Dear Scott

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Is two years of time long or short?

Depends.

It is long enough for me to have become strong enough to move on.
At the same time, it is not long enough to feel totally OK at any time.

2年の月日が経ちました。
長かった?短かった?

この2年の間に、ずいぶん強くなれたと思います。自分で言うのもなんですが。笑

だけど、まだまだ油断をすると、特に目の前に何も理由がないのに、急に悲しくなることがあったりします。

But, anyway, things come and go.
And, life goes on and the show must go on.

そうは言っても、朝陽の美しさに感動したり、子どもたちや孫たちの成長に無上の喜びを感じたり、逆に壁にぶつかってもがいたりと、ありがたいこともあまりありがたくないこともあわせて、生きていればいろいろ起きて当たり前ですね。

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I'm sure I can keep moving on, from time to time, with looking through the album which is not going to become any thicker with pictures of us together.

だから、大丈夫。
ちゃんと前を向いて、進んでいけます。

時々、昔のアルバムを見て、いろいろ思い出しながら。
二人一緒の写真が増えることはもうないけれど、だけどその事実は受け入れられていますから。

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"We are not perfect. Both of us. That's why we are together to help each other," you used to say.

「お互いに、欠点があるからいいんだよ。二人で助け合って、補い合うことができるから。」
そう言ってもらって、どんなに楽になったことでしょう。

Thank you for your love, Scott.

とても大切に想ってくれてたこと、すごくすごく感じていました。
たくさんたくさん愛してくれてありがとう。

そして、今も。

I am fine as much as I am.
Don't worry. Be happy.
I'll love you forever.

一人でも大丈夫。
まだまだ欠点がいっぱいの私ですが、少しずつだけど前に進んでいます。
だから、心配しないでね。
すべてうまくいくと、心から信じて進んでいますから。

もう2年?まだ2年?の朝に、あらためて、伝えきれなかった「ありがとう」を、かけがいのないあなたに。
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1月3日は私のお誕生日でした。

たくさんのお友達からお祝いのメッセージをいただき、とても幸せな一日でした。


みなさん、どうもありがとうございました!


去年のお誕生日は、まだまだ「おめでとう」という言葉を受け止められる心の状態ではありませんでした。

だけど、一年という時間の中で、嬉しい気持ちを受け入れることができるようになり、そして自然に笑顔になれるようになりました。


たくさんの方に助けていただいたおかげです。

ありがとうございます。


今年のお誕生日は、母、長女親子、次女一家、三女、そして妹一家が集って、お誕生会をしてくれました。

妹とは10歳離れていますので、一人っ子の時期が長かった私には、家族が集まってわいわいと賑やかに過ごせることは、何よりも幸せなことです。


みんな、集まってくれてありがとうね~。


そして夜になってから急遽、映画を観に行きました。

どんな内容なのか何も知らずに観た「ベイマックス」は、勝手に色々と身につまされて、何度か号泣してしまいました。


悲しみや怒りなどのネガティヴな感情に囚われると、何も生み出すことができません。


だから、「見たくないものは見ない。聞きたくないことは聞かない。思い出したくないことは思い出さない。」という選択も必要なんだってこと、教えていただきました。

それは最初は簡単ではありませんでしたので、いつも呪文のように唱え続けました。


そのうちに、「見たいものがチラっと見えたら、それをもっといっぱい見る。聞きたいことがチラっと聞こえたら、それをもっといっぱい聞く。」っていうふうに変わることができました。


見たいものをいっぱい見て、聞きたいことをいっぱい聞くと、喜びと感謝の気持ちがわいてくるようになりました。


目の前にある一番大切なことを、ちゃんと見つめて生きていこうと思います。

大切な人から受け取った大切なものを見失わないで、形にしていこうと思います。


「もう大丈夫だよ、ベイマックス。」


みなさん、どうもありがとう!


今年も一年、がんばります。

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今日はお天気もよく、清々しい一日ですね。
私にとって、今日はひとつの区切りの一日です。
一年前の今日、世界は一瞬でそれまでとは全く違うものになってしまうことがあるんだって知りました。


It’s another beautiful autumn day today.
It’s been a year since I leaned that the world could be changed totally different and hopeless all of a sudden.


再婚するときに「結婚指輪はどうしようか?」って訊かれて、私が、「指輪は何の保証にもならないって学んだから要らない。」って言ったので、私たちはずっと指輪をしていませんでした。


When we married, Scott asked me if I wanted a wedding ring. I said, “The ring doesn’t mean anything, which I learned from my previous marriage.” So, we didn’t have rings for the first ten years.


だけど、10年目の記念にって、二人で探して、探して探して、そしておそろいの指輪を買いました。
高価なものではないけれど、銀細工に魅せられてサラリーマンを辞めたっていう職人さんが、丁寧に丁寧に仕上げて下さった作品です。

When we came to celebrate our ten years anniversary, we both felt like giving something to ourselves and decided to buy rings. We spent enough time to find the ones we could feel right.
They are not expensive. They are made by a man who quit his stable job and decided to be a silversmith, who loved what he was doing.


