加納が黙ってファイルを繰っている。
とりあえず自分でまず資料を読み解いてから、ということなのだろう。
仕事は上司が手取り足取り教えるものだと思っている輩も多いのに、彼女は違う。まったくどう教育したらこんな社員が育つものだか・・な。長津田が社員教育ができるとは思えないから、彼女の育ちなのかもしれない。一度、食事にでも誘って聞き出してみるか。
そういえば、加納と二人で食事というのはしたことがないな。
誘うのは結構むずかしいんだよな。

ファイルから書類を外して、コピーに行くのか。
書類を手に立ち上がる。ふるっ・・・バストが揺れる。どんなランジェリーを着けてるんだろう。
きちんと装っているのは確かなようだが、あの生真面目さからいったら意外と色気のないものをつけているのかもしれないな。下着まで刺激的で大人なものを着けたりはしないだろう。
そうでなくても充分魅力的だがな。
「加納に大まかな話はしておいた、よろしくお願いします。」
「わかりました。部長、第一回目の議題はどうしますか?」
「そうだな、上期の分析からスタートしようか。」
「はい。わかりました。」
「レジュメをまず加納が作れ。」
「あの・・・上期の分析とはどのような内容でまとめればいいのでしょうか?申し訳ございません、わたくしは経験がないものですから。」
僕にとも古賀さんにともなく質問をする。うまい。
どちらかだけに質問をしても角が立つ。これを自然にこなすのだから、まいる。
「そうか、加納ははじめてか。」
デスクの引き出しを開けて、商品部時代の部長会ファイルをさがす。そこに半期ごとの仕入れ状況分析をはじめとする様々な経営分析を行った資料が綴じ込まれていた。
「これを貸してやる。」
「ありがとうごさいます。」
僕の手から渡されたファイルをぱらぱらと捲る。勘がいい、もう目当ての資料を見つけたようだ。
僕の感じる部分もそんな風に簡単に見つけるのか。その眼と指で、さらさらと触れてあっという間に見つけて感じさせてくれるのか。
「その資料を参考に、レジュメを組み立ててくれ。そうだな、木曜の午後に打ち合わせをしよう。古賀さんいいですか?」
「ええ、わかりました。」
したり顔の古賀さんが自らの手帳と僕のスケジュールボードに書き込んでゆく。
「よろしく。」
そう言って椅子を引く。僕の用事が終わったという合図だ。
「失礼します。」
二人が揃って会釈をして、席に戻る。
加納を前にすると淫らな妄想が止まらなくなる。どうしてなんだ。こんな思考が紛れ込むはずもないオフィスでの仕事の指示の場面なのに。
ペンを握る加納の指。彼女はマニキュアも塗らない。いつもきちんと摘まれた短い爪をしている。それもナチュラルなままで白い手の甲に続くふっくらとした指の先に健やかに並んでいる。
以前加納にどうしてマニキュアを塗らないのかと聞いた時に「お料理するのに、無理ですわ。部長」と微笑んで返答された。
僕は彼女のすべらかな指を見る度に、お料理するのは食材じゃあるまい、と思ってしまう。見栄えはいいが男の敏感な部分を愛撫するのにいちばん邪魔なのが長い爪だからだ。
その指で週に何日くらい、夫を扱いているんだ?加納。その手だけで逝かせているのか?

