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2016年06月13日

IBMA理事長からのメッセージ2016

テーマ:その他
【近況報告】

IBMA極真会館岡山県大会に行ってきました。
香川の選抜チームも参加しており、岡山対香川の試合は、特に白熱していました。

私は、フルコンタクト空手の選手の情熱や身体能力を活かせば、もっと面白いことができると、いつも思います。しかしながら、システムやプロデュース等が旧態然として…。ただ、選手の頑張る姿は、いつも素晴らしいと思います。

今回、役員席から撮った、試合前の写真と岡山県大会のパンフレット用に書いたメッセージを載せておきます。この原稿は、結局、掲載していません。いつもながら、大仰なので…。昔、妹に言われたことがあります。お兄ちやんの話は大きすぎる、と。おそらく、みんな同じことを思っているに違いありません。だから、もう…。



IBMA理事長からのメッセージ2016
増田 章

【これからの空手界について】 
 3年前、2020年オリンピックの東京開催が決定しました。その東京オリンピックで空手が追加競技として、ほぼ確定しています。空手がオリンピック競技となれば、空手の再認知が世界中でなされるに違いありません。
 それに伴い、我々空手人に対する、社会的責任も高まると、私は思っています。ゆえに、これからの空手界は、それなりの心構えを有する必要があると考えています。さらに、その心構えの有無と内容によっては、空手界発展の好機を逃すことになると思うのです。ここで、空手界に対する私の思いを、少しだけ述べさせていただきます。
 現在、空手界は多様な流派が乱立し、空手界と言う認識も希薄のように見えます。また、すべての流派、愛好者がオリンピック競技に関わっているわけではありません。ゆえに、空手のオリンピック競技化に関して、実質的には無視というような立場を取る人も多く存在すると思います。また、空手界と個人との間には関係性がないと考える人も少なからず存在するのではないでしょうか。しかしながら、空手界外部の人からすれば、オリンピックにより、空手が同一のものとして注目され、現実の諸問題が鮮明になっていくように思います。私は、各流派の小異は別として、オリンピックを契機に、各指導者が大同を認識し、より良い空手界の形成への一歩を踏み出す必要があると思っています。また、「斯界のより善い発展には、それを構成する人間のより善い人格形成が必要条件である」という現実認識を持つ必要があると考えています。平たく言えば、「空手人が人間的成長を果たせば、必然的に空手界もよくなる」ということです。さらに補足を加えれば、空手愛好者一人ひとりが空手道と空手界を善くしたいと考えるようになることが必要だと思います。
【21世紀の武道人(BudoMan)
 ここで、空手界における私の立場を述べておきます。私の立場は、自らの空手流派を伝統と独自性を内包する日本武道として確立したいというものです。しかしながら、スポーツと云う普遍化した価値観と空手道、日本武道が融合することに反対、批判する立場ではありません。なぜなら、時代背景を基盤とする価値観は技術革新等により、変化するのが当然だと考えるからです。ゆえに最も重要なのは、変化する事象の本質を探究し、より善いものを再創出して行くことだと考えます。補足を加えれば、武道も時代背景を基盤とした価値観の総体なのです。よって武道を人間形成に役立たせるのであれば、伝統は伝統として尊重し、その上で変化していくのが当然なのです。同時に価値観の画一化という、時代状況にも流されないようにすることも重要だと思います。私は、これまで我々が信じてきた、勝負偏重主義の中にも、価値観の画一化へ向かうウイルスのようなものが潜んでいたのではないかと疑っています。また、「多様な伝統的価値観を認めつつ、より本質的かつ普遍的な価値観を共に創出していく」というように、軌道修正が必要だと思っています。私がIBMAの創立当初に提唱した、「21世紀の武道人(BudoMan)」とはそのような大きな目標を持ち、新しい武道界を創出していく人間のことでした。

【国際的人格形成】
 これまで国際武道人育英会は、空手を手段に、国際的人格形成を目指した活動をしてきました。ここでいう人格形成とは、自己のバックボーンである文化性(価値観)を認識しつつ、他者のそれ(文化性)を尊重できる人間となることです。また、既存の多様な文化性(価値観)を包摂できる、より普遍的な文化性を生み出していける人間をめざすことです。
 今私は、国際武道人育英会・極真会館の長として、これまで以上に、団体として襟を正し、人格形成について深く考えて行きます。そのような心構えと理念を核に、微力ながら、これからの空手界のより良い発展に一助となりたいと考えています。また、勝者となることのみならず、負けることをどのように受け入れ、昇華して行くかが心の修練で重要だと考えています。さらに、勝敗を超越した、真実(まこと)の勝利をいかに掴み取るかが、勝負の道における心の修練のテーマです。そのように考えて行けば、より善い社会の創出という目標に対し、スポーツと日本武道が共闘、共創、共存していけるものだということが、ご理解頂けると思います。
 最後に、IBMA極真会館の空手競技大会は、オリンピックを目指す大会ではありません。しかしながら、「人格形成の手段」という点では、それに勝るとも劣らない志をもって開催するものです。何卒、IBMA極真会館の活動理念に対する、より多くの皆様の理解と協力をお願いします。



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2016年01月03日

Kyokushin way(極真ウェイ)

テーマ:日誌

2016年がスタートした。

実は年末に高田馬場道場の移転を決断した。
年末はその準備に追われていた。移転は年始に実行する。身体のリハビリと道場業務の整理整頓と併行しての準備は、大変なストレスを伴う。しかし、この道を避けては次に進めない。必死にやれることをやっている。とても大変だが、世の中にはもっと大変な人がいると、自分を奮い立たせている。例えば、昨年も自然災害の被害に遭われた方や病により夭折された方がいた。

不謹慎と云われるかもしれないが、そんな方々の状況を思えば、心が強くなる。さらに心優しき増田道場生の協力が私の支えとなっている。

さて、年末から身の回りの整理整頓が続いている。おそらく2016年は整理整頓であっという間に過ぎるであろう。しかしながら、確実に整理整頓がされるようにしたい。先ず、断捨離だ。もちろん、アーカイブも大切にしたい。しかし、一旦捨てることも必要なのではないかと思っている。なぜなら、そんなに時間が残されているとは到底思えない。幸い、良いソフトを手に入れたので、それを使ってデータベースの構築に努めたい。私はこれまで、情報をより迅速に処理し、それを活かす方法を確立したいと考えてきた。昨今のIT分野の進展による、様々なアプリケーションソフトの誕生はとても有り難い。しかし、重要なのは、自分にとって一番大切なものが何かを見極めることだろう。私の人生は、失敗の上に成り立っているようなものだ。また、これまで汚名返上と勇んで生きてきた。ゆえに、一番大切なものを忘れがちだが、その失敗の上に成り立っているような人生の中から見つけだした最も大切なものこそが、本当の宝だとも思っている。

