増田章の『からだで考える』

増田章の拓真道(タクシンドー)

【生きるということの芸術家】

 

『我々は自然の恵みによって人間たる以上誰でも芸術家たることを許されている。

芸術家といっても画家とか彫刻家、音楽家、詩人という特殊な芸術家を言うのではない。

“生きるということの芸術家”なのである』

 

「禅と精神分析」小堀宗柏・訳/「鈴木大拙全集(増補新版第28巻232ページより引用)

 

 

以上は世界的な仏教学者、鈴木大拙氏の言葉である。私は金沢市にある鈴木大拙館で、その言葉が書かれたカードを目にした。

 

当然のことながら、私は肩書きのみで人を観ない。私は時に、人と人の人生を芸術作品として観る。その際、まず、その人の魂を観る。同時に生き方(技術)を照らし合わせる。不遜ながら、超一流の経営者である、稲盛和夫氏の人生を聞き、その人柄に接したとき、その人生、人格を優れた芸術作品だと感じた。他方、名もない市井の人の何気ない佇まいに、芸術作品を感じることもある。おそらくその人の人生も芸術作品のようであるに違いない。できれば、もう俗を捨てて、人とその人生を芸術作品として観て生きていきたい。それが、写真家を志した時の目標でもあった。同時に、そのような生き方こそが、増田流の「俗とともに生きること」でもある。

 

▼鈴木大拙

 

 

 

 

【蛇足】

 

以上のような説明では、増田が何を感じているかはわからないかもしれない。ただ、先述した鈴木大拙の言葉を目にして、大拙氏と私が、似たような眼差しを持っていたのではないかと、不遜にも感じていること。そして、自分の信念に基づいて生きていきたいと、強く思っている(今のままではダメだという意味で)ことだけは、蛇足ながら述べておきたい。

 

 

実は、20代の頃、鈴木大拙のことをほとんど知らなかった。30代の頃、幼少の頃の恩師の一人である永江輝代氏に「金沢が生んだ世界的思想家を知らない?」と、西田幾多郎の名前とともに教えていただいた。初めて読んだ著作は、「東洋の心」か「日本的霊性」だったと記憶する(自信がない‥)。

 

そこから、全ての著作とはいかないが、かなりの数の著作を読んだ。そして禅の思想にのめり込んだ。ある日、鈴木大拙氏の没後、高弟の古田紹欽先生が後を継いだ北鎌倉の松ヶ岡文庫に、私は手紙を書いた。そして私は、古田紹欽先生の承諾を得て、北鎌倉を訪ねた。その時、古田先生は、私に鈴木大拙先生の書斎を見せてくれた。庭に面した小さな部屋だった。そして、鈴木大拙先生が朱で返り点を入れた、臨済録の復刻版をいただいた。臨済録とは、禅宗の一つである臨済宗の経典である。武道家の心には、臨済の教えが、感応しやすいように思えた。ただ、道元の体系だった教えも、素晴らしいと思うし、私には興味の対象であるが。

 

実は、小学校3年生の頃、私は親鸞の本を読み、その感想文で表彰されたことがある。早くに夫を亡くし、信心深かった祖母が、私を可愛がり、よく寺院を訪れたこと。私の育った土地が、浄土真宗の信徒の多い土地柄だったことが、私の宗教心に影響していると思う。

 

私が鈴木大拙氏を好むのは、大拙氏に、禅のみならず、親鸞の教えをも包摂する、深い宗教体験と宗教理解があるからだ。つまり乱暴に言えば、理屈を並べるのではなく、根底に人間としての深い体験がある。それゆえ、大拙氏の思想には、普遍性があると思うのである。

 

少し鈴木大拙氏について紹介したい。

鈴木大拙氏は、外国に禅を紹介した仏教学者である。今日の禅ブームは、北鎌倉にある名刹、円覚寺の釈宗演禅師の通訳として鈴木大拙がアメリカに同行したのがスタートのようだ。海外における禅の理解は、卓越した英語力とともに深い宗教体験と理解を得た、鈴木大拙の存在と著作がなければ、成し得なかったとも言われている。その影響は、亡くなってから51年以上もたつ今日も続いていると思う。ノーベル賞候補にも上がっていたらしい。

 

 

 

 

 

 

2017-7-22加筆修正

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2017年7月15日

 

デジタル空手武道通信を始めた。

教本作りとその資金を集めることが目的である。これで、難しい増田カラテを教える準備が整った。これまでの教え方は、中途半端すぎた。これからは、もっとストレートに哲学を教えたい。

そう言うと、初めからクエスチョンマークが出るに違いない。しかし、冒頭に言っておきたい、増田カラテは哲学だと。

 

 

しかし、デジタルカラテ武道通信に至るまで、かなりの時間を要した。

 

にもかかわらず、「今回もみんなの心と頭には響かないかもしれないな」と弱気な声が聞こえてくる。

 

なぜなら、私の書くものは、英語のわからない者が、英語の文を読むようなものかもしれないと思っているからだ。また、私の話は、英語のわからない者が英語を聞くようなものだと思っているからだ。かなり努力してきたが、いつも虚無感に苛まれてきた。

 

おそらく、そんな感じのもの、つまり私の話などは、見た瞬間に「はい、次!」という感じなのだろう。人それぞれ、好きなことが異なっているのは当然のことである。また、経験量と情報量、すなわち経験値が異なので、完全に他者のいうことを理解するというのは至難だと思う(そもそも、自他の理解なども難しいが)。

 