大き過ぎず、華奢過ぎず、堅苦しくなくて、かと言って遊びが過ぎないこの指輪は、私の指にぴったりすっと馴染みました。夫のは、一度手直しをしてもらって、ちょうどよくなりました。


Not too bulky, not too thin, not too formal but not too extrovert.
Mine fitted comfortably as it was.
Scott’s needed a little adjustment to make us both feel fine.


最期の日にも彼が身につけていた指輪。
お誕生日にあげたネクタイピンと一緒に、ビニールの袋に入れられて、私の元に戻ってきました。


The ring was on his finger on the last day of his life.
It came back to me in a plastic bag along with the tie pin I gave him on one of his birthdays


あれから一年。


It’s been a year.


突然いなくなってしまったことについて、「自殺だったの?」と何度も訊ねられました。


Because his death happened suddenly, I’ve got asked many times, “Did he kill himself?”


「はい、そうです。」とお答えすれば彼が元の姿で帰ってくるのなら、何百万回でも言います。
「いいえ、違います。」の方が効果があるなら、何千万回でもお返事します。


If he would come back with me answering “Yes, he did.”, I don’t mind saying that millions of times.
Or, if “No, he didn’t.” works better, I would say that billions of times.


だけど、何を言おうと、何をしようと、事実は変わらない。


But.. I know nothing works.


「変えられるのは未来だけ」って、この一年の間ずっと自分に言い続けてきました。
変えられない過去を嘆かない。


I’ve been telling myself that I can make changes only in the future.
There is no use crying over spilt milk.


だって、私には、彼がいない人生を生きていくというたった一つの選択肢しかないのですから。


The only choice I’m given is to live a life without him.


だけど、本当に不思議で、言葉にすると世迷いごとにしか聞こえないと思いますが、この一年の間、常に夫が私のそばにいてくれていることを感じています。
いつも「大丈夫。笑って。」って、あの笑顔で言ってくれているのが聞こえるんです。


Well, it might sound strange and you might think I’m insane but I can feel him together with me all the time. I can even hear him telling me, “Don’t worry. Be happy.” with THE smile he always gave me.


周りのみなさんにたくさん助けていただき、支えていただいて、一年を乗り切ることができました。沢山の応援、ありがとうございます。
新しいご縁もいただき、新たな道を歩き出すこともできました。


Thank you for all the support you gave me and my family in different ways.
With your help, I could start walking in a new path.


この先も、取り返すことができないものに囚われて心を閉じ込めるのではなく、前向きに歩んで行きたいと思います。


I will keep moving forward as much as I can.
I know Scott doesn’t want me to stay still and to mourn forever.
He was (and is) the one who believed in me making some better changes in English Education in Japan, which was HIS life time mission.


これからも、どうぞよろしくお願いいたします。


Thank you, friends, for your kind thoughts on us.

Best,
Mayuka





























































今日の読み聞かせが終わって片付けをしてるとき、参加してくれてた日本人じゃなさそうな女の子に、
"Do you speak Japanese too?"
って訊かれたので、
「少しね。」
って答えて、2人で笑っちゃいました。

ここ数ヶ月の東京での読み聞かせは、参加してくださる子どもたちのほとんどが、挨拶から兄妹喧嘩まで(笑)、全て英語でやりとりしています。

英語ができる子どもたちだから、お話の内容について英語で話し合ったり、お話に関連して思い出したことを英語でシェアしたりしています。

今日は、お話の中で
She's bad.
って出てきたのに対して、
No. She's not. She's angry.
って言った子がいました。

そこから、
She was angry and she did something bad.
She's not bad but what she did is bad.
だよねって話しになりました。

読み聞かせ会に参加してくれる子どもたちの9割は日本人です。それこそ、日本語も話せます。笑
だから、この会話は、英語じゃなくて日本語でもよかったはずです。

たまたま英語絵本の読み聞かせ会だったから、英語での会話になっただけです。

それって、あの子どもたちにとって、日本語も英語もどちらも、同じぐらい自由に使いこなせる道具になっているってことなんだろうなと思うんです。

では、あの子どもたちだけが、すごく特別な能力を持って生まれてきたのでしょうか?
私はそうではないと思います。

あの子たちに英語という道具を与えた人(たぶん、多くの場合はお母さんかな?)が、本当に心の底から、子どもたちは英語ができるようになると信じて与えたから、あの子たちは英語ができるんだと思うんです。

信じる以前に、できるようになって当たり前と思ってらっしゃったのかもしれません。

自分の子どもが、日本語ができるようにならないんじゃないかって疑わないのと同じぐらいのスタンスで、ね。

子どもが何かができない場合には、子どもをなんとかしようとするんじゃなくて、それを与える大人の方の姿勢を見直してみるべきじゃないかな。


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