問題作といわれた映画・太陽 | blog.正雅堂

問題作といわれた映画・太陽

 「太陽」(Солнце)というロシア映画 がある。終戦前夜から人間宣言までの昭和天皇の苦悩を描いた作品で、昭和天皇役にイッセー尾形さん、香淳皇后役を桃井かおりさん、そして侍従長に佐野史郎さんが演じている。サンクトペテルブルクに多くの日本人キャストを集め、日本の大本営や皇居のセットをすべて造って再現した。


監督はアレクサンドル・ソクーロフ。彼は20世紀の権力者と題した3部作を打ちたて、ヒトラーの「モレク神」、レーニンの「牡牛座」、そして昭和天皇を描いた「太陽」をその3作目に続けた。前者の2人に続いているという時点で、日本国民にとってはあまり好意的な内容ではないように察せられる。



作品は昨年のベルリン国際映画祭で上映されて世界中の話題を醸したが、そのため日本だけは冷ややかな反応を示した。


公開された当時、フランスやアメリカの知人にこの映画について聞いてみたことがあったが、それなりに好評を博しているとのことだった。それを聞いてうらやましく思ったものだ。

しかしながら日本では公開されておらず、さすがに表現の自由が憲法で保障されているとはいえ、あまりにデリケートな内容であったために、日本で公開されることはないだろうと、あきらめていた。一級の日本人キャストを使った映画なのに、自国で上演できないというのは皮肉なことである。昨年6月には第13回サンクトペテルブルク国際映画祭でグランプリまで受賞したが、これも日本ではほとんど報じられていない。


ところが、この5日から東京・銀座の小さな映画館、「銀座シネパトス」で公開されたという。


想定外である。単館公開というからかなりの勇気が要ったことだろう。

されど、どうも映画は一人で行くのが苦手である。

幸いにして、この映画の話題をしていた悪友に声をかけ、示し合わせたように仕事を終えて合流し、一目散に映画館に駆け込んだ。 ひょっとしたら公開中止になる可能性だってある。そうなってからでは遅いので、予定を最優先させた。


内容の性格柄、観客の年齢層も高い。非常な混雑振りで、立ち見が出ている。

事前に早い番号の整理券を取って置いたので、2人とも難なく座れた。


イッセー尾形演じる昭和天皇の口の動かし方や身のこなし方がよく似ていて、我々が一般参賀などで記憶していた昭和天皇の姿そのままであり、なぜだか、懐かしさを覚える。


 御文庫(皇居内のシェルター)やその地下通路など、今なお非公開(宮内庁では存在しないとしている)のところもあり、ノンフィクションと捉えるのは危険だけれども、皇居の豊明殿で手を振っていたあの昭和天皇が、こんな生活をされていたのだと思うと、感慨深いものがある。


 コミカルに描かれた部分もあれど、それは「何も知らない現人神」を素直に演じているためであり、決して不真面目な描写ではない。それでもマッカーサーから贈られたチョコレートのシーンなどはかなり笑えたが、あえて日本での公開が辛いと思われる場所を挙げれば、実際の皇族方の写真を小道具に使っているところ、今上天皇の幼い写真とヒトラーの写真を並べたシーンくらいだろうか。既に現在は不敬罪というものは存在しないが、といって名誉毀損というレベルのものでもない気がする。

ひょっとすると、日本人感情を考慮したカットシーンがあったのかもしれないが、知らぬが仏、これなら割と日本人にも素直に受け入れられるのではないだろうか。

私は嫌な気分にはならなかった。


 また映画では、生物学の研究に熱中する天皇の傍らで、助手の研究員に自分の発言をメモさせている。 助手が居眠りをすると、一喝して続けさせる。このようにして自身の発言をメモさせていたのだと思うと、先日話題となった富田元長官の靖国メモを彷彿とさせる。


戦争が終わってまもなく61年。 今年還暦を迎える人は戦争を知らない世代ということになる。この戦争を知らない我々は、時にこうした映画をみておく必要があると思う。 日本の戦争映画も数多くある中で、特に他国の人間が我が国を描写した作品は貴重である。これは一見の価値がある。


12年前、「英国万歳」という、やはりどうしても観たい映画があり、これはイギリス国王ジョージ3世の精神障害をまじめに描いた作品だったのだが、やはりイギリス王室が難色を示しそうな映画(ジョージ3世は現ウィンザー朝王室と直接つながりがある国王で、その精神障害は遺伝性の病気が原因といわれるものだった)だったためか、有楽町の小さな映画館で細々と上映していた。


お国が嫌がりそうな映画も、こうした小さな映画館では見ることができるのは、やはり表現・言論の自由が保障されているというべきだろう。

(最近ソクーロフはこれを3部作から4部作へと改めたという。昭和天皇の後に誰が続くのだろうか、対象者によっては非常に心配である)