 

そんな気持ちになったのは、時々、私は英語と格闘しているからだ。と言っても、私は英語をマスターしていない。しかし、その内に英語がマスター(読んで、書き、対話できるぐらいには)できると思っている。

 

なぜなら、難しい?増田カラテの学習法(メソッド)を構想しているからだ。つまり、学習法を工夫すれば、難しい増田カラテをより多くの人に教えられると考えている。ただ、それを形にするには今しばらくの時間と労力が必要である。

 

要するに、私の頭にある、その学習法のフレームと原則を応用して英語の学習を行なえば、昔の数倍のスピードで英語がわかるようになると思っているからだ。

 

「英語を知ってから45年以上も経つのに、未だ英語がろくに話せない者が何を言うか」とお叱りを受けるに違いないが、今、私は英語に興味がある。なぜなら、私の英語の上達が、私の構想する空手上達法(学習法)の研究に役立つと考えているからだ。

 

そして、そのような学習法の開発のためのワンステップが、実はカラテ武道通信であり研究科の開設だと言うことを、ここで言っておきたい。

 

私は自分を鼓舞する。「難しいことをやり続けよう」「これから数年先を見据えて」と…。

 

「ちょっと待て」「お前、今、何歳だ」数年先など考えている場合か。そう怒る、誰かの声が聞こえる。

 

でも、身内にはこう返したい。「何かを極めようとするのは、とても楽しいんだ」「ご飯を食べなくてもね」

 

全く、私は弱気で悲観的なのか、楽天的なのかわからない。

多分、身内は、いい加減にして欲しいと怒るだろう。ついには逃げ出すかもしれない。

 

確かに、楽天的すぎるかもしれない。また、ちょっとだけ、楽天的な気分になっているようだ。しかし、子供の時から「今に見ていろ」と周りにも自分にも言い聞かせて、私は生きてきた。

もう、じいさんになりかけているが、いつも大きな夢を見る性分は変わらないようだ。

 

最後に、以下に武道通信の「言葉で自己を鼓舞する」という欄の創刊号の文言を掲載しておく。

 

これは、いつも本を読み、言葉で自分を癒し、鼓舞してきた、私の独り言だと思ってもらっていい。

 

 

言葉で自己を鼓舞する

疲れたら少し休み、そして、またやり始めることだ。その繰り返し、反復が大事である。その中から何かが見えてくる。その何かを見極めるんだ。

 

その何かがお前を救うか、お前を堕落させるかは、わからない。ただ、その何かが、お前の将来を決めるだろう。

 

 

2017−7−16:一部加筆

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懸案事項として1年以上も、処理できず、保留にしていたことがことがようやく処理、具現化できそうである。

 

現在、そのため猛スピードで準備をしている(私は集中すると寝食を忘れる)。

以前も書籍の出版時は徹夜をすることが多かったが、また、そんな気分になっている。だが無理はやめよう。体の具合が良くない。そういいながら、すでにかなり無理をしている。

以下は、ブログにもアップした原稿をリライトしたものだ。これから、理論と修練体系のまとめに向けて頑張りたい。

 

 

応じ(Ouje)とは何か?

 

応じとは「相手の攻撃技の効力を弱体化し、間髪を入れずに最大の効力を発揮する反撃を行うこと(優位性の獲得と創出)」です。

また応じは「後の先」という攻撃法の一種ですが、単なる攻撃のための戦術ではありません。それは、「後発制人(Gohatu Seijin)」という先達の教えの実践手段です。ゆえにより高いレベルの応じには、相手の攻撃を未然に察知する力(予測力)が必要となります。また応じの基盤として、位置取り、機会、技と技との連携などによる状況(局面)の支配力が必要です。

初伝のレベル(初段から二段)では、相手の攻撃を受けてから反撃する、受け返し(デイフェンス&カウンター)かできないかもしれません。しかし中伝のレベル(三段から四段)では、相手の攻撃を防御しながら相手を崩す。同時に崩れたところを攻撃する、「応じ」を目指してください。「応じ」の稽古の目指すところは、レベルの高いディフェンス&カウンター技の習得ですが、そこに止まりません。真に目指すところは、「組手における自他のリズムの調整→自他呼吸の調整→自他の変化の予測→自他の技の判断→自己の技の選択」というような感覚とそれを制御する能力を身につけることなのです。

 

さらに奥伝のレベルでは、相手の攻撃を防ぎながら攻撃する、より高次の「応じ」である交差法(クロスカウンター)を学びます。しかしながら、「相手の動きに未然に感応し、その動きを制していく」また「相手の動きと一体化し、争うことのない状態を保つこと」が奥伝の応じの目指すところです。より高いレベルの「応じ」を体得するためには、組手稽古の量が必要です。しかしながら、組手稽古をただ行なうだけでは、応じの感覚は身に付かないでしょう。組手型を含めた組手稽古は、相手の動きに対応する心身のセンサーと処理プログラムの構築手段です。多くの人が組手の勝敗に拘泥して、そのような構造に目を向けません。特に稽古における組手は勝敗に拘泥せず、より高い意識で行うようにしましょう。また、試合も単に勝つというのではなく、正しい理合の体得を目指すという心構えで行う方が良いでしょう。

※初伝、中伝、奥伝とは、増田空手の体系の中の技術(理論を含む)レベルの目安

組手型(KumiteGata)とは何か?