今日、書類の整理の合間、極真空手の道場訓の英訳を見つけた。仕事の合間、「気晴らしに英語の勉強でもするか」と思いながら見直した。この英訳は、我が増田道場生のフイリップ(アイルランド人)が行なったものだ(フイリップ、いつも協力ありがとう)。

運動とは縁がなかったと、10年ほど前に語っていた、フイリップが弐段になった。そして武道の世界に浸り込んでいる。私は彼のような者の期待に応えるためにも、原点に還る。

極真空手の道場訓の最後には、「吾々は、生涯の修行を空手の道に通じ極真の道を全うすること」とある。その「極真の道」の増田流解釈を以下に述べたい。極真の道とは、現実(リアル)との対峙を前提に「自己の本性を見極め、自己にしかできない生き方を完遂することだ。言い換えれば、自分流(マイウェイ)を切り拓くことと言っても良いだろう。

補足を加えれば、その自分流が他者を利すること(他者を益し、他者に貢献することの意味)が最高の境地である。さらに言えば、増田流の「極真の道」の解釈は、自他を活かす理法、方法を意味する。当然、異論があるだろうが、私は以上のように解釈する。

蛇足ながら、昨年暮れ、眼の具合が悪く、眼科に2度、お世話になった。加齢による劣化が進んでいる。繰り返すが、一番大切なものを見つけだし、大切にしたい。あたりはついているが、それを確信に変えたい。空手道の普及と言う仕事に関しては、原点に還りたい。何を原点とするかは、人によって様々かもしれない。それにはあえて言及しない。大事なことは、私にとっての原点だ。私の原点は、心の浄化、魂を鎮めることだと思っている。ゆえに私は、絶えず理念(哲学)を見直し、その具現化に向けて取り組みたい。



1.Hitotsu, wareware wa, shinshin o renmashi, kakko fubatsu no shingi o kiwameru koto.

We will train our hearts and bodies for a firm unshaken spirit.

2.Hitotsu, wareware wa, bu no shinzui o kiwame, ki ni hasshi, kan ni bin naru koto.

We will pursue the true meaning of the martial way so that, in time, our senses may be alert.

3.Hitotsu, wareware wa, shitsujitsu goken o motte, kokki no seishin o kanyo suru koto.

With true vigour, we will seek to cultivate a spirit of self-denial.

4.Hitotsu, wareware wa, reisetsu o omonji, chojo o keishi, sobo no furumai o tsutsushimu koto.

We will observe the rules of courtesy, respect our superiors, and refrain from violence.

5.Hitotsu, wareware wa, shinbutsu o totobi, kenjo no bitoku o wasurezaru koto.

We will follow our religious principles and never forget the true virtue of humility.

6.Hitotsu, wareware wa, chisei to tairyoku to o kojo sase, koto ni nozonde ayamatazaru koto.

We will look upwards to wisdom and strength, not seeking other desires.
7.Hitotsu, wareware wa, shogai no shugyo o karate no michi ni tsuji, Kyokushin no michi o mattou suru koto.

All our lives, through the discipline of karate, we will seek to fulfill the true meaning of the Kyokushin way.


日本語の道場訓





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2015年11月04日

みんなで仲良くすることは良いことなのよ!

テーマ:エッセイ
昨日、他のテーマと一緒に掲載したものを、加筆修正して、再度掲載したい。
IBMA極真会館の方向性について重要な伝達事項が含まれているからだ。



【全空連が主催するパーティー】
 私は先日、全空連のオリンピック競技化推進を応援すると同時に、互いの団体活動を尊重し、友好的な関係を築こうという趣旨の松井氏の呼びかけに応じ、その記者会見に参加した。

 その記者会見から約1ヶ月が経った。その全空連が主催するパーティーが金曜日に行われた。松井氏は、全空連の友好団体、国際空手道連盟・極真会館の館長として招待されたらしい。そのパーティーに同伴しないかとの誘いを、数週間前に松井氏から受けた。

【仲良くするのが一番】
 繰り返すが、今回のパーティーに先立ち、8月の後半、私は松井館長の呼びかけに応じ、幾つかの団体とともに友好関係を結んだ。その理由には、難しいことは何一つない。私にとって一番大切な価値基準は、全空連云々の前に、同じ大山倍達門下として、仲良くするのが一番という価値観である。ゆえに、松井氏がこれを機に、過去のことを水に流し、組織を友好化しないかとの誘いがあったときに、断る理由が見つからなかった。むしろ、松井氏の変化を驚くとともに、私の念願が叶ったとの喜びがあった。

 私は、過去を水に流すというのは、問題を起こした当事者が軽々に口に出すことではないと思っている。しかし、松井氏の立場からそのような言葉が出るということは重く受け止めなければと思っている。また、まずもって私は、試合などを通じての交流には、互いの団体の理念等の違いなどを踏まえ、軽々な言動は慎みながら時を待とうと、いうような主旨のことを松井氏に伝えた。なぜなら、試合等の交流など、現実的な話を前提にしたら、最も大切なことが等閑になると考えたからだ。また、和解できない他の極真空手の団体のこともある。さらに私は、試合による交流は、ゴールとそれを目指すルールをもっと明確にしてからでないと、行き当たりばったりで、良いものはできないと思う。また武道団体の交流には、試合による交流の前に人間関係が大切だと、私は考えている。一方、試合を通じて人間関係が構築される面もあるという考え方もあるかもしれない。様々な見方があるとは思うが、私は今回の松井氏の友好化の呼びかけは、各団体の活動内容を尊重しつつ友好的に付き合う中で、人間関係の再構築をしていこうという主旨だと、私は理解した。ゆえに試合による交流はこの先のことだと思っている。他はともあれ、私には、松井氏の呼びかけを断る理由はなかった。むしろ、素直に嬉しかった。蛇足ながら、今回のことに対し、「松井氏には何か魂胆がある」等の見方をする人がいたが、私の心にはそのようには映らなかった。私は、極真会館で大山倍達の薫陶を受けた者同士が仲良くすることは、最低限の師への報恩だと思っている。ゆえに、他の仲間や私の恩師と松井氏との関係が良くないことが残念だ…。