「わかりました。部長、この件はどなたに現場の指示を仰げばよろしいでしょうか。」
「内容については僕が直接指示をする。現場は古賀さんに仕切ってもらうつもりだ。古賀さん」
「はい、部長。」
心得た風で古賀さんがやってくる。すぐ前の席だ、何を話しているかもわかっている。なのに呼ぶまでは席に来ない。さすが、僕の長年の大番頭だ。
それよりも、驚いたのは加納だ。
ここまで部長から直接指示があれば、自分が仕切れると誤解して有頂天になっても当然なのに、どなたに指示を仰げばいいですか・・・と来た。分を弁えているというか、ほんとうになかなかいないな今時はこんな女性社員は。
外商部門は部長会といわれる政策決定会議は月に1度開催される。他には分科会のような会議がそれぞれ月に1・2度ある。
今期から僕の部門が主催する会議を月に一度開くことにした。
出席者は部長会メンバーだ。
事務局は僕の直属の課で古賀さんに任せているが、その主体の仕事は加納にさせることにした。
「加納くん ちょっといいか」
もう彼女を大きな声で呼ぶ必要はない。
高梨さんの斜め前、古賀さんの隣がいまの彼女の席だ。
「はい、部長。」
「企画推進会議をやることは聞いているだろう。」
「はい。」
「月に1度。そうだな、第二火曜日ぐらいにしたいと思っている。」
「はい。」
俯いて、膝の上に置いたシステム手帳に僕の指示を書き込んで行く。
今日は黒のプリーツプリーズのワンピースだ。細かいプリーツが大抵は身体のラインを覆い隠してしまうものなんだが、彼女の場合は・・・あのバストだけが強調されてかえって艶かしい。
もっと近寄ってデスクの上にその胸を載せろ、と言いたくなる。この手でその胸に相応しい大きな乳輪と乳首を嬲ってやる。
ストッキングはナチュラルで黒のパンプスだ。脚を揃えて少し流した先につま先が綺麗に揃えられている。パンストだろう。破って貞淑ぶったパンティをずらして・・・
「会議室の確保と会議に必要な資料の作成、議事録づくりなどを君に頼みたいと思う。」
「はい、わかりました。どなたが会議出席者になりますでしょうか?」
「部長会メンバーだな。それと管理部門の課長クラス、うちもな。」
「はい。」
一通り淡々とメモを取って行く。
それに良い意味で彼女には<人妻の余裕>といったものが備わっていたのだ。
ファッションにも物腰にも、語る言葉の調子にさえ、余裕が感じられる。
男は結婚すると落ち着きが増すという。
女も同じだ。プライベートで満たされている女性は艶やかさがちがう。そして何より物欲しげではない。
夫に満足させてもらえない女ほど、他の男からの<女>としての賞賛を欲しがるものなのだ。
落ち着き過ぎて女じゃなくなるのもいるが、それも得てして夫の扱いが悪いせいだ。
加納が僕や会社に求めていたのは純粋にビジネスマンとしての評価だけだ。そこに女としてのファクターが加わることなど彼女にとっては迷惑以外のなにものでもない・・・そんな態度が見てとれた。

なのに、大阪出張の度に浮気だと。
同期で仕事の出来る男。奴も結婚しているというなら、たしかに都合はいいだろう。
仕事を作っては大阪に行き東京では清潔なふりをしている分、あの男にだけは女の部分を曝け出している。
そう思った途端、嫉妬に気が狂いそうになった。
いままで加納を大切な部下だと思っていたがどうやらそれだけでは収まらなくなっていたらしい。
とはいえ、現状の仕事をさせながら大阪出張だけを止めさせるというわけにもいくまい。
簡単には大阪にやらない、行く時は僕と同行するときだけ、そういう立場にするためにも彼女を僕の直属にしたのだ。

幸い東京では加納の態度もあって彼女にけしからん欲望を露にする男はいない。
僕の直属にして仕事で縛ればなお・・・彼女を監視しつづけられる。
大阪の奴はいずれ・・そう年度替わりには東京に呼び寄せてやる。
なかなか使える男だしな。
その時に加納との噂をばらまき、こちらに連れてくればもうおおっぴらに付き合うことはできなくなるだろう。
あと半年、仕事で彼女を縛ることくらい簡単なことだ。
彼女にはやらせておきたい仕事もあるし、な。
彼女の仕事は確かに忙しい。帰宅が深夜に及ぶこともしばしばだ。仕事の後で飲みに行っているということも良く聞く。それも誰かとではなく一人で行く事も少なくないようだ。
でも、加納に男の匂いがしたことはない。
あれだけの女だ。たとえ誘われてもうまく躱しているのだろう。