組手型とは、増田流・極真空手の稽古において、相対で行う型のことです。約束組手は組手型の基本形です。

組手型の稽古の仕方は、まず2人1組となります。次に、「受け」(攻撃側)と「取り」(応じ側)に分かれ、受けの攻撃に対し、取りが受けの攻撃を防御し、瞬時に反撃を行います。そのような形が組手型の最も基本的な形です。

組手型の稽古は、単独で行う稽古よりも、より実際の組手に近い形で攻防の稽古を行えます。また、組手型の稽古は、初心者で組手に慣れてない人でも、安全性を確保しながら、組手稽古の準備ができ、かつ、繰り返し組手型を稽古することで、体力がない人や不器用な人でも、時間をかけて難しい技を体得することができます。

もし「応じ(Ouje)」の技術がなければ

応じの技術は、相手の攻撃を防御するのみならず、反撃を瞬時にすることで、相手の連続攻撃を防ぎます。つまり、相手は的確な「応じ(ouje)」により、組手のリズムを狂わされ、攻撃をリズムカルに連続させることができなくなるのです。

もう一つ重要なことを言っておきます。もし「応じ(Ouje)」の技術がなければ、相手と技を出し合う組手稽古において、自分が怪我するのみならず、相手にも怪我を負わせることになるでしょう。

なぜなら、応じ(Ouje)の感覚がない人が組手を行うと、恐怖心が先に立ったり、すぐに感情的になったりして、絶えず体に力が入るからです。そうなると、思うように動けなかったり、無駄な動きをしてしまう可能性が高まります。つまり、組手で自ら怪我をしたり、相手の怪我を追わせたりする人は、「応じ(Ouje)」の感覚と技術がない人です。そのような空手は、極真会館増田道場の目指す空手ではありません。ゆえに、極真会館増田道場の道場生は、すべからく組手型を通じ、「応じ(Ouje)」の稽古を行ってください。

 

 

 

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【不思議な夢を見た〜愚か者の夢】

 

 

7月6日、私が時々気分転換に訪れる富士山麓の西内邸は、部屋数が多くかつ広い。また庭と周りの環境が素晴らしい。私は西内氏が大好きである。最近、家族を含め、誰も私の相手になってくれない(昔からか)ので、ずっと西内邸に行きたいと思っていたが、時間がなかった。今回、良いワインをいただいたので、一人で飲むのは勿体無いと思い、急だったが、西内氏に電話をかけた。珍しく、タイミングよく電話に出てくれて、突然の訪問を快諾してもらった。夜から向かい、一杯やった。普段私は、外では飲みたくない。お酒が弱いのと知らない人が大勢いるところで飲むことに嫌悪感があるからだ。また、家の近くで飲むなら良いが、それ以外では緊張感が高まる。その点、富士山麓は、とても安心できる場所だ。私は、飲める人から見れは、ほんの少しの量だが、この日は西内氏と共に飲んだ。

 

わずかな量だったが、私は飲酒するとよく眠れない。この日も眠りが浅かった。また、私は自分の部屋以外では眠れない性分だ。それが原因ではないと思うが、自分の片腕が捥げ、母親に、捥げた片腕を早く冷凍してくれと、催促している夢を見た。夢の中で私は、片腕を冷凍し、なるべく早く手術をしなければと考えていた。また、これから片腕になるかもしれないと、焦っていた。私は時々、夢を記憶しているが、今回の夢は、少し奇妙で不思議な感じのする夢だった。

 

7月7日、朝の早い、西内氏に遅れて起床した後、朝からパソコンに向かった。朝の清々しい気の中、久しぶりに頭が回転してきたように感じた。そこで、空手武道通信のアイディアを書き留めた。その内容は私の道場のサイトとフェイスブックにアップしてある。是非、見て欲しい。

 

実はこの日、数ヶ月前に急逝した、極真空手家の黒澤浩樹氏を偲ぶ集まりがあった。私は、その集まりの発起人に名を連ねていたので、サイト作成の作業を保留し、午後には東京に戻った。「黒澤浩樹を偲ぶ会」と掲げられた会場では、久しぶりに再会した、懐かしい顔が多く見られた。

 

 

このブログは、サイト制作に触発され、その番外編として書いたものである。そのサイトのメッセージの中、私の空手家としての立ち位置に触れた。私の空手家としての立ち位置は、「極真空手を最高の空手にする」ということと言って良いだろう(できれば、空手武道通信のメッセージと合わせて読んでいただくとつながる)。

 

さて、7月7日は七夕の日らしい。「黒澤浩樹を偲ぶ会」では、共に極真カラテの看板を背負った、松井章圭、七戸康博、岩崎達也、派閥を超え、多くの仲間が集まった。松井氏は昔から律儀な男だった。私は昔から、彼のそんなところを大好きかつ尊敬している。「黒澤浩樹を偲ぶ会」は岩崎達也氏と松井氏の尽力により主催された。私は松井氏の行為を素晴らしいと思っている。私は、黒沢氏のことを極真空手の一時代を共に背負った、「戦友」として讃えた。私は、たとえ過去に確執があったとしても、ここはラグビーのように「ノーサイド」として立ち振る舞うべきだと、考えていた。また、心からその存在に感謝できるような生き方をしなければならないと思っていた。同様に考えたかどうかは、わからないが、七戸氏は、遠く沖縄から参列し、参列者と共に、在りし日の黒澤氏を讃えた。大変、美しい光景だった。また、正道会館からは、角田氏が参列していた。私は角田氏が好きである。だいぶ前に数人で食事をしたことがある。そんなに親しい付き合いはないが、角田氏も律儀な人である。ここで断っておくが、私と黒沢氏はなんの確執もない。私は、形式張った付き合いが、面倒臭いがゆえに、人付き合いが苦手である。ゆえに、これまで多くの素晴らしい人との交流の機会を逃してきたかもしれない(その代わりに腐れ縁が多い?)。