【極真空手や空手を大切に思うならば】
 私は、大山倍達の門下生で極真空手や空手を大切に思うならば、門下生同士が仲良くした方が良いと思っている。また、意見の相違は一時エポケーして、将来を見据えたい。さらに、空手愛好者以外の目線や社会全体のことを念頭に置きながら、現実に即し柔軟かつ慎重に考えていけば良いと考えている。「言うは易し行うは難し」かもしれない。しかしながら、現時点の松井氏と私の見識(状況認識)なら、諸事の合意形成は難しくないと感じている。さらに付け加えるならば、喧嘩をする相手は、空手家ではないと、私は思っている。また、喧嘩ではなく、真剣に向き合い、戦わなければならないのは、人間の欲深さがもたらす、各種のジレンマに対してだと思う。難しく言えば、人間がこだわってきた正義と自由という、人間に突きつけられた命題との対峙だ。武を掲げる武道人が考え続けなければならないテーマはそこにあると、私は思う。平たく換言すれば、多様な人たちが、どうしたらより良く生きていけるかを、真剣に考えるということだ。

 断っておくが、私は単なる迎合をしたつもりはない。また私の心中には、もう空手家を前に抜くことを止めようと考えている刀がある。おそらく、私の言っていることを誰も理解できないと思う。それは仕方がない。地に足をつけて生きている人たちには、「今」が重要だからだ。もちろん、「今」が重要であることに、私も異論はない。だからこそ、私は未来志向で生きていきたいのだ。

 今回私は、松井氏の誘いを私への友情と捉え、全空連へのパーティーへ同行することにした。同じ極真空手で育てられた者同士は、家族同然にならなければならないとの理想が私にはある。それが斯界の真の発展につながると思っている。増田はいつも青臭いと思われるだろうが、死ぬまでその思いを持ちながら生きていきたい。また、例え今後、私が人里から離れたとしても、時々はその思いを伝えていきたい。

 あえて記すが、極真会館の分裂後の20年は極真空手界にとって不毛な時間だったと、私は思っている。松井氏も共通の認識だという。私はもう、そのような時間を過ごしたくない。
【小林先生との再会】
 そのように考えている中、全空連のパーティーで感動する体験があった。それは、私が10代の頃、防具空手の試合で対戦した小林先生との再会だ。小林先生との対戦については、拙著「増田章 吾 武人として生きる」で少し書いた。私は、小林先生との対戦後、伝統派の試合方法を研究した。

 小林先生は現在、奈良県の全空連の理事長をされているらしい。職業は、私の記憶通り、教員だった(小林先生に35年ぶりに確認した)。昨年、定年を迎えたらしい。小林先生との対戦はおよそ35年以上も前のことだ。お互い歳をとったようだ。小林先生は若い頃、精悍な面構えの美男子だったと記憶する。

【みんなで仲良くすることは良いことなのよ】
 小林先生は、パーティーの名簿の中に私の名前を見つけ、私を探し出してくれた。先生は、とてもフランクで、昔の印象と変わらなかった。私が小林先生に、近いうちに伝統派の組手の研究に奈良県に出稽古に伺いますと言うと、「ぜひ来て」と快諾してくれた。傍にいた松井氏が「僕も行くよ」と言う。「本当に行くの?忙しいでしょ」と私が言うと、「日程が合えば行くよ」と言う。最近の松井氏はサービス精神が旺盛なのか、フットワークが軽いようだ。その時、小林先生と同伴していた奈良県連の大木さんという女性空手家の方が、「こんな風にみんなで仲良くすることは良いことなのよ」「絶対に来てね」「ゆびきりよ」と私に小指を差し出した。私は、その女性と小指を絡めて「ゆびきりげんまんをした」。大木さんは、年齢不詳だが、おそらく私と同じぐらいの年齢だろうか?それとも年上か?。大木さんは「子供たちに素晴らしい先生がいると紹介したいのよ」「絶対に来てね」と畳み込んできた。私は大木さんの邪気のない、純粋な目と言葉に感動してしまった。まるで、「アルプスの少女ハイジ」にお願いされているような感じだった(下手な例えでゴメンなさい)。私はその時、不覚にも落涙してしまった。なぜなら、打算と見栄を気にして生きている大人たちが多い中、大木さんの心は、年を重ねても美しいままだと感動したからだ。そして他流の空手家の中にも素晴らしい人がいることを実感した。同じく、剛柔会や和道会の重鎮方とも松井氏のおかげでご一緒したが、皆さん懐が深かった。

 笹川先生も紹介していただいたが、私の眼には、志が高く、信念があり、懐の深い方に見えた。ほんの少しだけ、口が悪い気もするが(笑い)。ストレートでオープンな性格なのだと思う。今回、私に良い体験をもたらしてくれた、松井館長に本当に感謝したい。また、お互い身体を大切にして、最低でも後10年は生きなければならないと思っている。

 最後に、この日はハードな1日だったためか熟睡できた。次の日、私は山梨の友人宅へ向かった。紅葉が始まり、富士山麓も美しい季節を迎えている。これからの人生、美しい季節を体験できるよう頑張りたい。


2015/11/5 一部加筆修正
2015/11/6 一部加筆修正
2015/12/18一部修正

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2015年11月03日

感動体験、2連発!

テーマ:エッセイ
感動体験、2連発


感動体験その1~バレイ体験

【身体のケアに手間をかける毎日】
 左手術後1年が過ぎた。楽観的に見て、80%ぐらいの回復である。
しかし、運動後のアイシングは欠かせない。選手時代同様に身体のケアに手間をかける毎日である。そうしながらトレーニングを続け、身体機能の低下を少しでも抑えている。身体の機能の低下は、選手なら深刻な問題だ。しかし、人生の終盤戦を意識すれば、様々な学びの契機、その戦いの準備となる。

【取りあえず塩漬け】
 さて、お盆休みから約1ヶ月間続いた、前回のブログで8合目と書いたが、そこからが本当に過酷だった。例えるならば、断崖をよじ登るような執筆だった。それに起因するかは定かではないが、血圧が90まで低下し、ふらふらになった。現在は上昇し楽になった。書籍に関しては、220ページ分ぐらいを書き上げたが、塩漬けにした。出版社のOKがでないからだ。新しい構想で空手家を啓蒙しようという誇大妄想から書き上げたが、私の筆力では伝わらないらしい。最後に詳細な部分を修正しようと思っていたが、構成や出版方法を変えることも視野に入れている。「取りあえず塩漬け?」だ(一時保留)。


【先週の金曜日に念願が叶った】
 現在私は、自分のアイディアの無理なアウトプットをやめて、新たな学びのインプットに努めようと考えている。また「人里を離れる?(妄想?)」ために現環境の整理整頓を進めている。そんな中、京セラの稲盛和夫塾長の門下生の一人である、清水哲太郎先生と森下洋子先生が率いる、松山バレイ団の事務局の多家さんからメールが届いた。

