○20世紀末、夜、東京、六本木アマンド前
雑踏の中から「高級外車にワンレン・ボディコンの女を乗せて見せびらかす成金」の姿が見える。
そして、一万円札を手にかざしてタクシーを止めようとする男子学生たちの姿も散見される。
ナレーション(女)「あの頃、私達は何も考えていなかった。
20年後の世界がどうなってしまうのかなど、想像すらできなかった。
ただ、今よりも便利で快適な未来がある…そう思い込んでいた」
○1989年12月31日昼、都内の民家、リビングルーム
ブラウン管テレビの画面の中で人気アイドル榊原法子の歌う姿が映る。
少女「法子、のりプーなんて呼ばれて人気者だもんなあ。
もう昔みたいに気軽に会えなくなっちゃったし」
テロップ「伊藤紀子:碧山学園高等部1年の女子高生、16歳」
東経新聞一面に載っている「日経平均株価が1989年末の大納会で史上最高値の3万8,915円87銭」の記事のアップ。
初老男「こりゃ来年初には日経平均4万円超えそうだな。」
テロップ「伊藤敏行:紀子の父、碧山学園大学家政法経学部教授、51歳」
ナレーション(紀子)「いつからか、なんだか世の中みんながとても派手で贅沢になってしまった気がする。
だけど、私は昔のままがいい。
『地味でも幸せに生きていけたらいいな』って、そう思ってます。
そんなある日、『20年後の未来から来た』と言い張るヘンな青年が近所に引っ越して来て、
そして、しょっちゅうウチに上がって来るようになりました」
青年がリビングに入ってくる。
青年「何かがおかしい」
テロップ「十文字直人:未来から来たと言い張るヘンな男、年齢不詳」
紀子「勝手に上がって来ないでよ。
おかしいのは十文字さんでしょ?
それにいつも手でカチャカチャ弄ってるこのオモチャは何?」
十文字「ケータイ、携帯電話だ。
これ一台で電話、メール、インターネット、テレビ試聴、すべてできる」
紀子「まさか、携帯電話って担がないと持てないくらい大きいし、高過ぎてフツーの人は買えないよ。
それにメール、インターネットって何?
仮に本当だとしたら、十文字さんは未来から来たってこと?」
十文字「だからそう言ってるだろ」
紀子「ヘンな人」
敏行「十文字君、君はいつまでプー太郎をやっているんだ」
紀子「ちょっと、それはさすがに言い過ぎでしょ。いくらなんでもプー太郎ではないです。
十文字さんはきっとフリーターとして夢探し中なんです」
十文字「ニートで構わん」
紀子「ニート?」
敏行「とにかく紀子も十文字君も二人とも、これから年越しカウントダウン・パーティーに行くんだろ?
途中だから送るよ。乗りなさい」
○敏行の車の中
敏行「この車は転売で得たお金で手に入れたんだ」
敏行、運転中に自動車電話を取り、平気で電話をかけ始める。
十文字「おい、ハンドル握りながら電話するなんて危ないだろ!」
敏行「大丈夫だって、事故ったりなんかしないからさ」
紀子「十文字さん、心配し過ぎだよ」
○パーティー会場
芸能人、マスコミ関係者、成金たちでごった返している。
紀子「今日のパーティー、友達の法子が誘ってくれたんだよ」
十文字「…」
紀子「こういう場所、苦手?」
女の声「紀ちゃん!」
紀子「法子!久しぶり!」
テロップ「榊原法子:18歳、人気アイドル」
法子「元気?」
紀子「うん、法子は?」
法子「元気だよ。たまには『のりプー』休みたいけどね」
紀子「いつもテレビで観てるよ」
法子「ありがとう。また昔みたいに人の目とか気にせず、普通でも思いっ切り遊びたいね」
紀子「海外行ったって日本人だらけだし、大昔にでもタイムスリップしない限り無理だよ」