 

もう少し松井氏のことに触れておきたい。最近、松井氏とは昔の関係性を取り戻し、口論ができるようになった。これまでは、立場の違いを考え、遠慮してきた。しかし、私は今、ここでいう「立場とは何か?」また「立場の違いとは何か?」を、自分に問いかけている。皆、本当にその意味を理解しているのだろうか。もちろん、人の立場を尊重することが、社会において必要なことぐらいわかっている。しかしながら、その意味を真に理解しようと試みれば、力の優劣、組織、勢力の大小、年齢の上下等の違いは、双方向で理解しなければならないのではないだろうか。反骨の性分の私からすれば、むしろ、上のものが下のものを、権力を有する者が権力のないものを、力のある者が力のない者の立場を慮ることこそが、立場を考えることの社会的意義だと思う。また、繰り返すがこれからは、双方向で立場を慮り、交流する。世界の平和を求めるなら、そんな考え方、スタイルがこれからの世界に必要だと思う。ともあれ、松井氏とは、そういうことも含めて、今後、若い時の幼稚な口論と異なる、高いレベルの討論、対話ができると思っている。上から目線だと感じるなら、御免。


 

「黒澤浩樹を偲ぶ会」は、たまたまなのか、何かの夢を込めたのかは、わからないが、七夕の日であった。この日、私は極真空手の価値を高める、そんな願いを込めた。

 

もっと「黒澤浩樹を偲ぶ会」の模様や追悼を書き記したいが、機会を改めてにしたい。

 

最後に、富士山麓で今朝、私が見た夢は、そもそも私の序盤の人生(幼い頃)が片腕でスタートしているということの暗示であると思っている。それを今の今まで、変わり者と思われながら片腕で必死に生きてきたというのが本当の姿だ。幼い頃からの片腕ゆえに、特に片腕に対する憧憬が強くなった。私は、いつか片腕を取り戻そうと頑張ってきたのだが、取り返す余裕もなかった。それが私の人生だ。見方によっては、私は諦めが悪く、執念深い人間に見えるかもしれない。同時にそのような生き方は、愚か者の生き方の典型かもしれない。私は、そう思いながらも、愚か者のままで生きてきた。そんな生き方しかできなかった。これ以上は、詳しく書かないと意味が伝わらないと思うので、このぐらいにしたい。

 

おそらく、7月7日に見た夢は、「お前には、昔から片腕がないんだ」「急がなければ、片腕が取り戻せないぞ」と、さらに「もう片腕なら片腕でも良いではないか」「いい加減、覚悟しろ」と、神様が、愚か者の私に囁いてきたんだと思う。

 

2017−7−8一部加筆修正

 

 


 

 

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今日の朝刊(朝日)に井筒俊彦氏の「意識と本質」という本に関する記事があった。寄稿者は社会学者の大澤真幸氏である。

 

私はこの記事に嬉しくなった。実は、この本は出張にどの本を持って行こうかと、私が悩む時、必ず持ち歩く本だからだ。

 

さて、その辺を以下に詳しく書きたい。

 

私は子供の頃から本が好きである。成人し、経済的に余裕ができてから(家族ができ、現在は困窮しているが)、本を買い続けている。実は図書館を作り、そこで暮らすのが、私の夢だ(叶わぬ夢かもしれないが)。おそらく、家内は怒り心頭に達したことが何度かあるはずだ。現在は諦めの境地だろう。おそらく、周りは、そんなに多くの本を全て読めるのかと疑問を持っているのであろう。確かに全ての本を読むのは難しい。しかし、精読するもの、斜め読みするもの、興味のあるところだけ読むもの、資料として買っておくもの、などなど、私にとっては全て必要なものなのだ。そして6割は読み、後の4割は、少しだけ読むか、資料としておいてあるものである。本当は、全ての本を精読するのが私の理想である。ゆえに、出張で電車や飛行機の中に缶詰状態になるとき、ここぞとばかりに本を読もうとする。その結果、カバンの中が本でいっぱいになることが多々あった。周りはその姿を笑った。さすがに私も経験を重ね、そんなに多くの本を詰め込んでも読めるはずはないと、考えを改めた。そして、何度も目を通す本を決め、その本の中から1冊、新刊を1冊だけ持ち歩こうと考えている。その何度も目を通そうと決めた本の一つが「意識と本質」である。

 

では、なぜ、この本に何ども目を通そうと考えたかである。その理由が大澤真幸氏の解説でよくわかった。以下に大澤氏のくだりを載せたい。

 

『こうした紹介から感じ取ってもらえるだろうか。本書を貫いている「普遍」への意志を、である。人類が蓄積してきたあらゆる知を総合して真理に迫ろうとする驚異的な野心。これに深く感動する』(大澤)

 

私は、20年ほど前、仏教や哲学、そして社会学等の本を多く読んだ。仏教は鈴木大拙に惹かれ、その著作や禅に関する著作を多く読んだ。哲学はドイツやフランスの哲学者の著作、社会学では、ニクラス・ルーマンの社会システム理論に惹かれた。そんな中、日本、中国、西洋の宗教や思想、さらには、インドとイスラム社会の宗教と思想など、すべてを東洋思想の中に包摂し、そこに内在する普遍性を探求しようとする井筒先生のこの著作に惹かれたのだ。