 実は、バレイの身体の使い方やトレーニング方法に興味があった私は、同じ稲盛門下生で、極真空手家の安藤さんが清水先生と仲が良いと伺い、バレイの稽古を安藤さんにお願いしていた。先週の金曜日にその念願が叶った。正直言って、この稽古は一生の思い出となるだろう。それほど、清水哲太郎先生と森下洋子先生は、日本のバレイ界では偉大な存在である。私の心境は、清水先生への弟子入りという感覚に近い。

 補足を加えると、私がバレイの勉強をしたいと考えたのは、八王子スポーツ整形外科の間瀬先生との出会い、また理学療養士の佐藤先生からリハビリを受けたことが大きい。私は長いリハビリ期間の中、バイオメカニクスや身体に関する書籍を集め、勉強した。なぜなら、PTの佐藤先生は私のリハビリを理論的な説明を加えて進めた。その指導には、一般の人には難しい言葉が並んだ。私はその指導について行くために、専門知識を学ばなければならないと思ったのだ。断っておくが、そのような指導は私が望んだことである。通常は、なるべく簡単な言葉で説明をするらしい。私の場合、これを機会に、身体の構造について、もっと深く知りたいと思っていた。佐藤先生は、その私の希望に付き合ってくれたのだ。私が膝の手術後、研究のため集めた書籍の中に、「インサイド・バレイテクニック」というものがある。私はその内容を半分も理解していない。なぜなら、バレイの専門用語や解剖学?などの用語が並んでいるからだ。しかし、バレイという身体を使った表現芸術を行うためには、身体の構造について理解していなければならないということは理解できた。また、私は空手も本来は、身体の構造をしっかりと理解し稽古を行わなければならないと思っている。
また、そのように身体への理解が深まれば、身体の可能性をさらに拡げ、長きにわたって身体と付き合っていけると考えている。バレイの動きは身体の構造に精通していなければ続けられない、ハードな運動である。その上で、心と向き合い、心の素晴らしさ、身体の動きの美しさを音楽などと融合し「調和」を表現していく。そのような芸術がバレイではないだろうか。私はバレイには門外漢ではあるが、武道の動きも、動きの美しさ、リズムなどを生み出し、調和を感じさせるようなものになるべきだと考えている。

【バレイ体験にとても感動】
 話を戻せば、私はバレイ体験にとても感動した。詳細はいずれ書き直したいが、簡単に記しておく。まず、松山バレイ団の方々が稽古の合間、全員でお出迎えしてくれた。そして写真撮影。次に舞台稽古の見学。それから清水先生とのマンツーマンのレッスン。これは一生の思い出だ。日本一のバレリーナ、そしてバレイ団の方々にこのようなもてなしを受けるのは、稲盛和夫門下生であるからだが、また、私が大山倍達先生の創始した極真空手の日本一だからだと思う。改めて、稲盛和夫塾長、大山倍達先生への感謝を感じた。また、「極真空手を最高の空手にする」という志を全うしなければという思いを強くした。道はとても険しいが…。
【バレイのレッスン】
 清水先生のバレイのレッスンは情熱的である。また本質的である。一番大事なことを端的に伝えてくれたと思う(私の想像だが)。1時間30分ぐらいの時間が、あっという間に過ぎた。レッスンは最も基本的なことだったとは思うが、バレイは身体を伸ばすことが大切だと教えられた。また、足の指から手の指先までの意識をしっかり持つことなどを教えられた。レッスンでは、喪失しかかっていた、身体の意識が刺激され、身体のコアが活性化したように思う。下手な例えだが、稽古後、マッサージと同じように身体の血流が促進し、身体のアライメントが整えられたように感じた。バレイの基本レッスンは、シニアの機能低下の予防に最適だ。また、すべての空手家におすすめしたい。


 レッスン終了後、男性バレリーナの演技を見せていただいた。私は思わず、「かっこいい」と拍手していた。失礼だったかもしれないが、本当に男性のバレリーナの演技はかっこいいと思う。以下は、話半分で聞いて欲しいが、私は65歳ぐらいで、簡単なバレイの演技(単独で)とアルゼンチンタンゴの踊りを若いパートナーと踊ってみたいと思っている。断っておくが、私が若い人が特に好きということではない。これは、私が大好きなアル・パチーノの主演映画、「セント・オブ・ウーマン」のワンシーンの影響だ。その映画では、盲目の主人公が、アルゼンチンタンゴを若い娘と踊るシーンがある。そのシーンが私は大好きなのだ。踊りやバレイなど、表現芸術には、生の賛美や精神の解放の意味が見て取れる。それには、目に見えない部分での抑制や努力があると思う。できれば、そのようなことを表現できる老人になりたいと思う。もっとも、近い将来、65歳の方を老人とは言わないだろう(現在も?)。おそらく、今後、新しい概念や定義が生み出されるに違いない。また、65歳から90歳ぐらいまでを人生の新たなステージとして捉えられるような社会の創出を、若い人と壮年、老年が一緒になって考える時代が、すぐそこまで来ていると思う。大仰に聞こえるかもしれないが、日本にはそのような社会を創出する使命があると思う。

 最後に、私は誇大妄想癖があるが、清水先生のパートナーである、森下洋子先生の慈愛に満ちた雰囲気と、その演技に共通して感じるのは、「美しい心」ということだ。心とは抽象的な概念だが、私は心こそが人間の中心だとあえて言いたい。さらに、身体(組織)を通じ、その心を表現できる人が、どの道でも最高レベルの人間だと思っている。本当に清水先生、森下先生、多家さん、また松山バレイ団の皆様、ありがとうございました。今後もバレイの勉強を続けますので、よろしくお願いします。





感動体験その2~みんなで仲良くすることは良いことなのよ!
【全空連が主催するパーティー】
 実はこの日は、もう一つ感動することがあった。私は先日、全空連のオリンピック競技化推進を応援すると同時に、互いの団体活動を尊重し、友好的な関係を築こうという趣旨の松井氏の呼びかけに応じる記者会見に参加した。その辺の詳細に関しては、体調がもう少し良くなったら記したいと考えている。もう少し時間をいただきたい(急がなければならない仕事があるので)。

 その全空連が主催するパーティーが金曜日にあった。松井氏は、全空連の友好団体、国際空手道連盟・極真会館の館長として招待されたらしい。数週間前、松井氏から私に同伴しないかとの誘いがあった。

【仲良くするのが一番】
 繰り返しになるが、今回のパーティーに先立ち、9月の後半、私は松井館長の呼びかけに応じ、幾つかの団体とともに友好関係を結んだ。その理由には、難しいことは何一つない。始めに、改めて記すと言っておきながら、せっかちな性格なので、大雑把に書いておくこととする。