仕事にはアグレッシブであり、仕事の現場では男性が心地よく仕事が出来る程度の尊敬は払うがそれ以上の私情を挟まない態度は見事なものだ。
大抵の女子社員は仕事上のシンパシーを個人的なものと錯覚しがちだ。良く仕事をするからと少し多く声を掛ければ個人的なお気に入りだの、ひいきだのといった騒ぎに発展する。百貨店という女性社員比率の高い職場の特徴ともいえるだろう。
加納はそういった私情と仕事上の適度な人間関係を混同することのない数少ない女性のひとりだった。
仕事仲間・上司・友人という立場の男性との付き合いにはなんの隔ても持たないが、<男と女>の色合いを帯びるとすっ・・・と身を引く。夫がいても子供がいても社内の男性とあれこれと簡単に関係を持つ例を数多く見て来た僕の目に、彼女の態度はとても新鮮に映っていた。
中間決算の時期に加納を僕の直属の部隊においた。
外商部門に来た時には、たんなる事務処理部門だった直属の課を政策部門として位置づけなおしたのだ。
加納の転属には長津田をはじめ営業部門からも困惑の声が上がった。それも、大阪からもだ。聞けば同業他社との差別化戦略の要はどうも加納が握っているらしい。僕の望む経営企画をあれだけあっさりと書ける女なんだ。商材企画書などお手のものだろう。

半年は商材部門と兼任で、という長津田の申し入れはきっぱりと断った。
経営企画はそんなに簡単なものじゃない。・・・というのは表向きの理由だ。
本当の理由は、大阪に愛人がいるらしいという噂が聞こえたからだ。
加納はいま月に1・2ど3泊程度の大阪をはじめとした出張をこなしている。家庭を持っている女性にしては極めて多い回数だ。なのに、不満も言わず黙々と、時に楽しそうにこなしている。
もちろん具体的な案件は存在する。だから最初は何の疑問も持たなかった。
2ヶ月前、僕が赴任してようやく統括部門のある大阪へ出張した時のことだ。
目端の効く男性社員を見つけた。こいつもなかなか使えそうだ。
そう思って上司に打診をしたら一言「加納の同期なんです」と言う。
変わった比喩だとおもった。
同期なら皆優秀だなんてことはありえないからだ。
夜の接待の席でもう一度その上司に鎌をかけてみた。
すると・・・
「彼は加納と不自然なほど仲がいい。加納が大阪に居るときは二人きりで食事に消えてしまう。ふたりとも家庭があるのに、大丈夫なのだろうか。」
とまで言い出す。おいおい・・
加納に任せた取引先の集中化に対する企画は外商部門長会で決裁を得た。
既存のメンバーからは黒木が言う様にいろいろ意見があったようだが、僕と一緒に赴任して来た外様の外商部門長が肩入れしてくれたおかげでスムーズに決まったようなものだ。
さて・・・次はなにを仕掛けるか。

赴任して半年はあっという間に過ぎて行こうとしていた。
中間決算の時期だが、これを契機に大胆な人事異動をしようと思っていた。
加納の処遇もそうだ。
もう直接命令出来ない部署に置いておくのは限界だ。

加納にとっては僕はただの上司だろう。
彼女のキャリアに理解のある、ステップアップに必要な上司を演じてきたからだ。
20代後半、周囲の男子社員がなにがしかの地位を得はじめるころ・・・彼女は女性だというだけでその流れから取り残されていたからだ。
傍目にも加納の焦りは明確だった。
人を気遣うことを知っており、一見穏やかにあるがままを受け入れているような女性なのに、彼女の底にはビジネスマンとしてのスピリッツが熱く流れていたのだ。
だから魔法のような呪文を唱えてやったのだ。
「女はどんなに頑張っても認められるのは40になってからだからな」と。