 

正直言えば、私は大澤先生(面識はないが敬意を表して、そう呼びたい)の見識には足元にも及ばないだろう。しかし、大澤先生が述べたことと同じことを感じていたのだ。

 

この本に関して、もう一つ話したいことがある。10年ほど前に、シリア人の松濤館空手の世界チャンピオンと知り合いになった。彼は奥様が日本人だった。それゆえなのか、日本語がとても上手だった。初対面では、非常に誇り高い感じがしたが、誠実かつフランク、かつオープンだった。とても話しやすく、一度、食事でもしながら、じっくり話をしたいと、私は思っていた。ある時、彼にイスラム文化の話を質問した(私は質問好きである)。その時私は、井筒先生の著作から得た、イスラム教に関する知見を伝えた。私は、この考えは井筒俊彦という先生の本から学んだと、その時に伝えた。そのとき彼は、「井筒という者を知っている」。「テレビで見た」。「彼のイスラム文化に関する見方(見識)は完璧だ」と言ったように記憶する。その後、私が忙しくなり、彼と会う機会はなくなり、現在は連絡先を紛失してしまった。その後のシリアの情勢を聞くにつれ、時々心配している。つまり、私が井筒先生の著作を何度も読み返すのは、現在の中東のみならず世界の情勢の本質について考える際、大いなる示唆を与えてくれると思うからである。

 

その後、井筒先生に対する、各ジャンルの専門家たちの異論を目にしても、井筒先生を私は支持したかった。なぜなら、井筒先生のような大きな視点で物事を観る学者がいないように思うからだ。つまり自己から世界を、世界から自己を、とでもいうような、包括的かつ個別的(特殊)な思索方法こそが、知的欲求を昇華させる、究極の姿ではないかと、私は思うからである。

 

私は頭が悪いにもかかわらず、その知的欲求として、「世界の構造とは何か、その中で自己とは何か」という問いを立てざるを得なかった。人類が数多繰り返してきた、分裂(対立)闘争の最中にあって…。

 

最後に大澤先生の言葉を繰り返したい。『人類が蓄積してきたあらゆる知を総合して真理に迫ろうとする驚異的な野心。これに深く感動する』

 

昨今は、「ポスト・トゥルース」の時代だと、言われているらしい。

 

だからこそ、私はこう思う。大衆迎合的で、目先の支持を求めるような思索や言説を行う学者、知識人は見たくない。そうではなくて、井筒先生のような、「より深い知の探求」を試みる学者の出現を、これからの時代、そして、この国から待ちたいと…。

 

 

 

 

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  私は幼少の頃から、自分の人生について、悩んできた。頭脳明晰ではないにもかかわらず、である。そもそも頭脳明晰でないから悩むのか…。とにかく、周りから愚図に見えたに違いない。否、気狂いと思われていたかもしれない(すみません適当な言い換えができません)。

 

 その悩みと苦しみは、私の性質にアスペルガー症候群の傾向があったからではないかと、考えている。詳しくは書かないが、幼少の頃、私には偏執狂的なところがあった。やがて、それは克服された(そう思っている)。

 

 その悩みと苦しみから、私が逃れることができたのは、極真空手に人生を賭けてからである。そして、いつも疎外感があり、人生に怯えていた私が、極真空手の長やその組織の有力な人達と交わるようにまでになった。上手な言い方はできないが、私にとって、極真会とは「家」のようなものだった。時に私に厳しかったが、同時に私を守ってもくれた。ある日、その「家」が崩壊した。私の心中には、私にとって「家」のような極真会を取り戻したいという思いが、ずっとある。今回は長くは書かないが、人間が社会を形成し、その中で生きて行くには、「家」が必要だ(社会自体も「大きな家」のようなものかもしれない…)。家族、家庭と言い換えても良い。そこには、「家」が自分を育て、かつ守ってくれるという事実がある。また、自分が生きた証があると思うのだ。

 

 さて、私は5月で55歳になった。そのぐらい生きていると、死というものがだんだん身近に思えてくる。まだ、死を恐れるような状態ではないが、私より若い人たちが亡くなるのを聞くと、次、私の番だとしてもおかしくない。

 

 振り返れば、幼少の頃から思い続けていることが、私にはある。それは、「自分がどんな状態になったとしても、自分は自分だと、胸を張れるような自分でいたい」ということだ。そのために、「自分とは何か」と問い続けている。その問いかけの応えの一つが、「家」を大事にするということである。さらに、そのために何をするかと、絶えず問い続けている。それが、私の生き方だ。

 

 話は変わるようだが、拙著「増田 章 吾、武人として生きる」に私の稚拙な詩を、数点載せている。その中に、「人生という試合場で」というタイトルのものがある。その詩は、「すべてのものがパートナーだと感じる日まで」と結んでいる。

 

 実は、その詩を書く前、私は一冊の本を読んでいた。それは、ビクトール.E.フランクルの「生きる意味を求めて」という本だ。

私の空手の「応じ」という概念は、古今東西の哲人の思想と自分の経験、そして、フランクルの示唆する世界観の影響もあったと、改めて思う。以下に、その本からの抜粋を載せておきたい。

 