 私にとって一番大切な価値基準は、全空連云々の前に、同じ大山倍達門下として、仲良くするのが一番という価値観である。ゆえに、松井氏がこれを機に、過去のことを水に流し、組織を友好化しないかとの誘いがあったときに、断る理由が見つからなかった。むしろ、松井氏の変化を驚くとともに、私の念願が叶ったとの喜びがあった。

 私は、過去を水に流すというのは、問題を起こした当事者が軽々に口に出すことではないと思っている。また私は、「試合などを通じての交流には、互いの理念等の違いなどもあるし、軽々な言動は慎みながら時を待とう」というような主旨のことを松井氏に伝えたつもりである。なぜなら、そんな話を前提にしたら、最も大切なことが等閑になるからだ。また、和解していない他の極真空手の団体のこともある。さらに私は、極真空手の試合による交流は、もっと仕組みを明確にしてからでないと、行き当たりばったりで、良いものはできないと考えている。私は、松井氏の主旨は各団体の活動内容を尊重しつつ、これからは友好的に付き合おうということだと理解した。そのことに対し、「松井氏には何か魂胆がある」等の見方をする人がいたが、私の心にはそのようには映らなかった。

【極真空手や空手を大切に思う者は】
 私は、大山倍達の門下生で極真空手や空手を大切に思う者は、仲良くした方が良いと思っている。意見の相違は、将来を見据え、空手愛好者以外の目線や社会全体のことを念頭に置きながら、慎重に考えていけば良い。おそらく今の松井氏と私の見識なら、合意形成は難しくないと感じている。また私は、喧嘩をする相手は、空手家ではないと思っている。さらに、喧嘩するのではなく、真剣に向き合い、戦わなければならないのは、人間の欲深さがもたらす、各種のジレンマに対してだ。それが武道人の克服すべきテーマでもあると思う。おそらく、私の言っていることは、「ちんぷんかんぷん」で理解できないという空手家が多いと思う。それは仕方がない。

 今回私は、松井氏の誘いを私への友情と捉え、全空連へのパーティーへ同行することにした。同じ極真空手で育てられた者同士は、家族同然にならなければならないとの理想が私にはある。それが斯界の真の発展につながると思っている。増田はいつも青臭いと思われるだろうが、死ぬまでその思いを持ちながら生きていきたい。また、例え今後、私が人里から離れたとしても、時々はその思いを伝えていきたい。

 あえて記すが、極真会館の分裂後の20年は極真空手界にとって不毛な時間だったと、私は思っている。松井氏も共通の認識だという。私はもう、そのような時間を過ごしたくない。そのように考えている中、全空連のパーティーで感動する体験があった。それは、私が10代の頃、防具空手の試合で対戦した小林先生との再会だ。小林先生との対戦については、拙著「増田章 吾 武人として生きる」で少し書いた。私は、小林先生との対戦後、伝統派の試合方法を研究した。

 小林先生は現在、奈良県の全空連の理事長をされているらしい。職業は私の記憶通り教員だった。昨年、定年を迎えたらしい。小林先生との対戦は30年以上も前のことだ。お互い歳をとったようだ。小林先生は若い頃、精悍な面構えの美男子だったと記憶する。小林先生は、体型は若い頃と変わらず引き締まった感じで、男前ではあったが、頭髪に変化が見られた(笑、すみません軽い冗談です)。


【みんなで仲良くすることは良いことなのよ】
 小林先生は、パーティーの名簿の中に私の名前を見つけ、私を探し出してくれた。先生は、とてもフランクで、昔の印象と変わらなかった。私は、近いうちに伝統派の組手の研究に奈良県に出稽古に伺いますと伝えると、「ぜひ来て」と約束をしてくれた。松井氏が「僕も行くよ」と言う。「本当に行くの?忙しいでしょ」と私が言うと、「日程が合えば行くよ」と言う。最近の松井氏はサービス精神が旺盛なのか、フットワークが軽いようだ。その時、小林先生と同伴していた奈良県連の大木さんという女性空手家の方が、「こんな風にみんなで仲良くすることは良いことなのよ」「絶対に来てね」「ゆびきりよ」と私に小指を差し出した。私は、その女性と小指を絡めて「ゆびきりげんまんをした」。大木さんは、年齢不詳だが、おそらく私と同じぐらいの年齢だろうか?それとも年上か?。それはともあれ、大木さんは、目がまん丸で、顔も体も丸い(失礼)。大木さんは「子供たちに素晴らしい先生がいると紹介したいのよ」「絶対に来てね」と畳み込んできた。私は大木さんの邪気のない、純粋な目と言葉に感動してしまった。まるで、「アルプスの少女ハイジ」にお願いされているような感じだった(下手な例えでゴメンなさい)。私はその時、不覚にも落涙してしまった。なぜなら、打算と見栄を気にして生きている大人たちが多い中、大木さんの心は、年を重ねても美しいままだと感動したからだ。そして他流の空手家の中にも素晴らしい人がいることを実感した。同じく、剛柔会や和道会の重鎮方とも松井氏のおかげでご一緒したが、皆さん懐が深かった。

 笹川先生も紹介していただいたが、私の眼には、志が高く、信念があり、懐の深い方に見えた。ほんの少しだけ、口が悪い気もするが(笑い)。ストレートでオープンな性格なのだと思う。今回、私に良い体験をもたらしてくれた、松井館長に本当に感謝したい。また、お互い身体を大切にして、最低でも後10年は生きなければならないと思っている。

 最後に、この日は感動体験、2連発の影響か熟睡できた。次の日、私は山梨の友人宅へ向かった。紅葉が始まり、富士山麓も美しい季節を迎えている。これからの人生、美しい季節を体験できるよう頑張りたい。







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2015年08月23日

8合目?

テーマ:エッセイ
八合目

先日、書籍の草稿を書き終えたと報告したが訂正したい。
登山に例えれば、前回は5合目までたどり着いただけだ。

まず、私はそこから頂上を目指すか躊躇した。しかし、とりあえず引き返すのはもったいないと思い、8合目を目標に登り始めた。

5合目から8合目まで費やした時間は、草稿を書き終えたと吠えた前回の約2倍。何十回と草稿を読み返し、加筆修正を加えた。
「わかりにくい」
「これではダメだ」
「そもそも構想に無理がある」


見直せば見直すほど、無理がある気がしてきた。
「引き返すか」
心の中で、そんな声が聞こえる。

これまで私は自分の体力(知力)?を信じて登り続けた。

酸素が薄い?そんな感じがする。頭も痛い?高山病のようなものだ。身体も辛い。

そんな状態で、なおかつ8合目。

これからが本当の勝負らしい。ちなみに登山の経験は低い山で1回だけだ。

しかも、歩き続ければ頂上にたどり着くというような構想ではない。最も険しいと思われるルートを選んでいる。最後には断崖絶壁が待っている。今、その断崖を登る覚悟を決めなければならない状態だ。


本当に大丈夫か?

