態で発揮したことで、


世間の注目を集め、


逆に自らの命を縮めてしまったことが


残念でなりません。






マスコミも、


極端な単純化や、


一個人をあまりに神格化することで


多くの弊害が生まれ、


場合によっては


人生を狂わせてしまうことがある事を


いつも忘れているようです。





長谷先生のご冥福をお祈りいたします。



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(1)
■JR福知山線脱線事故の隠れた被害者 医師の過労自殺 「脱線事故で救急活動医師の自殺」
http://ameblo.jp/med/entry-10075490223.html

(2)
第27回 「地方の時代」映像祭 放送局部門優秀賞 受賞作品 

トリアージ 救命の優先順位
http://www.nhk.or.jp/special/onair/080303.html