 『人生は、日々私たちに問いを投げかけてくる。それゆえ、この記録はドラマチックである。私たちは、人生の方から問われているのであり、それに応えていかなければならない。言わば、「人生とは、生涯にわたる問いと答えとの繰り返し」である。そして、答えに関しては、生涯をかけて応えていくことだけが可能なのだ、と何度でも言っておこう。このように人生に対して「応えていく」ことこそ、自分の人生に対して「責任を持つ」ということなのである。

 

 永遠の記録は失われることはない。これは慰めであり、希望である。しかし同時に、修正することもできない。これは戒めであり、暗示である。過去からは何も取り除くことができないからこそ、どのような可能性を選択し、過去に保存するかは、私たち自身にかかっているのである。「修正することができない」というのは、「私たちに課せられた、この責任の重さを思い出しなさい」という暗示なのである。』出典: Viktor.E.Frankl   生きる意味を求めて(春秋社/諸富祥彦:監訳) 

 

 最後に、吉田拓郎の楽曲に「人生を語らず」というものがある。初めて聞いた時、「人生を語らず」と言って、十分に人生を語っているじゃないかと、私は「ツッコミ」を入れていたが、好きな楽曲だ。

 

 私も今、人生を語っているのではない。人生を生き切ることについて、思索を深めようとしているだけだ。どんな時でも自分とその人生を受け入れられるように…。55歳の誕生日、みんなの健康を祈りつつ。(以下の写真は、増田家の墓からの眺め)。

 

 

【蛇足】

 蛇足ながら、拙著、『増田 章 吾、武人として生きる」というタイトルは、私の希望では、「魂への刻印」だった。その希望は、拙著の内容が稚拙かつ未熟な構成だったのだろう、却下された。しかし、私は、自分のことを武人だと認識したことは、一度もない。むしろ、自由を尊重する、リベラルな人間だと認識していた。ただ、そのような人間が、「武人的な生き方」として伝えたかったのは、武人の思想に内在する、普遍性である。また、その普遍性とは、リベラルな私が追求した、「個の自覚」と「自我の超越」と言っても良いような、志向性である。いずれ、その辺をまとめたい。残された時間がないかもしれないが。

 

 

 

 

 

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   昨日からサイトに問題があり、その調整に時間が取られている。今私には、やり遂げたいことがいくつかあるが、身体の老化とそのケアに時間が取られ、思うようにならない。おそらく、私の同年代の人間のほとんどは、同様だと思う(中には健康な人がいるかもしれない)。

   なにげなくテレビに目をやると、大腸ガンの特集をしていた。私の仲間も癌でなくなったり、闘病している人がいる。癌は人ごとではない。みんな、健康に気をつけて欲しい。

 現在、ブログの更新は、体力の余裕があるときだけにしていが、私がいつも仲間の健康を祈っていることぐらいは書いておきたかったのでブログに向かっている。

 さてテレビでは、大腸ガンの検査は、検便や内視鏡検査で、比較的簡単にできるらしい。さらに、検査を定期的に行い、早期発見を心がければ、良い治療法もあるようだ。また、大腸ガンの予防(再発防止も含め)には、定期的な運動が効果的らしい。

 もちろん、病気の可能性は大腸ガンだけではない。繰り返すが、健康には、みんな気をつけてもらいたい。そして、みんな一緒に年を重ね、老壮青少、全ての年代が仲良くできるような社会づくりを目指そうではないか。

 

 蛇足ながら、私には、政治、経済、教育、また選挙制度、あらゆる社会システムに一家言ある。しかし、まずは足元を見て、しっかり歩いていけるようになってから、小さな発信を続けたいと思う。

 

 

 

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負け方〜道場生に向けて 

 

【印象的だった道場生】

 5月3日の交流試合において、印象的だった道場生がいる。その道場生は、中学1年生のクラスで体力のある相手に一本負けを喫しながらも、試合終了後の挨拶で、「ありがとうございました」と大きな声で相手と握手をしていた。

 一体、どんな感情が彼の内面に溢れ出ていたのだろうか。一本負けの直後には、かなりの落胆が伺えた。しかし、その感情を抑えるようにして、堂々と相手に「ありがとうございました」と礼を尽くす態度に、私は感銘をうけた。私は、この経験が将来、彼の人生に必ず活かされるように祈りたい。同時に我が空手道をもっと価値あるものにしたいと思っている。

  実は、私は道場生の交流試合の際、いつも苦心している。それは負けた選手にどのように満足してもらうかということだ。普通に考えれば、負けた者は満足しない。ただ、負け方にも様々あり、1回戦に負けるのと決勝で負けるとので感慨が異なると思う。また、判定で負けるのと1本負けとでも同様である。つまり、試合後の感覚(感慨)は一人ひとり、異なるのが本当だと思う。

 だが、ここで私が考えているのは、多様な感覚を繋げる普遍的な満足感の得方についてである。中には、満足感などいらない。負けると言うことは、不満足感を得ることであり、それに耐え、それを乗り越えることが、試合経験の目的だと言われるかもしれない。私は、そのような考え方も認めつつ、やはりある種の納得感とでも言い換えたら良いような、満足感を得ることが必要ではないかと思うのだ。

【プロの勝負の世界では】

 プロの勝負の世界では、「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」という。日本の武人、松浦静山の常静子剣談からの教えである。ゆえに勝負に生きる者は、徹底的に敗因を分析し、その改善に努める。その考え方、対応の仕方は素晴らしいと思うが、我々が抱える、空手道場生は、勝負の世界に生きるものではない。また、空手の世界にそこまで厳しい勝負のルールがあるとは思えない。それでも、勝負の世界の厳しさを体験することが、空手を行う意義だというならば、反論はしない。