決してそれで納得した訳ではないのだろうが、そのあとは随分落ち着いたようだ。
僕に対する視線が尊敬に変わっているのを見逃さなかった。
<視姦する>という言葉が頭に浮かぶ。ふん、百貨店という女ばかりの会社に入社したんだ。頭の中で考えるくらいは役得だろう。フェミニストたちの轟々たる非難の声が聞こえてきそうだがな。
「部長、お客様です。」 高梨さんの声がする。時計を見ればもう昼だ。そう言えばメーカーが一社来るといっていたな。
「応接にお通ししてください。いま、行きます。」
外商部門は決まった商品を販売するわけではない。クライアントの要望に応じて様々な商品をほぼOEM上体で開発し、販売する。取引先との付き合いも重要な仕事のうちだ。ビジネスの生命線といってもいい。
その取引先のなかから、重点的に取引を集約する先を決めパートナーシップを組んで仕入れの効率化を図る、というのが先ほどの企画書の骨子だ。うちの部のスタッフがそれぞれ懇意の取引先に情報を流しているせいなのか・・・最近は取引先からの面会希望が引きもきらない。
せっかくの加納ウォッチングだが、打ち切るしかないな。

しかし、先ほど黒木に言った話だが・・・加納をプロジェクトの中でも僕直属にしてしまうというのは、いい考えかもしれない。
むろん日常業務から完全に外すことはいまは難しいだろう。だが、彼女のキャリアを考えても一度現場ではなく経営サイドに立たせてみるのもいいチャンスにちがいない。
来期の人事で考えてみるか。
そこまで考えたところで、応接室のフロアについてしまった。
さ、今日はどんな腹の探り合いをさせられるんだろうか。
そう言えば、彼女がパンツルックだったのを見たことはないな。いつもスカートだ。それも膝丈のタイトが中心で、時に長めのフレアになることもある。必ずストッキングを身に付けている。
化粧と香水は濃いがランジェリーと脚元がずさんな女性社員もかずかずいたが、加納はまったく逆のタイプだ。
そう言えば、香水を付けているわけでもないはずなのに加納からはいつも微かに花の香りがする。機会があったら僕好みの香水をプレゼントして、付けさせてみたいものだ。女は付き合う男が変わると香水を変えるというからな。
ふふ・・・これじゃ犬のマーキングと大差ないか。

資料を取ろうと中腰になって腕を伸ばす。それだけの動きでも、胸がたふん・・と揺れるのが僕の席からもわかる。
いったい何カップなんだ。一度聞いてやろう。
あの感じなら、それくらいで「セクハラだ」とは騒がないだろう。加納は若くても既婚者の余裕がそうさせるのか、男どもの戯れの会話には随分寛容だからな。
年齢だけいっていても独身の女は自意識だけ過剰で面倒だ。単なる軽口にさえ目くじらを立てる。だから、もてないんだと早く気づけばいいんだか・・な。
あの胸・・・腕を組んで歩くだけでも膨らみが腕に触れて・・・きっと気持がいいにちがいない。

脚は組んだりはしない。
タイトスカートが多いからだろうか、膝をつけてどちらかに流すか、足首だけを軽く絡める様にして座っている。
決して細くはないが真っすぐでやわらかく脂肪の乗った・・・白い脚。
何時間も立ちっぱなしの店頭販売の仕事をまだ経験していないだけにその筋肉はしなやかなままだろう。

時々、前髪を払う仕草をする。
どうしてロングヘアにしないのだろう。あの柔らかな髪なら似合うだろうに。上に跨がらせて腰を振らせる時僕の胸に毛先が擦れるくすぐったさ、たまらないはずだ。

あの身体ならどんな体位でも・・・そそる、な。眼で十分に楽しめて、中もいいなら最高だ。