法子「そんなことできる訳ないじゃん。(十文字に気付く)あれっ、この人誰?」
紀子「ああ、最近近所に引っ越して来た十文字さん」
法子「はじめまして、榊原法子です」
紀子「(十文字に向かって)ほら、知ってるでしょ?法子は今芸能人で、でも昔からの幼なじみなの」
十文字「榊原法子か…結婚する男は慎重に選べ。つらくてもクスリには手を出すな」
法子「は?失礼ね!何様のつもり?」
紀子「法子ごめんね!この人ちょっとヘンな人だから許して。
(十文字の方を向いて)ちょっと、十文字さ…
あれ?いない」
若手ビジネスたちが酒を片手に名刺交換をしている。
男A「私、不死テレビの下請掠流と申します」
男B「不死テレビさんにはいつもお世話になっております。私、電報堂の中抜也と申します。」
男C「電報堂さんは弊社の大事な融資先ですよ。私、山拓銀行の渋利貸男と申します。
御社の資産の含み益を基にジャンジャンいくらでも融資させてもらいますから」
十文字「虚飾の仮面舞踏会、見聞きするのもウンザリだ」
掠流「お前誰だよ」
中「ここはプー太郎の来るところじゃねえよ」
十文字「プー太郎ではなくニートと呼べ」
渋利「ニートだかプーだか知らないが、お前何様だ?」
十文字「向こう見ずな投機で実力を遥かに上回るまでに膨れ上がった株価と地価、そしてお前ら1980年代後半の人間どもの虚栄心によって繰り広げられたこの虚飾の仮面舞踏会が、いつまでも続くと思うなと警告してやる。
確かに、キャピタル・ゲイン目当ての投資は、中抜けした奴は儲かる。
だが、最後の保有者が含み損、譲渡損を被り破綻する。
お前らがやってるのはただのババ抜きだ!」
渋利「ババ抜き?お前馬鹿じゃねえの?株価も地価も永久に上がり続けるんだよ!
それに乗らない馬鹿がどこにいるんだよ?」
十文字「(無視して)それにお前の勤務先の山拓銀行は無計画に過剰融資を続けている。
焦げ付いて取り返しがつかなくなり、バンクラプト(破産)したらどうするかなど、何も考えずに」
渋利「バンクラプト?銀行が破産する訳ねえだろ?お前本物の馬鹿だな」
十文字「話にならん…」
紀子、会場出口へ向かう十文字を見つける。
紀子「ちょっと、十文字さん!」
渋利「(十文字に向かって)おい、タクシー券たくさん余ってるから一枚くらいやるぞ」
十文字「いらん!電車で帰る」
渋利「変な奴だな!」
紀子「十文字さん!(法子の方を向いて)法子ごめんね!すぐ戻って来るから!」
法子「ちょっと紀ちゃん!もうすぐカウントダウンだよ!」
○地下鉄六本木駅
入口から階段を下って行く。
十文字「おかしい、この時代は何かがおかしい」
紀子「おかしいのは十文字さんでしょ?」
十文字と紀子、改札を通過する。
十文字「やはりバブル経済の下、人々は異常だった」
紀子「バブル?」
ホームへ向かう階段を降りる。
十文字「今の俺にはあいつらの破滅を止めることはできない」
紀子「さっきから何言ってるのか全然解んないよ!」
ホームを歩くと「都営大江戸線、この先50メートル」と書いた看板が現れる。
他の乗客は誰も気付いていない。
紀子「大江戸線?そんな電車あった」
十文字「やっと現れたか、これで帰れるかもしれない」
十文字、さっさと看板の矢印に沿って階段を降りて行く。
紀子「ちょっと待って!」
慌てて紀子も追い掛ける。
十文字と紀子、無人の地下鉄のホームにたどり着く。
十文字「1989年にはまだ存在しないハズの大江戸線のホームが現れた。1990年1月1日午前零時にここに来る列車に乗れば、俺は元いた時代に戻れるかもしれない」
興奮する十文字と混乱する紀子。
(つづく)