【試合体験の意義】

 しかしながら、私は、頭で考えるだけではなく、体と心で感じる、そのような経験が試合体験の意義だと思っている。また、経験は考え方(捉え方)一つで浅くも深くもなるだろう。私は、できうる限り、深い経験となるよう指導したいが…。自分の指導者としての未熟さが歯がゆい。ともあれ、人間の成長には経験が大事である。勿論、あらゆることを一つの個体、人間が経験できるわけではない。だが、古今東西の人類のあらゆる経験を文化、文明という大きな樹及び森の果実を得るようにして、我々人間は生きている。今、私が道場生に向けていう「経験」とは、一人ひとりが自分の身体と脳を用い、感じ、創り上げていく小さな樹の養分のようなものだ。つまり言い換えれば、経験とは、自分という樹木の養分(栄養分)を得ることだ。通常、競技大会では、チャンピオンになることが至上の価値だと思われているかもしれない。しかし、私の主催する小さな競技大会は、一人ひとりが自分という樹を育てるための養分を得る場としたい。また、そのような価値を我が道場のスタンダードとしたいと、思っている。

【子曰く、学びて思わざれば則ち罔し(くらし)、思いて学ばざれば則ち殆し(あやうし)】 

 そのような気持ちもあって、交流試合前の挨拶が長くなった。3分以内という私自身のルールを破り、5分ぐらいと長くなった演説(挨拶)では、論語の言葉を引用した。私は、「子曰く、学びて思わざれば則ち罔し(くらし)、思いて学ばざれば則ち殆し(あやうし)」、「試合の意義は学びを深めること」だと、一席をぶった。しかし、いかに論語にある言葉の意味喚起作用とその内容が優れていても、その言葉自体、すなわち記号の意味が理解・共有できなければ、ただの雑音にしか聞こえなかったに違いない。

【学びとは】 

 私がこの言葉を使い言いたかったのは、「学び」とは人からの話、書物からの学習のみならず、「何らかのルールを基盤としたコミュニケーションと同義の経験が全て学びである」という定義が前提の上である。論語解釈では、学びとは、知識を得ることとしているが、私は、「学びとは経験のことだ」としたかった。補足すれば、経験の中には偶発的な体験も含まれるが、「何らかの知識を元に行動を選択すること」が含まれている。私はその全体を持って学びと考える。おそらく論語読みからは、勝手に解釈を変えるなと、お叱りを受けるに違いない。

【私の身体に意味喚起されるのは】

 私が論語を読み、私の身体に意味喚起されるのは、「経験がまず大事ではあるが、それを掘り下げ吟味しなければ、近視眼的な人間になる。また、物事について掘り下げ、よく考えるとしても、絶えず自ら経験(何らかの知識を元に行動を自らが選択すること)を積み重ね、それと照らし合わせなければ、独善的な人間になる」という意味だ。

【負け方】

 さて、冒頭に挙げた道場生のような負け方(経験)は、自分という樹に、「思いやりを育む役割を持つ養分」を与えるような学び・体験だと考えたい。そして将来、素晴らしい果実を実らせることに活かされると信じている。一方、勝ちを得たとしても、その経験を深く掘りさげ、その普遍的な部分を活かしていこうとしなければ、自分という樹は決して見事には育たないだろう。また、「負け」という経験を恐れる生き方は、大切な学びの機会を逃していると言いたい。

【経験・学びを活かせば】

 繰り返すようだが、そのような経験(学び)を一人ひとりの道場生に持ってもらいたいと、私はいつも願っている。そして、勝っても負けても、その経験を善く掘り下げ、活かして欲しいと思っている。その先に敗者はいない。言いかたを変えれば、「どんな嬉しい経験も、活かさなければ、いつかそれは負ける種子となる。一方、どんな辛い経験も、活かせば、いつかそれは勝利を得る種子となる」となるだろう。

【蛇足】

 いつものことだが、蛇足的なことを記す。毎日、あらゆることに改善点がありすぎて、ブログ更新の時間を捻出が困難な中、今回のブログで取り上げた道場生のことを、なんとか書きたいと思っていた。そして、帰省した際、書き方が閃いたので書いてみた。

  帰省は往復1000キロ以上の移動距離、一泊2日の行程であった。故郷、金沢での行動は、私を可愛がってくれた祖父母、そして苦労をかけた母の墓参り、身体が不自由な父と不器用が故に愛おしい妹に声をかけること。また、中学の時の柔道仲間と街に繰り出すのが定番である。そこに今回は、昔からの相談相手である友人と会うことが加わった。とても強行スケジュールだったが、私の帰省は煮詰まる頭の中のスイッチの切り替えに必要なことだと思っている。行きは朝6時に起き、ゆっくりと車を進ませた。途中、南アルプス、中央アルプスと山々の景観を楽しみながら、9時間以上かけた。行きは季節、快晴に恵まれ、日本の風土の美しさを再認した。2週間ほど前に北海道の道場を訪問したが、北海道も美しかった。「ああ、日本は本当に美しい」、そんな思いを強くした帰省だった。一方、帰りは6時間ちょっとで帰った。いつものことだが、スイッチの切り替えは、墓参りと実家で父の顔を見ることで終わっている。そして、スイッチを切ってすぐにスイッチを入れた(私はせっかちである)。そして、スイッチを入れた時に思うことは、いつも素晴らしい道場生がいる間に、もっと我が空手道を高めなければということである。

 