現実は、これまで原稿用紙にして120~130枚ぐらい書いただろうか。
私の書籍完成までのイメージは、あと30枚ぐらい書いて推敲し、写真や図を挿入すれば完成するというものだ。しかし、それが果たして、出版社のOKをもらえるかはわからない。

正直、自分を信じるしか他はない状態だ。
もう少し書いて、まとまらなかったら諦めよう。


とりあえず、師範代の秋吉からもらった、大好きな熊本の銘菓をいただいて一服したい。



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2015年08月14日

ようやく書けました!

テーマ:日誌
ようやく書けました。
数年にわたり書きたいと考えてきた、理論書の草稿を書き終えました。タイトルは、まだ言えません。

実はここ数週間、実は大変な難問に取り組んでいました。結局、その難問は解けそうもありません。忙しいのに何をやってるんだか…本当に。「馬鹿者」という声が聞こえてくるようです。

僕は毎日、膝のリハビリもしなければならないし、道場の業務も山積しています。でも、この暑い中、いろんな人が頑張って仕事をしています。僕は毎日、そんな人たちの姿をイメージすることで元気づけられています。

しかし、家族には呆れられています。そんな中、書籍に関する閃きがあったので、お盆休み、超高速で、一気に書き上げました。正直、フラフラです。30時間ほどかかりました。身体の具合も良くないので、ストレッチを行いながら書いていました。

この原稿は遺言のつもりだと言ったら、笑われるか、怒られるか?でも、そんな気持ちで書きました。

これから推敲です。また、残りは実技のページの撮影とキャプションの仕事があります。実技に関しては、盆休みに入る前、秋吉と友人のカメラマンとで行いました。しかし、仕事は進みませんでしたので、これから実技のページの構想をチェックし、まとめなければなりません(ということは、半分終わったというだけです)。

しかし、大筋は書けたので喜んでいます。
もちろん、それが採用されるとは決まっていないのですが…。

ただ家族には本当に申し訳ないと考えています。休み中、お金にもならない仕事に夢中になっている私を、一体どんな目で見ているのでしょうか。せめてもの罪滅ぼしに、娘に漫画の本を買ってあげました(笑)本当にごめんね。

最後に、僕は空手の社会的価値がより高まるように頑張ります。もう少し、お待ちください。
反発もあると思いますが、空手に人生を賭けた、増田章の描く武道空手の物語(?)を世に出します。


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2015年07月20日

ストレッチの役割と効果について

テーマ:日誌

【近況報告】

先日、BMS用の撮影を行いました。前回と同じく女子部の和田さんに協力していただきました。和田さん、ありがとうございました。

その中に、ストレッチの写真があります。まだ一部しか撮影できていませんが、今後はBMSでストレッチの指導を行いたいと思います。

まずは、ストレッチに関する私の考えをまとめてみましたので以下に掲載します。ただし、ストレッチに関しては専門家が大勢います。今後、その方々の考えと私の考えを照らし合わせ、不十分な点を補いたいと思います。

今回の原稿は、日曜日に友人の奥様の誕生会&友人の集まりで富士山麓の友人宅を訪れた際にしたためたものです。

【薪割りの復習】

少し脱線すると、友人宅では薪割りの復習もしました。70~80%の上達です。薪割りのコツがほぼ掴めました。太い丸太がで一撃で、「パカッ!」と真っ二つになるのは、面白いです。

身体の使い方の研究になるので、詳しくまとめておきたいのですが、簡単に書いておきます。


私は最近伝統技の直突きの意識を若干変えました。簡単に言えば、体幹のしなりと停止(この辺は表現が難しい)を意識することです。そうすると突きに使う腕は自然に加速していきます。この感覚が薪割りの斧の振り方と似ているような気がします。また、斧を振り下ろす腕は、下半身の抗重力運動を体幹に伝えその下半身と体幹が作り出す運動を腕に伝えるだけです。つまり、腕は自然に振り下ろされるというような感じになります。丸太を割るときは、斧の重さを利用し振り下ろすので、力はさほど必要としません。ただ、丸太に斧が当たる瞬間に右の前腕を締める力が必要です。さらに言えば、斧を振り下ろす位置が重要ポイントのようです。私は打撃のポイントがずらして実験してみました。どうも丸太を一撃で真っ二つにするには、斧を当てる場所が1センチずれるだけでもダメなようです。

他にもいくつかの点に着目していますが、言語化し記述するには、時間を捻出しなければなりません。今回もみんなが談笑やバーベキューの準備をしている中、私だけがパソコンとにらめっこしていました。本当に研究には時間が必要です。また、言語化するには実験や検証のための資料の読み込み、考えの言語化と推敲などなど、1日があっという間に過ぎてしまいます。もちろん、その中で最低限、必要なことは行いますが…。

話を戻します。私が考えるストレッチの役割と効果は、武術の稽古のみならず薪割りにもつながるものです。また、私の悪くした膝が未だ完治しませんが(70%)、ストレッチが膝の機能の回復に役立つものと確信しています。それでは、サイト用の長文ですが、よろしければお読みください。




ストレッチの役割と効果について

※本稿はBMSにも掲載されています。▶︎BMS

【ストレッチの役割と効果~「身体を柔らかく使う」ということと「身体が柔らかい」ということ】

身体の動きは、大小の様々な骨と骨格筋で作られるようです。私は、良い動きとは柔らかい動きだと思います。では、柔らかい動きとはどういうものでしょうか?
私はまず、柔らかい動きについて、「身体を柔らかく使う」ということと「身体が柔らかい」ということを分けて考えます。

具体的に述べれば、身体を柔らかく使うということは、身体の各パーツ(骨と関節と骨格筋)の連携を上手に行うということです。また身体が柔らかいということは、一つ一つの筋肉や腱の伸縮性が高いということだと思います。そのことには関連性があり、一つのことと言っても良いのですが、厳密に言えば別のことです。さらに各パーツ(骨と関節と骨格筋)が高機能であるということとは別のことだと考えます。


【身体の各パーツの連携を上手に行うということ】

さて、身体の各パーツの連携を上手に行うということを考えてみます。各パーツの連携を上手に行うとは、身体の一つのパーツ(関節と骨、靭帯と骨格筋等)だけに過度の負担をかけないよう力を分散させることだと思います。同時に身体の各部分で生まれた運動量を統合することでもあると、私は考えます。

