2008-06-21

多峯主山難行記①―黒田直邦

テーマ:我が家の家史

多峯主山――。

とうのすやま、と読む。


埼玉県飯能市にある標高271mの山であり、かつては上総久留里藩の飛び地であった。石高3万石のうち、5千石あまりが飯能の所領だったとされ、陣屋が置かれて藩士が駐屯した。


この山の頂に、久留里藩主黒田家の祖に当たる、黒田直邦の墓所がある。ここには、久留里森家歴代が寄進した廟前燈籠があり、その刻銘を調査するため、森家史料調査会による調査団が、多峯主山への登山を行った。


柳沢吉保と並ぶ徳川綱吉の側近として、幕閣で活躍した黒田直邦は、久留里森家が仕えた最初の主君でもある。


出自は旗本の中山氏。幼名を三五郎と称したが、母方の父、黒田用綱(もちつな)の養子となって黒田家を相続した。森家の家伝によると、中山家時代の三五郎に佐分利流槍術の相手役として仕えたのが、久留里森家の祖・光照だった。


直邦は黒田家を相続後、徳川綱吉の長男である徳松の側近となるが、この徳松は早世してしまい、綱吉の側近として小姓や側用人を勤めるようになった。


その直邦は享保20年(1735)3月26日の夜四ツ時、江戸神田橋の藩邸で死去した。享年70歳。28日には将軍吉宗・世子家重から香典が贈られ、遺骸は31日に藩邸を出棺、翌日閏3月1日に菩提寺である飯能の能仁寺に到着し、葬儀等を経た閏3月18日に能仁寺裏の多峯主山に葬られた。


着目すべきは埋葬方法。これが大変珍しい。

次回はその埋葬方法を紹介する。


(続く)
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