訂正:負けに不思議の負けなし〜という言葉は、中国古典ではなく、松浦静山の言葉だった。松浦静山といえば、常静子剣談だったと思う。常静子剣談は、私が敬愛する著述家の是本先生から、先生が意訳(現代語訳)された原稿をいただいたことがある(出版されたら良いのになぁ・・・)。また、その武道観は深く共感するものである。ブログを再読して、思い出した。一応、確認したい。御免。

 

 

 

 

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本日、交流試合を無事終えた。実は、交流試合前、水面下で少々思案が必要だった。私は運営を任せている秋吉に、私なりの考えを述べた。その要点は、試合における、「安全性の担保」と「ルールの明確化」であった。

 

私は、極真空手における組手の安全性の確保について、これまでも気を使ってきたつもりだったが、絶対はない。先の栃木県立大田原高校の登山訓練による死亡事故は、厳しい言い方になるが、人災だと思う。

 

初めは、従来通りに試合の枠組みを組んだが、私は前述の2点を考慮し、試案を秋吉に提示した。秋吉は私の考えをすぐに理解し、それを受けて、非常に良い案を迅速に提示してきた。私はすぐにその案を了解した。なぜなら、非常に良い案だったからだ。その対応の結果かどうかは確定できないが、今回の交流試合は怪我も少なく、また重大な事故も起きずに済んだ。

 

その内容については記載しないが、根幹をなすのは、「安全性の担保」と「ルールの明確化」と2つの判断基準をベースに現行ルール(運営方法など)を改善し続けるということである。ここでいう「ルールの明確化」には、選手のみならず、運営スタッフ、保護者等の理解、納得を含めている。

 

あえて言っておくが、現場における組織運営には権威が必要だと思う。換言すれば、組織の中枢に権威という信頼感と合意が形成されていなければ、その組織は烏合の衆のようなもの、大事な時に機能しなくなるのは目に見えている。また、それを何らかの恐怖感によって代替するあり方は、私の理想とするところではない。更に言えば、権威の中枢に鎮座する主催者(主宰者)が、有無を言わさず、ルールを決めるというスタイルは、私の考え、趣味とは合わない。

 

私はいつもイベント中は、皆にIBMAルールの根底にある理念を納得させるために、脳をフル回転させている。そんな中、今日が我が国の憲法記念日だということ思い出していた。朝、新聞にさっと目を通しただけだったが、思うところがあった1日だった。

 

さて、相変わらず大仰な物言いだと思われるだろうが、私は人類における共同体の普遍的かつ理想的な形態は、立憲主義的になると思っている。その要点は、組織の運営方法の原則と同じだと思っている。つまり、構成員の安全を確保しつつも、自らの組織ルールを内側のみならず、外側の人たちにも納得(理解、適合)させるこであると思っている。もちろん、家族や小さな組織においては、立憲主義に対し、批判的な意味合いでの封建主義・家父長主義的なあり方が必然、必要である場合もあるかもしれない。しかし、友好団体等、外部の人たちを加えた、組織運営では、ルールの明確化が必要だと思う。

 

私の主宰する、IBMA、国際武道人育英会の競技ルールにも、前述したような考えを反映させている。補足をくわえれば、「伝統の継承」という柱を加えているということを挙げておきたい。

 

本日は、荻野審判長を頭とする、審判委員会のメンバーには、よく働いていただいた。少しずつではあるが、審判委員(審判資格者)に、私の考えが浸透してきていると信じたい。ただし、運営に一つだけ問題が出た。その責任は私にある。猛省したい。しかし、私に与えられた時間は、そんなに多くないと考えているので急ぎたい。大げさに聞こえると思うが、時間が充分にあるとは、私には、どうしても思えないのだ。難儀な性質だと、自分でも思う。しかし、先師が昇天してから早くも20年以上の歳月が過ぎた。その間、空手界が良くなったとは思えない。とはいえ、僅かだが良くなっていく兆しが見えている。しかしながら、様々な考えがあるに違いない。以上は、あくまで私個人の感覚、考えである。ゆえに、それを人に押し付けず、自らに問い続けたい。

 

最後に、本日は「国民主権」「平和主義」「基本的人権」を3本柱とする「日本国憲法」を記念する日だ。私は交流試合を終え、帰宅する途中、定期購読する朝日新聞以外の数紙を購入した。自宅で各紙に目を通すと、どの紙面も安倍首相の憲法改正案に対する意見で賑わっていた。

 

私はあえて、国民主権はルールの明確化、平和主義は安全性の確保、基本的人権は伝統の継承に置き換えたい。おそらく、基本的人権と伝統の継承とは異なると思われると思う。しかし、我が空手武道の伝統的精神には、基本的人権を尊重する精神が底流にあるのだ。もし、伝統的な極真空手に基本的人権を尊重しない部分があると客観的に見られるようなら、改良すれば良い。

 

ただ、あえて言うが、批判的に捉えられることが多い封建時代、その遺産の一つだと思われる武道、武士道にも、現代社会にも通用する基本的人権尊重の種子があると、私は考えている。補足を加えれば、神・仏・儒の3道と黄老思想をも包摂融合した、我が国の武道、武士道の精神の底流には、基本的人権の尊重の精神があると言いたい。もし、私に資金があれば、学術的に証明したいほどだ。

更に言えば、儒教の教えを重要視した、大山倍逹先生の精神にも、基本的人権尊重の精神があったと、私は思っている。また、その精神が師の唱えた武道精神の底流にあると信じている。

 

 

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