要するに、身体の各パーツの連携を上手に行うためには、骨を動かす骨格筋や関節や靭帯の状態をよりよく保つ必要があるのです。なぜなら、各パーツの連携を効かせて効率よく身体を動かそうとする時、状態(コンディション)の悪いパーツ(部分)があると、そこに障害が発生する可能性が高まるからです。また、足し算のように連携する身体の各パーツの一部に瑕疵(マイナス部分)があれば、全体として発揮できる力が減少します。つまり、身体の各パーツの機能をフルに発揮、かつ身体全体の機能を高めるためには、各パーツの機能をより良く保つことが重要なのです。

以上、身体を柔らかく使うということについて述べてきました。私が本項でお伝えしたかったのは、ストレッチの役割と効果が、ただ筋肉の柔軟性の確保という理解では不十分だということです。

【ストレッチの役割と効果】

繰り返しになりますが、ストレッチの役割と効果を、疲弊した箇所を自覚することや筋肉の血流を良くし、栄養分や老廃物の処理を促進するものだと考えてみてください。さらに身体の各パーツの状態を把握し、身体の機能を保持するために役立つと考えてください。

BMSにおいて、ストレッチを勧めるのは、武術としてのよりよい身体の使い方を目指すことの一環です。なぜなら、自己の関節の可動域や身体の各パーツの状態に絶えず気を配るということが、武術の技を探求することの同一線上にあると思うからです。

補足を加えれば、修練の中でも特に、上段廻し蹴りや後ろ廻し蹴りなどの習得には、股関節周辺の靭帯や筋肉の柔軟性などが必要です。しかし、ストレッチの役割と効果は、決してそのことだけではないと理解してください。

また、BMSが進めるストレッチの役割と効果とは、疲労や傷病からの身体の機能回復をはじめ、代謝機能などの促進も含んでいます。つまり、血流を促進することによる疲労回復や代謝の促進(ダイエット効果)など、より良い日常生活に効果があるということです。

BMSでは、毎日10分間以上、身体の血流の促進と姿勢の調整や骨の位置のリセットのために、ストレッチを行うことを勧めます。同時に体幹トレーニングや筋力トレーニングなどを行えばより身体機能の管理に効果的です。

最後に、これまで述べてきたことは、私が経験上感じたことを基礎にしております。ゆえにBMSでは、今後は専門家の意見を取り入れ、鍛錬やコンディショニングの方法を検証します。また、より良い方法を関する更新情報をお伝えしたいと考えています。


7/20一部コピーミス/修正済み
7/21一部修正










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2015年07月05日

近況報告と黒帯と黒帯を目指す皆さんへ

テーマ:日誌


【身体(からだ)があることに喜びと感謝を感じながら…】

いつも私のブログを読んでくださる方に、近況を報告したいと思い、文字を打ち込んでいます。


ここ数週間、インターネットで武道空手を伝えるBMSの制作を急いでおります。
先日、道場生の和田さんに写真の撮影にお手伝いいただきました。和田さんありがとうございました。また、師範代の秋吉もありがとう。

さて、3人の共通する思いは、なんとかして武道空手を学ぶ楽しさ、からだを掘り下げる喜びを空手道を通じて伝えたいということです。同時に仲間と共有したいということです。


そのような思いを込めたBMSの制作は、作業に慣れても1ページに1~1時間半ぐらいかかります。30分ぐらいに短縮したいのですが、私と道具(機械)のスペックの関係上、手間がかかります。

もちろん、BMSの制作以外でやらなければならないこと、その他の諸問題の処理もあります。時間と体力がもっとあれば良いと思う毎日です。正直、しんどいですが、みんなも頑張って生きているのだと、自らを鼓舞し続けています。

以下は、私の道場生向けのメッセージですが、私の空手道に関する考え方のみならず、生き方だと思ってください。仕事が一段落ついたら、またブログをアップします。

お会いしたことのない方もいると思いますが、お互い懸命に生きていきましょう。身体(からだ)があることに喜びと感謝を感じながら…。


【黒帯と黒帯を目指す皆さんへ】

IBMA極真会館では、伝統技の理解と組手技の理解を黒帯(有段者)の必須と考えています。

私は伝統技と組手技は繋がっており、決して別物ではないということ。また空手道からより深い事柄を理解するには、両方のことを掘り下げる必要があると考えています。

さて理解するとはどういうことでしょうか?私が考える理解とは、黒帯自身の体認のみならず、体認したことを他者によりよく伝えられるようになることです。そこには絶対的な到達点はないかもしれません。

また言うまでもなく、自身が経験、体認したことを、言語などで他者に伝えるということは困難です。

しかしながら、先人、先達が探求、体認したことを大切にすることは、今を生きる者にとっても意義のあることだと思います。また、そこに稽古の本質があると思います。さらに、そのような稽古姿勢が、先人に対する報恩であり、自身のみならず斯界を発展させる鍵だとも思っています。

是非、黒帯は後輩の稽古姿勢(心構え)をそのように導く役割があると自覚して欲しいと、私は思っています。


今回の講習会は、これまでの講習会とは枠組みを新たにしています。
また初伝のコースにおいても、数回の講習の受講が必要です。なぜなら、一つ一つの技の意味をより深く理解し、さらにそれらのつながりを理解していく為です。まずは、以下に記載した問いかけや技名に関して、知識があるかどうかを確認してください。その際、BMSを利用することをお勧めします。

BMSはまだ試験運用期間ですが、講習会の予習として活用できるよう制作を進めています。

最後に、私が考える稽古とは、全体から一を、一から全体を受け取り直す作業とも言えます。言い換えれば、一つ一つの技を深く掘り下げ、そこから全体とのつながりを理解すること。そこから一つ一つの技の応用・発展(高次化)をめざすことです。その過程が「道」を目指すということではないかと思っています。

▶︎BMS(武道人学院)


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2015年06月24日

組手技とは

テーマ:武道論
製作中のBMSの草稿です。
まだまだ仕事が山積し息苦しいです。茶帯、黒帯の人に目を通していただきたいと思い、推敲せずにアップしました。



組手技の稽古

【組手技とは】
組手技とは大掴みに言えば、相手と組手を行うための技です。
しかしながら、BMSにおける組手稽古の目的は、技の優劣、勝敗を競うことではありません。相手との技の受け取り合いを通じ、技の本質をつかみ、技の体得と創出を目指すということです。さらに言えば、技の体得と創出を目指す過程において自己の能力を向上させることなのです。

【自己の能力を向上させる】
自己の能力を向上させるためには体験が重要です。しかしながら、ただ体験するだけではなく、技(行動)の目的を意識した体験が必要です。言い換えれば、ゴールを明確にし、そこに達するルート(手段)選択の精度をあげていくことです。同時にルート選択後の修正能力(バランス調整能力)を高めることです。そのためには、自己の行動を吟味し、同時に行動結果からのフィードバックを大切にすることです。

具体的には、組手稽古による自己(心身)からの発信・指令を吟味します。言い換えれば、フィードフォワード制御を吟味することです。同時に他者や心身(自己)からの返信・受信を吟味します。言い換えれば、フィードバック制御を吟味することです。そのような吟味を通じ、自己内部に構築された広義のコミュニケーションプログラムや回路を再構築していく作業がBMSの空手武道の稽古・修練なのです。



鍛錬やコンディショニングについては、組手稽古を行うための自己の基盤・環境を整えること。また技の効力を担保するもの考えてください。

【BMS(武道人学院)の目指す空手武道とは】
さらに言えば、BMSの目指す空手武道とは、組手という他者とのコミュニケーション手段を通じ、自己の心と技を磨くことと言えます。言い換えれば、他者との関わり合いの方法を学ぶこととも言えます。例えれば、言語がそうであるように、空手武道の技も同様なのです。ゆえに、まずは基本を習得し、法則を型から学び、それを応用するという体験が必要です。

最後に、BMSの組手修練は仲間との関わり合いを重視します。また究極的にはコミュニケーション能力の向上を要求するものです。そのコミュニケーション能力の向上のために「応じ」と「転じ」という鍵概念(組手理論)を設定します。


「応じ」とは、ただ一方的に相手を攻撃する行為ではありません。また一方的に防御するものでもありません。もちろん自我の中に閉じるこもるようなことでもありません。
応じとは、相手を受け入れながら、それに対し最善の対応を目指すことです。その核心は「転じ」の概念が指し示すところです。最善の対応は個々人、状況に応じて多様です。しかしながら、最善の対応に内在する普遍的な要素を探求し、最善の対応を為すための心身の基盤をつくるのがBMSの空手武道です。

2015/6/24修正
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2015年06月17日

応じについて 草稿

テーマ:武道論
よりレベルの高い黒帯を育成したい。また武道人を育成したい。しかし…。
私は1秒でも早く、その目標実現のための実践プログラム(稽古カリキュラム)と一体化した理論を構築しなければならないと考えている。

しかし理想を追求するのは辛い。なぜなら道場性を満足させるには、私の理想は時に邪魔のような気がするのだ。では道場生を満足させるという理想をもてば良いではないかと言われると思うが、その通りだ。私はそのようにするつもりだ。しかし、そのためにはどうしてもより高度な抽象化とシステム作りが必要なのだ。

私は非力だが、もう少し頑張ってみたい。私の考えていることを整理するのにめどがついた。大体、500時間だ(サイト1ページにつき1、5~2時間を目安として)。それをアイディアで半分の時間で済ませたい(無理かな…焦らないほうが良いかも)。

以下は加筆修正した草稿である。まだまだ他の理論を書き足していくつもりだ。現段階では道場性には難しいかもしれない。しかし、まずは自分の頭の中の整理をしたいのだ。その上で、易しく表現したページも制作しようと思っている(でも本来、高度な感覚を理論化、抽象化しているのだから、一般人には難しいのは当然なのだが…つまり高度な感覚がわかれば一般人ではない)。

私がこのようなブログをアップしているのは、黒帯の有志に協力と理解を仰ぎたいからだ。また空手に対するとてつもなく高い理想を持っているのが増田章だ。その気概を捨てるのなら、もう消えようと思っている(もちろん責任を果たしてから)。


【応じについて】

応じとは「相手の攻撃技の効力を弱体化し、間髪を入れずに最大の効力を発揮する反撃を行うこと(優位性の創出と把持)」です。

ただし、応じとは「後の先」とも言い換えられます。要するに、応じとは単なる防御ではなく攻撃なのです。また高いレベルの応じには、相手の攻撃を未然に察知する力も必要です。さらに応じには位置取り、機会、高度な防御技と攻撃技との連携など状勢の支配力(転じ)が必要です。

初伝のレベル(初段から二段)では、相手の攻撃を受けてから反撃する、受け返し(デイフェンス&カウンター)かできないかもしれません。しかし中伝のレベル(三段から四段)では、相手の攻撃を防御しながら相手を崩す。同時に崩れたところを攻撃する、「応じ」を目指してください。応じはよりレベルの高いデイフェンス&カウンターです。

さらに奥伝のレベルでは、相手の攻撃を防ぎながら攻撃する、交差法(クロスカウンター)の応じを学びます。しかしながら、「相手の動きに未然に感応し、その動きを制していく」また「相手の動きと一体化し、争うことのない状態を保つこと」が奥伝の応じの目指すところです。

簡単に言ってしまえば、「応じ(Ouji)」の本質は、相手の動きにより善く対応することです。我々は、相手と対峙する際、応じの意識を持つことで、相手をしっかりと観る習慣のみならず、自己と向き合う習慣が身につくと考えます。さらに相手の力や技を利用することで、技術を無限に応用、発展させていきます。

我々は応じを体得するために組手稽古を重視します。しかしながら、組手稽古は単なる勝負を競う手段ではありません。あくまでも相手の動きに対応する心身のセンサーとそれにより良く対応する心身のプログラムを構築するための手段です。ゆえに組手競技の勝敗に拘泥することなく、組手-型の稽古を通じ、正しい理合の体得を目指します。つまり稽古で重要なのは、合理的かつ普遍的な心身の働き・動きを体得することです。

※組手-型(約束組手)とは、2人1組で予め相手とかける技を決めておき、実際に攻撃、防御、反撃を行う稽古方法です。組手型の稽古は、危険な武道空手の技を安全に稽古することができます。同時に繰り返し稽古することで、体力がない人や不器用な人でも、難しい技を体得する可能性がひらかれていきます。また相手と技を出し合う組手稽古において、防御法を知らなければ、恐怖心が先立ち、必ず力が入り、自分も相手にも怪我を負わせる可能性が高まります。

BMS(IBMA-BudoManSchool)では、武道空手の稽古の際、怪我防止という面のみならず、技の上達のためにも、「応じ(Ouji)」の理合を重視します。

また、自由組手(自由に技を出し合う実践的な稽古)の稽古の際には、勝ち負けという意識を持たないようにしてください。あくまでも組手稽古の基本的な心構えとして、「相手の技がよく見えるか」「応じ(Ouji)の力が身についたかどうか」という意識を重要にしてください。

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